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7話 恋人の真似事
しおりを挟む新郎控室のすぐ隣の部屋に潜り込んだ私達は、窓を開けて聞こえてきた大きな声と物が割れる音に、耳を疑った。
「随分不用心な新郎と浮気相手だな」
「そうですね」
あの人達は何を考えているんだろう。痴話喧嘩にしても、どこで誰が聞いているか分からないんだから、せめて聞こえないように窓を閉めたらいいのに。
とは言っても、こちらからしたら願ったり叶ったりの展開なので、息を潜めて痴話喧嘩の続きを聞く。
「落ち着いてくれアイラ! 俺が本当に愛しているのはアイラだけだ!」
「ならどうしてあの女と結婚式を挙げるの!? イリアは、ただ子供を産むための道具で選んだだけって言ったじゃない! 結婚式まで挙げる必要ないでしょ! わたくしがエルビスと教会で愛を誓いたかったのに、酷いわ!」
私との結婚式が気に入らないアイラが癇癪を起こしているのだろう。派手に暴れているようで、隣からはしきりに甲高い怒鳴り声と、何かが割れるような音が聞こえた。
「俺だってイリアなんかと結婚式を挙げたくない! 出来ることなら、愛する君と結婚式を挙げたいさ!」
「じゃあどうしてっ」
「俺かグラスウール伯爵でいるためには仕方ないんだ! 爵位を失って君に贅沢をさせてあげられないのは困るし、分かって欲しい! 俺は、アイラだけを愛している!」
「エルビス……!」
激しい口論と破壊音は消え、今度は静かになった。何とか仲直り出来たんだろう。
二人はまたもこちらに都合よくバルコニーに出て来ると、お互いの愛を確かめ合うように抱き合い、熱い口付けを交わした。本当に不用心、気持ちの高ぶりに身を任せて何も考えていないんでしょうね。
「愛してるアイラ。君だけだ、誓うよ」
「わたくしもエルビスを愛してるわ」
ここからの眺めは青い空を一望出来てロマンティックだから、結婚式を挙げれない代わりに、この景色の中で誓いの口付けを交わし、結婚式の真似事をしているつもりなんだろう。
目視出来るこの光景を、見つからないようにカーテンの陰に隠れながら、用意していた小型のフィルムカメラで撮影する。高価な物だけど用意しておいて良かった、このカメラはね、エルビス様が私にくれた結納金の一部で買ったものなの。
エルビス様から頂いたお金で不貞を暴く。いいお金の使い道でしょう?
「イリア……大丈夫?」
一緒に浮気現場を目撃しているケント様は、私より悲しい表情で、表情一つ変えず無心でカメラのシャッターを押す私に心配そうに尋ねた。
「私が傷付いて泣くと思いましたか?」
「少しは」
「残念ですが、あんなロクでもない浮気男のために流す涙は持ち合わせていません」
思うところがないと言ったら嘘になる。
私との結婚式の裏で、こんな結婚式のまがい物のようなことをしていたなんて、私をどれだけコケにしてくれたら気がすむのか。
「いつかアイラに僕達の子供をプレゼントするよ、そしたら、一緒に子供を育てよう」
「約束よエルビス」
私の子供を勝手にプレゼントする約束を交わす二人に、悲しみよりも強くて濃い怒りで、身体中が沸騰するようだった。
――――ガシャンッ!
(しまった!)
怒りからか気が焦って、カメラを持つ手が滑ってしまった。
「ねぇ、何か音がしなかった?」
慌てて身を隠したおかげで姿は見られなかったが、警戒心は与えてしまった。
特にアイラは音がハッキリ聞こえたからか、バルコニーの手すりから身を乗り出しながら、こちらの様子を伺っていた。
「気のせいじゃないか? 隣の部屋は今日は空室だと聞いているが」
「ううん、確かに聞こえたわ! もしイリアに聞かれてたら危ないし、私、様子を見てくる!」
(ヤバい!)
バルコニーから部屋に戻り、急いでこちらに来ようとしている。
そんなに警戒するくらいなら最初から迂闊な行動をしなければいいのに! そう心から思ったけど、ここで文句を言ってもしょうがない。
(隠れなきゃ……でも、どこに!?)
人が入れるような大きさのタンスは置いてないし、死角もないし、隠れる場所がない。
もうすぐにアイラは部屋に来てしまうだろうし、見つかればお終い。浮気がバレたとなれば、エルビス様は私との結婚を取りやめるだろう。
まだあの人達を地獄に落とすには足りない! ここで見つかるわけにはいかないのに……!
「どうする? カーテンにでも包まって隠れてみる?」
「そんなことで誤魔化せるわけないじゃないですか!」
一人呑気な様子のケント様は、カーテンを手に取ると、私の顔を隠すように包み込んだ。
「じゃああちらを見習って、恋人同士の逢瀬の真似事でもしようか」
「恋人同士……?」
そう言うと、ケント様は私の頬に手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。
「――誰かいるんでしょ!? 私達を覗き見してた……の? って、やだ!」
勢いよく扉を開けて部屋に入って来たアイラは、カーテンの裏で口付けを交わしている私達を見て、驚いたように声を上げた。
「……何か御用ですか?」
唇を離したケント様は、私の顔は隠したまま、アイラの方に視線を向けた。
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