カンナと田舎とイケメンの夏。~子供に優しい神様のタタリ~

猫野コロ

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第11話 お昼ご飯は手作りカレー。イケメンの涙。

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 私たちは頭の焼けそうな暑さにも負けず、お経のような蝉の声を聞きながら、来た道をダラダラと歩いて鈴木家の前まで戻って来た。ミィちゃんがガラガラとドアを開ける。なんとなく、自分の家に帰ってきたみたいにほっとしてしまった。
 数時間前に初めておじゃました鈴木さんの家だけれど。

「ただいまー」

 ベッカムくんは本当に自宅みたいに挨拶をした。
 でも田舎あるあるなので、誰も突っ込まない。
 デイジーちゃんはふたたびおでかけのようだ。見た目通り人気者なのだろう。
 ミィちゃんが「台所あっち」とあごをしゃくる。ダルそうなイケメンは腕をあげるのもメンドクサイらしい。

「おじゃましまーす」

 玄関の三和土たたきで脱いだくつをそろえ、私も廊下にあがる。
 そうして、背の高い二人の後ろをとことこのろのろとついていった。



 いかにも和風建築わふうけんちくといった、おもむきのある田舎の台所。
 ちょっと薄暗うすぐら雰囲気ふんいきが非常に落ち着く。
 暗いのはまどがすりガラスなのと、そこになべやお玉がぶらさがっているせいもあるのかも。

 シンクのまわりの収納場所しゅうのうばしょが全体的にい目の木の板なのも田舎らしくてとても良い。
 レトロ。って言った方がおしゃれかもしれないけれど、私的には〝田舎〟のほうがポイントが高いのだ。

 素敵すてきな台所を見ただけで、頑張っておいしいカレーを作ろう! という気持ちになった。
 作業の前にかるーく打ち合わせをした私たちは、ダイニングテーブルけん作業台に、(今日のではない)新聞紙をくことにした。そうしないと絶対に汚れるからだ。

 次に、公正こうせいすためジャンケンで担当を決める。
 
 ジャガイモ係――カンナ。ニンジン係――ミィちゃん。玉ねぎ係――ベッカムくん。

 最初に勝ったのはミィちゃん。なんでもできそうな見た目通り、ジャンケンも強いらしい。
 とりあえず、玉ねぎにならなくてよかった。「田中カンナ、玉ねぎのほうが簡単かんたんだから交換こうかんしよ」とベッカムくんがだまそうとしてくるけれど、そんな言葉に引っかかる人間なんていない。
 
 手を洗ったあとに気付く。便利なピーラーがひとつしかない。なので、これもジャンケン。

「勝ったし。じゃあこれは俺が」

「ベッカムくん。玉ねぎなら普通に切った方が良くないですか?」

「お前は包丁でいいだろ」

 ミィちゃんが私にピーラーをわたしてくれた。ありがたく使わせてもらおう。

 しゃり。しゃり。新聞紙のうえにジャガイモの皮を落としつつ、目の前でニンジンの皮を豪快ごうかいいでいるミィちゃんに話しかける。そこはでは? というみはしなくてもいいだろう。

「デイジーちゃんなら、滝のまえの看板……立て札? のことたぶん知ってますよね?」

「あー。知ってんじゃねーの。分かんねぇけど」

「看板と立て札の違いってなに?」

 ミィちゃんの答えはまったく当てにならない。それよりなみだをこぼしているベッカムくんと、その質問の答えが気になる。アラレとヒョウのちがいも調べていないのに、疑問がひとつ増えてしまった。
 やっぱり現代人にはスマホが必要なのかな?

「なんでしょうかねぇ。でも看板より立て札のほうが冒険っぽいしカッコイイですねー」

「そうかもな」

「田中カンナのこだわりはぜんぜん分かんないけど……ぼろい木の看板なら立て札のが似合うかもね……」


 ベッカムくん、すごく泣いてますけど、大丈夫ですか?
 だめかも……。誰かタオルでふいて……。
 目の前にキッチンペーパーあるだろ。

 もう手がたまねぎだもん……。
 言い方がキメェ。
 あ、私ふきますよ。手はジャガイモですけど。
 
 のんびりと手を動かしながら、とりあえず下ごしらえを終える。
 お肉は年季ねんきの入った大きな冷蔵庫から取り出した豚肉だ。
 鈴木家、というかデイジーちゃんは豚肉派なのだろう。
 うちのカレーは日によって違う。全部美味しいけれど、私は鶏肉とりにくカレーが一番すきかなぁ。

 三人で箱の裏をのぞきこみ、作り方を確認しつつ、コトコトと鍋で煮込む。
 意外と気が合う私たちは、調理実習や家族とのキャンプで作ったことがあるカレーでも、説明書を読まないと気が済まないという共通点をもっていた。

 煮込んでいるあいだに片づけを済ませ、良い匂いですねー、ねー美味そ……ミィちゃんご飯は? もうけてる、と期待に胸をふくらませながら、ダイニングテーブルでカレーの完成を待った。



 やっぱり食べる場所も重要ですよね。ということで、たたみ、ちゃぶ台、扇風機せんぷうき縁側えんがわとすべてがそろった最高の居間で昼食をとることにした。雪見障子ゆきみしょうじまども全開にして景色をながめたいけれど、真夏の暑さに負け、すぐにあきらめた。

 熱い食べ物は涼しい部屋で食べたほうがおいしいですよね。
 だな。
 そっち運んでいい? 


 麦茶のなかの氷がカラン――と音を立てる。
 水滴すいてきのついたグラスを顔に近付けるだけで、ひんやりとすずしい空気を感じた。

 湯気のたつカレーを大きなスプーンですくい、ふーふーと冷ましてから、ぱくりと頬張ほおばる。

「美味しい……!」

「うまいねぇ」

「ん」
 
 あつあつのてご飯は、デイジーちゃんがタイマーで準備してくれていたらしい。
 とろりとしたルーがツヤツヤの白米にからんですっごくおいしい!
 大き目の野菜もほくほくで、出来立てのカレーの良さが全面にでている。

 子供用の甘口カレーから、デイジーちゃんの優しさを感じた。
 お腹が空いて先に食べてしまったけれど、帰ってくるまで待っていれば良かった。
「デイジーちゃん……」としょんぼりしてしまう。

「田中カンナすごい落ち込んでるね。何事なにごと?」

 そう言うベッカムくんのお皿がすでに空になっていたことにびっくりして、私の落ち込みはふきとんだ。
 男の子ってすごい。もしかして、飲んだの?
 そして、ミィちゃんがお皿を持って立ち上がった。え? このひとたち、ちゃんとかんでる?
 私が彼のお皿を見上げていると、ミィちゃんは何かに気付いたように言った。

「しばらく帰ってこないんじゃね」と。そのまま彼はすたすたと台所へ戻っていった。
 まさか、お代わりするつもりなのかな。あんないきおいで食べて大丈夫?

「あ、そういうこと? デイジーちゃんなら町内会の集まりらしいよ。祭りの準備だって」

 ベッカムくんは麦茶を飲み干すと、ミィちゃんと入れ代わるようにお皿を持って台所に向かった。

「そういえばお祭りの時期ですねぇ。……あれ? でも会ったことないですよね?」

 質問した私を、カレーを食べているミィちゃんが、ちらりと、上目遣うわめづかいで見てきた。
 スプーンを置いた彼は、何かを考えるように、縁側のほうへ視線をやった。

「え? ないですよね?」
 
 妙な間が気になって、もう一度きいてみる。
 ミィちゃんはふっと、妙にかっこういい笑い方をして、曖昧あいまいな答えをくれた。

「どうだろうな」
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