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22話 エルビスの名案
しおりを挟む最後の毒も飲み終え、体に異常が無いことの確認も終えた私は、診察室を出ようと席を立った。
これからまた殺伐とした家に戻らないといけないのかと思うと憂鬱だけど、逃げないと、最後まで復讐をすると決めたのは私自身。泣き言は口に出せない。
「イリア」
背中に呼び掛ける声に振り向く。
「何かあればすぐに僕を頼って、僕は君の唯一の協力者なんだから」
部屋の奥でこちらを見て微笑んでいるケント様。
何て頼りになる言葉なんだろう、ケント様という強力な協力者を手に入れた私に怖いものはない。それに……私の味方だと言ってくれているようで、安心する。
「はい、頼りにしています」
憂鬱だった気持ちが少しだけ晴れ、診察室を出た。
◇
ケント様がエルビス様に罪を突き付けて一か月、グラスウール伯爵家の評価は落ち着くどころか落ちていくばかりで、家の中は相変わらずのお通夜状態。エルビス様が駆けずり回っているようだが改善されず、今は何とか、昔から付き合いのある商人や貴族達との細々とした取引や融資で何とかしているようだった。
私はというと、ケント様のお力添えもあって白い目を向けられることもなく、私だけ明らかに食事のランクが下がったり侍女が付かなくなったくらいで、表面上はいつも通りの生活を送っていた。
「イリア、こんな所にいたのか」
――なのに、どうして急にエルビス様が声をかけてきたのかが分からない。
私の言ういつも通りは、グラスウール伯爵家で空気のように無視されて過ごす、だ。それがどうして何事も無かったように声をかけてくるの?
家の中が辛気臭くて、気分転換に庭に用意されたティータイム用のテーブルに来ただけなのに、厄介な人に絡まれて、まるで手入れが怠っているこの庭のように最低な気分。
財政がひっ迫した分、庭のお手入れにまで手が届かないのだろう、伸ばし放題の木々に草、枯れた花、ツルの巻いたアーチは、以前までのグラスウール伯爵家の庭とは段違いに荒れ果てていた。
「随分久しぶりにお声を聞きますが、何かご用でしょうか?」
一か月近くも無視していたクセに、今更何?
「そろそろ反省したか?」
「は、い?」
「反省したかと聞いてるんだ」
聞こえてて意味が分からないから聞いてるんだけど? 反省? 私が何を反省しろって言うの? 反省するのは腐った貴方達の性根でしょうが。
「仰っている意味が分かりません」
「はぁ、お前は本当に頭が悪いな。あの騙されやすい父親にそっくりだ」
こいつ……また、お父様のことを悪く言うなんて!
「ここ一か月、俺に無視されて苦しかっただろう? お前が図々しくも立場を弁えず俺に逆らったりするから、こんな目に合うんだ」
一度目の人生の時の優しい彼はどこへやら、今のエルビス様にその面影はない。私を騙すために理想の夫を演じる気を無くした今が、彼の本来の姿なんだろう。
騙されやすい父親にそっくり、そうね、貴方なんかに上手に騙された私は、その通りだと思うわ。
「お前が心から謝罪して誠意を見せるなら、またお前を妻として扱ってやってもいい」
勘違いの上から目線に苛々する。別にエルビス様に妻として扱って欲しくはないけど、何かよからぬ事を企んでいそうだから、話は聞いておきたい。
「誠意とは、何をお見せすればいいんですか?」
「カスターニア領は今、豊富な薬草で注目されているようじゃないか。その経営権を俺に寄越せ」
「……は?」
「カスターニア男爵には勿体無い宝だ、彼では有意義に使いこなせず、宝の持ち腐れだろう。俺が上手く使って最大の利益を生み出してやる」
何を言っているの、この人は。経営権って……お父様から全てを奪う気?
「経営権を奪われたら、その利益すらエルビス様のものになってしまうじゃないですか」
「奪う、などと人聞きの悪いことを言うな、俺が有効活用してやると言ってるんだ。何、カスターニア男爵にも一割の利益くらいは譲ってやるさ」
一割って……自分がどれだけ横暴なことを言ってるか分かってるの? お父様の領地を……私の故郷を、無茶苦茶にする気?
「お言葉ですが、私に経営権を譲歩する権利はありません」
「そんなことは無いだろう、可愛い娘のお願いなら、あのカスターニア男爵なら喜んで俺に渡すはずだ。それに、義父のために頑張って働きたいという、義理の息子の願いでもあるしな」
何が義理の息子、よ。今まで一度もお義父様とすら呼んだことないくせに。
お父様をあれだけ馬鹿にして、結婚前はカスターニア領に何度も足を運んでいたのに、私と結婚した途端に仕事の忙しさを理由に顔も見せに行かなくなったのに、利用出来ると思った途端、義理の息子の立場を持ち出すのね。
「カスターニア領には貴重な薬草が山のようにあり、また栽培にも適した環境だというじゃないか。そんな貴重な資源を手に入れたら、取引を打ち切った奴等も、取引を再開して下さい、と、向こうから頭を下げてくるに違いない!」
名案を思い付いたとばかりに、目を輝かせて会話をするエルビス様。
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