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第12話 やっぱりミィちゃんはイケメンだった。
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三人で昼食の後片付けをしたあとは、ダラダラと二階へ戻った。
なんというか、元気に装備を整えてもう一度お外へ! という気分ではなくなってしまっていたのだ。
涼しい部屋サイコー! お腹もいっぱいになったし畳の上でごろごろしよー! という気分ではあるけれど。
午前中と同じく、涼しく快適なお部屋でぼーっとしながら、時々会話をしつつくつろぐ。
しまいにうっかり寝てしまい、起きた時にはなんと、夕方だった。
誰か起こしてくださいよ、とは思わなかった。最初に目覚めたのはどうみても私だったからだ。
デイジーちゃんはまだ帰って来ていないらしい。
もしも戻っていたら、あの明るくて大きな声で絶対に気付いていたはず。
私は二人を、というかこの家の住人というか孫……ん? おばあちゃんはなんて言ってたっけ? 忘れてしまったけれど、多分デイジーちゃんの孫であるミィちゃんを起こし、お暇することを伝えた。
「……あ? ……普通に寝てた……なに、帰んの?」
引き違いの扉の前をふさぐように寝転がっていたミィちゃんは顔の上にのせていた手の甲をずらすと、『起こしてごめんねぇ……寝てていいよー……』と言いたくなるほどダルそうに顔をしかめ、むくりと上体を起こした。
「あ、おじゃましましたって言おうと思っただけなので、そのままでも……」
あと扉の前から少しだけずれていただければ……、と気を使ってみたものの、彼はもう立ち上がってしまっていた。
「……起きれない……あと十二分……ねる……」
ベッカムくんがうなされているみたいに、いかつい天然木テーブルの向こうで何かをしゃべっている。
気持ちはとてもわかる。妙なタイミングで起きようとしても、なかなか目が開かないものだ。
立て付けが悪いのか、重いのか、ミィちゃんが和室の扉(腰板つきの縦繫障子)をバン……! と開け、私は彼のあとをのろのろとついてゆく。
もしかしてお見送りをしてくれるのかな? と思った私はびっくりした。玄関でミィちゃんがサンダルをはいたからだ。
まさか、こんなにダルそうなミィちゃんが、玄関ではなくお外までお見送りを……! と、ついイケメン顔とサンダルへ三往復くらい視線を送ってしまった。
次にびっくりしたのは「おじゃましましたー」と言ったあと。
彼の黒いTシャツを見ながら、まだまだ暑い外へ出る。むわっと湿った緑の匂い。蝉の声が大きくなる。
最初は普通に、「それじゃあ、今日は遊んでくれてありがとうございました」とミィちゃんにお礼を伝えた。すると、今日のできごとが鮮明に頭の中によみがえった。
約束もなしにいきなり遊びに来てしまったうえに、お昼ご飯までごちそうになり、初対面のひとの家でダラダラと長居をした挙句、気付いたら夕方まで寝ていた――という、思い出した瞬間から突然鬱になりそうなあれこれ。
田舎は異世界だから……と自分にいいわけをしつつ、私はしょんぼりと反省をした。
そしてその直後、ええー! 驚くことがおこった。それは、『さようなら、どうかお元気で……』と暗すぎる別れの言葉を切り出そうとした私の前をミィちゃんが歩き出し、立ち止まった私を振り返ったまま待っているからで、さらに、私にこう言ったからだ。
「送る」
◇
びっくりしすぎて「ひぇ……」とおかしな声が出た。『いえいえ、まだ明るいのでひとりでも大丈夫ですー』または、『わー、ありがとうございますー』と答える余裕はこれっぽっちもなかった。
「……なに、その変な反応」
そう言ったミィちゃんがちょっとおかしそうに笑うのを見て、『あ、普通に笑うの、初めて見たかも』『ダルそうじゃない』と、ものすごく失礼なことを考えたあとに、しみじみと思った。
ミィちゃんは中身もすっごくイケメンなんだなぁ。
暑いですねぇ。
夏だからな。
ちょっとだけ遠いおばあちゃんの家も、ひとりの時より短く感じる。
もうすぐ到着、という時に尋ねてみた。
「ベッカムくんはひとりで寂しくないですかねぇ」
うなされていたから起こせなかったけれど、もしも、目が覚めた時に誰もいなかったら、怖がりなベッカムくんには厳しいかもしれない。『ギャー! どういうこと?! 誰もいないんだけど!』と叫んでいたりして。
「騒いでるかもな」
「私もそんな気がします。あ、あれです。おばあちゃんのお家」
「知ってる」
そういえば、鈴木さんのお家を出たときに、私より先に歩いていた。
デイジーちゃんから聞いたのかな。そんな風に思ったときには、私たちはもうおばあちゃんの家の前に到着していた。
「ミィちゃん、お家まで送ってくれてありがとうございました。ベッカムくんにも……えーと、『一緒に冒険できて楽しかったです』と伝えておいてください」
「ああ」
ミィちゃんは短く返事をすると、「ん」と顎でしゃくるように、玄関を示した。
私ははっとした。そっか。家の中に入らないと、無事に送り届けたことにはならないのかも。
見晴らしのいい田舎の家の前で危険なことなんて起こるはずがないけれど、ミィちゃんは『完璧主義者』というやつなのかもしれない。
急いで敷地へ入り、鍵のかかっていないドアを開ける。
そうして、半分だけ体を出しながら、ミィちゃんに手を振った。
「ミィちゃんも、気を付けて帰って下さいねー」
私はもう安全ですよ! という気持ちと一緒に、ベッカムくんが言いそうなことを考えてしまった。
『それは帰り道のほうに何かがある。もうホラー確定』
でも、ミィちゃんは考えなかったらしい。「何もねーだろ」と鼻で笑われてしまった。
彼はチラリと鈴木家のほうを見てから、そちらへ体を向けた。
「じゃあ」と言った去り際、ふと立ち止まり、私がまだミィちゃんを見ていることに気付いて注意してきた。「鍵とチェーン」
それが面白くて、思わず「あはは」と笑ってしまう。
自分では何もないと言ったくせに。
「祭りの時期は危ねーんだよ」
「え?」
祭りの時期は危ない。頭の中でその言葉が鈍くめぐるけれど、『お祭り』と『危ない』が繋がらなくて、よく分からなかった。『あぶないって、何がですか?』私が聞き返す前に、ダルそうじゃないミィちゃんが念を押す。
「いいからかけとけ。迎えに来るまでひとりで家から出るな」
私はつい、「はーい」といい子のお返事をして、頭を引っ込め、ドアを閉め、鍵をかけ、チェーンをかけてしまった。そこまでしてからようやく、最後に言われた言葉が頭に入ってきた。
「んん? 迎えにくるって言われたような……」
なんというか、元気に装備を整えてもう一度お外へ! という気分ではなくなってしまっていたのだ。
涼しい部屋サイコー! お腹もいっぱいになったし畳の上でごろごろしよー! という気分ではあるけれど。
午前中と同じく、涼しく快適なお部屋でぼーっとしながら、時々会話をしつつくつろぐ。
しまいにうっかり寝てしまい、起きた時にはなんと、夕方だった。
誰か起こしてくださいよ、とは思わなかった。最初に目覚めたのはどうみても私だったからだ。
デイジーちゃんはまだ帰って来ていないらしい。
もしも戻っていたら、あの明るくて大きな声で絶対に気付いていたはず。
私は二人を、というかこの家の住人というか孫……ん? おばあちゃんはなんて言ってたっけ? 忘れてしまったけれど、多分デイジーちゃんの孫であるミィちゃんを起こし、お暇することを伝えた。
「……あ? ……普通に寝てた……なに、帰んの?」
引き違いの扉の前をふさぐように寝転がっていたミィちゃんは顔の上にのせていた手の甲をずらすと、『起こしてごめんねぇ……寝てていいよー……』と言いたくなるほどダルそうに顔をしかめ、むくりと上体を起こした。
「あ、おじゃましましたって言おうと思っただけなので、そのままでも……」
あと扉の前から少しだけずれていただければ……、と気を使ってみたものの、彼はもう立ち上がってしまっていた。
「……起きれない……あと十二分……ねる……」
ベッカムくんがうなされているみたいに、いかつい天然木テーブルの向こうで何かをしゃべっている。
気持ちはとてもわかる。妙なタイミングで起きようとしても、なかなか目が開かないものだ。
立て付けが悪いのか、重いのか、ミィちゃんが和室の扉(腰板つきの縦繫障子)をバン……! と開け、私は彼のあとをのろのろとついてゆく。
もしかしてお見送りをしてくれるのかな? と思った私はびっくりした。玄関でミィちゃんがサンダルをはいたからだ。
まさか、こんなにダルそうなミィちゃんが、玄関ではなくお外までお見送りを……! と、ついイケメン顔とサンダルへ三往復くらい視線を送ってしまった。
次にびっくりしたのは「おじゃましましたー」と言ったあと。
彼の黒いTシャツを見ながら、まだまだ暑い外へ出る。むわっと湿った緑の匂い。蝉の声が大きくなる。
最初は普通に、「それじゃあ、今日は遊んでくれてありがとうございました」とミィちゃんにお礼を伝えた。すると、今日のできごとが鮮明に頭の中によみがえった。
約束もなしにいきなり遊びに来てしまったうえに、お昼ご飯までごちそうになり、初対面のひとの家でダラダラと長居をした挙句、気付いたら夕方まで寝ていた――という、思い出した瞬間から突然鬱になりそうなあれこれ。
田舎は異世界だから……と自分にいいわけをしつつ、私はしょんぼりと反省をした。
そしてその直後、ええー! 驚くことがおこった。それは、『さようなら、どうかお元気で……』と暗すぎる別れの言葉を切り出そうとした私の前をミィちゃんが歩き出し、立ち止まった私を振り返ったまま待っているからで、さらに、私にこう言ったからだ。
「送る」
◇
びっくりしすぎて「ひぇ……」とおかしな声が出た。『いえいえ、まだ明るいのでひとりでも大丈夫ですー』または、『わー、ありがとうございますー』と答える余裕はこれっぽっちもなかった。
「……なに、その変な反応」
そう言ったミィちゃんがちょっとおかしそうに笑うのを見て、『あ、普通に笑うの、初めて見たかも』『ダルそうじゃない』と、ものすごく失礼なことを考えたあとに、しみじみと思った。
ミィちゃんは中身もすっごくイケメンなんだなぁ。
暑いですねぇ。
夏だからな。
ちょっとだけ遠いおばあちゃんの家も、ひとりの時より短く感じる。
もうすぐ到着、という時に尋ねてみた。
「ベッカムくんはひとりで寂しくないですかねぇ」
うなされていたから起こせなかったけれど、もしも、目が覚めた時に誰もいなかったら、怖がりなベッカムくんには厳しいかもしれない。『ギャー! どういうこと?! 誰もいないんだけど!』と叫んでいたりして。
「騒いでるかもな」
「私もそんな気がします。あ、あれです。おばあちゃんのお家」
「知ってる」
そういえば、鈴木さんのお家を出たときに、私より先に歩いていた。
デイジーちゃんから聞いたのかな。そんな風に思ったときには、私たちはもうおばあちゃんの家の前に到着していた。
「ミィちゃん、お家まで送ってくれてありがとうございました。ベッカムくんにも……えーと、『一緒に冒険できて楽しかったです』と伝えておいてください」
「ああ」
ミィちゃんは短く返事をすると、「ん」と顎でしゃくるように、玄関を示した。
私ははっとした。そっか。家の中に入らないと、無事に送り届けたことにはならないのかも。
見晴らしのいい田舎の家の前で危険なことなんて起こるはずがないけれど、ミィちゃんは『完璧主義者』というやつなのかもしれない。
急いで敷地へ入り、鍵のかかっていないドアを開ける。
そうして、半分だけ体を出しながら、ミィちゃんに手を振った。
「ミィちゃんも、気を付けて帰って下さいねー」
私はもう安全ですよ! という気持ちと一緒に、ベッカムくんが言いそうなことを考えてしまった。
『それは帰り道のほうに何かがある。もうホラー確定』
でも、ミィちゃんは考えなかったらしい。「何もねーだろ」と鼻で笑われてしまった。
彼はチラリと鈴木家のほうを見てから、そちらへ体を向けた。
「じゃあ」と言った去り際、ふと立ち止まり、私がまだミィちゃんを見ていることに気付いて注意してきた。「鍵とチェーン」
それが面白くて、思わず「あはは」と笑ってしまう。
自分では何もないと言ったくせに。
「祭りの時期は危ねーんだよ」
「え?」
祭りの時期は危ない。頭の中でその言葉が鈍くめぐるけれど、『お祭り』と『危ない』が繋がらなくて、よく分からなかった。『あぶないって、何がですか?』私が聞き返す前に、ダルそうじゃないミィちゃんが念を押す。
「いいからかけとけ。迎えに来るまでひとりで家から出るな」
私はつい、「はーい」といい子のお返事をして、頭を引っ込め、ドアを閉め、鍵をかけ、チェーンをかけてしまった。そこまでしてからようやく、最後に言われた言葉が頭に入ってきた。
「んん? 迎えにくるって言われたような……」
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