51 / 60
50話 不穏な空気
しおりを挟む「お帰りなさいませ、ユウナ様、レイン」
「ミモザ様」
アイナクラ公爵邸に着くなり、まるで我が物顔でお茶を嗜んでいるミモザ様が、私達を迎え入れた。
「何しに来た?」
「親友の来訪にそんな顔しないで欲しいなぁレイン。ちょっと顔を見に来たんだ。お茶はメイドに淹れてもらったよ」
ミモザ様はレイン様にそう言い終えると、次に私に視線を向けた。
「レインとの婚約、おめでとうございますユウナ様」
「ありがとうございますミモザ様、もうご存知なんですね」
「はい」
私とレイン様の婚約はさっき決まったばかりなのに、どうやってその情報を? 不思議に思ったけど、深く追求しないことにした。
「あのレインが女性を好きになれるとは思っていなかったので、驚きました」
「驚く……ですか?」
「ええ、レインは昔から沢山の女性に声をかけられてきたのですが、誰一人として見向きもしませんでした。どんな時でも淡々と物事をこなし、何事にも執着しない、興味を持たないタイプ。なので、レインにライバル心を持つルキ兄様やヒュウイシ卿のことも相手にせず、彼等は余計に闘志を燃やしていましたね」
そう言えばルキ様もヒュウイシ様も、レイン様に敵意剥き出しでしたもんね。
「それが、ユウナ様と出会って、人並みに感情を取り乱したり、人間味のある顔をするようになりました。僕だけでなく、陛下もアイナクラ公爵様も、レインがユウナ様に特別な感情を持っているのは丸分かりでしたよ」
私は好意に確信が持てずに悩んでいたのですが、レイン様を良く知る人達からは丸分かりだったんですね。
「で? ミモザは結局何しに来たんだ? わざわざ僕達に祝辞を言いに来たのか?」
「まさか、僕はそんなに暇じゃないよ。ここに来たのは、注意喚起も兼ねてです」
「注意喚起?」
「ルキ兄様がエミル夫人と離婚し、こちらに戻って来ました」
「え……」
ルキ様とエミルが離婚?
「これまた急だな」
いつか離婚するとは思っていましたけど、行き場のないルキ様はまだエミルと離婚しないと思っていたのに……
「どうやらエミル嬢の方がルキ兄様に離婚を突きつけたらしいよ。何でも、真実の愛とやらに目覚めたらしい」
「真実の愛?」
嫌な予感しかしない。
「どうやら、エミル嬢はレインに恋をしたようだね」
やっぱり……
「迷惑だ、僕にはユウナしかいない、ユウナ以外の女を相手にするつもりは微塵も無い」
「それは皆分かってるよ。だが、あの頭の中がお花畑のお嬢様には分からないらしい」
高らかに真実の愛を見つけたとルキ様に離婚を告げ、『本当はルキ様と結婚したくなかった。私は、レイン様と結婚したかったんです! レイン様と私は、運命の悪戯で引き裂かれた恋人同士なんです!』と涙ながらに伝えたらしい。
「戻ってきたルキ兄様は怒り心頭だったよ。『あんな我儘な女と結婚してやったのに、何様だ!』ってね」
どっちもどっちな気がしますけど……
それよりも、エミルのレイン様に対する執着が怖い。まさか、エミルも本当にレイン様のことが好きになったんじゃ……
「というワケで、ルキ兄様は今シャイナクル侯爵邸にいます。今は大人しく僕の補佐をしていますが、ルキ兄様が現状に納得していないのは明らかです」
ただでさえ、ルキ様は婚約時の私への扱いで皆様からの反感を買い、信頼を失っていますからね。それが嫌でコトコリス領に逃げたのに、エミルと離婚したことで戻ってくることになってしまった。
「ルキ兄様がご迷惑をおかけする前に、お二人にルキ兄様が戻って来たことを伝えておこうと思い、こうして参上しました」
「ルキ様が迷惑をかけることが決まっているような言い方をされるんですね。どうして分かるんですか?」
「逆に聞きますが、ユウナ様はエミル嬢がこれ以上迷惑をかけずに大人しくしていると思いますか?」
「……いいえ」
このままエミルが大人しく引き下がるワケが無い、百、絶対に迷惑をかけるに決まってる。
「それと同じですよ。不服ですが兄弟として長く一緒に過ごして来たので、分かってしまうんです」
成程、説得力があります。
「エミル嬢がレインを狙っているように、ルキ兄様も名誉回復のために、また懲りずにユウナ様を手に入れようとするかもしれませんよ」
「い、嫌です! わ、私も……レイン様がいいです。レイン様以外とは、嫌です」
「ユウナ……」
「いちゃつくのは後で二人っきりの時にして下さいね」
「いちゃ!? ご、ごめんなさい、そんなつもりは……」
「あはは。ユウナ様は純真ですね、本当に、エミル嬢とは大違いです」
エミルは一体婚家で何をしていたの? まさか、義家族の前で平気でいちゃついてたの? していそうで怖い!
「勿論、兄のことは見張らせていますが、念の為です。脳内お花畑のエミル嬢のこともありますしね」
陛下にもアイナクラ公爵様にも許可を取り、近日中には、私とレイン様の婚約が正式に発表されることになる。そうなったら常識を持たない妹が何をしでかすか、姉である私も分からない。
「エミル嬢は今、コトコリス領で領民達からも見放され、孤立しています。コトコリス男爵とその夫人は、未だにエミル嬢のことを信じているようですが」
お父様もお母様もしつこいな。そんなにエミルが好きですか? 私のことは一切信じようとしなかったクセに……
「兎にも角にも、油断はしないで下さいね。ルキ兄様もエミル嬢も、お二人に固執しているのは間違いないでしょうから」
「……はい、分かりました」
いつまでも私の幸せを邪魔するエミルとルキ様。
もう私に関わってこないで。静かに、大人しく過ごしてくれれば、これ以上私が何かすることも無い。私をこれ以上傷付けないで。
私を傷付けることしか出来ないのなら――容赦しないから。
2,286
あなたにおすすめの小説
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜
白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。
二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。
「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」
お好きにどうぞ。
だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。
賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
聖女の妹、『灰色女』の私
ルーシャオ
恋愛
オールヴァン公爵家令嬢かつ聖女アリシアを妹に持つ『私』は、魔力を持たない『灰色女(グレイッシュ)』として蔑まれていた。醜聞を避けるため仕方なく出席した妹の就任式から早々に帰宅しようとしたところ、道に座り込む老婆を見つける。その老婆は同じ『灰色女』であり、『私』の運命を変える呪文をつぶやいた。
『私』は次第にマナの流れが見えるようになり、知らなかったことをどんどんと知っていく。そして、聖女へ、オールヴァン公爵家へ、この国へ、差別する人々へ——復讐を決意した。
一方で、なぜか縁談の来なかった『私』と結婚したいという王城騎士団副団長アイメルが現れる。拒否できない結婚だと思っていたが、妙にアイメルは親身になってくれる。一体なぜ?
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる