クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

文字の大きさ
169 / 542

第168話 実はクマちゃんも、なクマちゃんと、倒された誰か。「……もー、マジ――」

しおりを挟む
 お上品に喉を潤し、ふわふわの布でふわふわと口元を拭いてもらったクマちゃんは考えていた。
 ルーク達はまた、クマちゃんを置いてお仕事に行ってしまうのだろうか。
 とても寂しい。
 クマちゃんも一緒に行きたい。
 しかし『クマちゃんも連れて行ってください』とお願いしても、『危ないからクマちゃんは駄目!』と言われてしまうだろう。
 うむ。彼らにクマちゃんの素晴らしい戦闘技術を見せる必要がある。
 大型モンスターという生き物に会ったことはないが、クマちゃんの最速肉球パンチを見れば、あまりの恐ろしさに相手はすぐに『ごめんなさい』と言うはずだ。
 でも本当に当ててしまうと大型モンスターちゃんは大怪我をして『いたいよー』と泣いてしまうかもしれないから、空中でシュッ、シュッ、と肉球パンチの素振りをするだけでいいだろう。


 彼らが森の様子について話し合いながら愛らしいもこもこを眺めていると、もこもこが幼く愛らしい、ややキリッとしているような気がしないでもない声で「クマちゃん、クマちゃん――」と言った。
 
『クマちゃん、戦うちゃん――』と。

 皆には言っていませんでしたが、実はクマちゃんも戦えるのです、という意味だ。

「絶対無理なやつ」

 脳に口が付いている男は、深く考える前に答えた。

 ルークの腕の中のもこもこがかすれた声の男へ顔を向け、〈きらいなにおいを嗅いだ時の猫の顔〉をしている。
 目と口を大きく開いたまま、もこもこした口元をもふっと膨らませているクマちゃんは愛らしいが、リオは傷付いた。

「ごめんクマちゃん、言い方良くなかったかも……謝るからその顔やめて」

 彼はすぐに謝罪した。
 癒しの力しかもたない赤ちゃんクマちゃんは戦えない。動きも非常にのんびりとしていて遅いのだから、魔法を使おうと杖を探している間に『クマちゃ』されてしまうだろう。
 だがそんなことを言ってもこもこに嫌われたくはない。
 リオはもこもこが傷つかない上手い言い方はないかと考え、そもそも説明が苦手なことを思い出した。

 それに、もし戦えたとしても過保護なルークが愛しのもこもこを連れて行くわけがないのだ。
 もこもこの頭に少しハゲが出来ただけで、一日中その部分を撫で続け、無表情のまま悲し気な雰囲気を漂わせる男が、己の命よりも大切にしている可愛いクマちゃんを大型モンスターがうようよいる場所に連れ出すだろうか。
 ――答えは否である。
 しかしもこもこに『あなたは赤ちゃんだから戦闘には連れて行けませんよ』と言っても、首を傾げたまま『クマちゃ』と返されるだろう。クマちゃんは大人のクマちゃんですよ、と。

 彼が考え事をしている間に、もこもこはリオのほうを見ながら愛らしい猫のようなお手々で空中を引っかき始めた。
 一生懸命もこもこした両手を交互に動かしながら「クマちゃ!……クマちゃ!」と言っている。
 
「何クマちゃん。その猫かきみたい動き。……可愛くて捕まえたくなるんだけど」

 可愛すぎる。見ているとなんだかソワソワして、もこもこした白いお手々をキュッとしたくなる。

「うーん。とても愛らしいね。魅了の魔法ではないようだけれど……もしかして、戦っているつもりなのかな?」

 ウィルはもこもこのお手々が空気を引っかく様をじっと見つめ、魔力の流れを読もうとした。
 ものすごく愛らしい。魅了されてしまいそうだ。しかし、怪しい魔法のたぐいではないらしい。
 敵を殴る真似をしているのかもしれないが、あのフワフワのお手々に当たっても気持ちが良いだけだろう。
 ――当たりにいってもいいだろうか。

 もこもこの哺乳瓶タイムが終わり、満身創痍の暗殺者のように胸元の服をきつく握りしめていたクライヴは、クマちゃんにとどめを刺された。
 ピンク色の肉球とそれを囲うふわふわの毛。羽虫すら倒せないであろう、勢いのないお手々。 
 もこもこした愛らしいお口から出る愛らしい「クマちゃ!」は、攻撃時の掛け声なのかもしれない。
 
 風のない室内で上下に動く肉球に合わせ、真っ白なお手々を覆う柔らかな被毛が、微かにふわりと揺れる。

「――く――う――」

 何も倒せないはずのクマちゃんの肉球パンチは、見せるだけで氷の紳士を倒してしまった。

 赤いソファに座ったままがくり、と下を向いた男に、マスターが残念なものを見る眼差しを向けている。

 リオは愛らしいもこもこの可愛らしい猫かきパンチを獲物を狙うような目でキラリ、と愛でつつ考えていた。
 何かもこもこの気を逸らす方法はないだろうか。このまま『クマちゃん、駄目!』と言い続けると、可愛いもこもこがキュオーと泣き出してしまう。

「……あ、クマちゃん何か作りたいんじゃなかったっけ。すげー忙しいって言ってたじゃん」

 お花畑で散歩中に聞いた話を思い出したリオは、もこもこに『あなたは、とても大事なことを忘れています』と伝えた。
 もこもこがハッと、肉球を止め「クマちゃ……」と言った。

『おかち……』と。

「お返しは? いいの?」

 リオは両手の肉球をお顔の前で上げたまま止まっている愛らしいもこもこに、『皆がクマちゃんからのお返しを楽しみに待っていますよ』という雰囲気を漂わせ『いいの?』と尋ねた。
 もこもこの可愛いピンク色の肉球が、徐々に下がって来た。葛藤しているらしい。


 クマちゃんは両手の肉球にキュッ、と力を入れ、考えた。
 そうだ。クマちゃんは皆にふわふわで丸いお菓子を作るのだった。
 この場所でも作れるだろうか。お兄ちゃんから材料を買えばできるかもしれない。
 しかし、街の人たちは森の奥にはいない。ここで美味しいお菓子を作っても、すぐには渡せないだろう。
 クマちゃんとリオちゃんはルーク達と離れ、湖へ戻らなければならないのだろうか。
 真剣に考えていたクマちゃんは、ハッと思いついた。
 うむ。天才的な閃きである。
 

 皆が見守る中、両手の肉球を下ろし深く頷いたクマちゃんは、幼く愛らしい声で「クマちゃ」と言い、魔王のような男を見上げた。
 もこもこは鞄をごそごそ漁ると杖を取り出し、小さな黒い湿った鼻の上にキュッと皺を寄せ、もこもこを抱えたルークと共にどこかへ消えてしまった。

「え、なに、クマちゃん達どこ行ったの」

 ぼーっともこもこの湿った鼻を見ていたリオは、突然この場からいなくなった彼らに驚き、かすれた声でウィル達に尋ねた。

「リーダーが一緒だから問題はないと思うけれど……お兄さんはクマちゃんがどこへ行ったか知っている?」

 ウィルは眠っているように静かなお兄さんに尋ねた。
 しかし望む答えは返らず、「――危険はない」と頭に響く低音の美声でお告げのようなことを言われるだけだ。
 人と違う生き物には時間がゆっくりと流れているのだろう。
 ではいつ頃帰ってくるのか、と質問しようとしたが、すぐに諦めた。
 彼らに会えるのが数時間後だとしても『――すぐに戻る』と言いそうだ。

「――あそこの床、何か光ってんだけど」

 リオが魔法陣のような場所を指さす。

「昇降用の台に描かれている模様に似ている気がするね。このお家には二階があるのかな」

 南国の鳥のような男がソファから立ち上がり、そちらへ近付いた。
 装飾品がシャラ、と綺麗な音を立てる。

「あー、確かに」

 相槌を打ったリオも彼に続いた。

「……まぁ、いつ戻ってくるかも分らんしな。白いのに危険な物が無いか、確かめておいたほうがいいだろ」

 マスターは気絶中の暗殺者のような男の肩をぽん、と叩き「行くぞ」と声を掛けると二人のあとを追った。



 魔法陣の上に乗るだけで別の部屋――おそらく二階――に飛ばされたようだ。
 真っ白な壁と、ガラスの下に植物が飾られているような床。葉の隙間を覗くと、彼らが先程まで居た部屋が見える。
 やはり、飛ばされた場所は二階だったらしい。

「ドア多すぎじゃね?」

 アイビーのような蔓植物と、ハートのような形が連なった葉、イチゴのランプで飾られた白い壁に、木製のドアがたくさん並んでいる。
 イチゴ屋根の家にあるドアは、正面から見て一つだけだったはずだ。
 もこもこ物件は不思議がいっぱいである。

 リオはコツ、と音を立てガラスの上を歩いた。
 壁に並ぶもののひとつへ手を伸ばし、指先がふれる。

 スゥ、と静かに開いた木製のドア。
 向こう側に見える、そっくりな部屋。
 白い壁、蔦、イチゴのランプ。
 ドア枠から半分だけ見えている白いもこもこ。

「――うわっ!!! 何やってんのクマちゃん!」

 かすれた声で叫ぶリオ。
 赤い頭巾を被ったもこもこは、つぶらな瞳と黒いお鼻を半分覗かせ、「クマちゃん――」と言葉を紡ぐ。

 開けてしまったのですね――、という意味のようだ。

「……もー、マジびびったんだけど。クマちゃんドアの側いたら危ないでしょ」

 格好よく登場した格好いいクマちゃんに『クマちゃん、駄目!』という細かいかすれ男。

「おや、ドアの向こうにとても可愛らしい子がいるね。リーダーと一緒ではないの?」

 楽し気に笑ったウィルが微かに首を傾げ、愛らしいもこもこに尋ねる。
 しかし返事を聞く前にもこもこの体が持ち上げられ、美しい銀髪の男が腕の中へもこもこ頭巾をおさめた。
 彼も同じ部屋の中にいたらしい。

 もこもこは半分しか見えなくても愛らしい。クライヴは静かに頷き「なるほど――」と長いまつ毛を伏せた。
 愛らし過ぎて何でも願いを叶えたくなるが、やはり戦闘には参加させられない。
 モンスターはもこもこに魅了され、魅力的すぎるもこもこを攫おうとするだろう。

『クマちゃ……!』と悲鳴を上げるもこもこを想像してしまった男。
 時間差で悩む彼を見た金髪の口から「え、いま何に切れてんの? 怖いし寒いんだけど……」と震え気味のかすれた苦情が漏れた。

「おいルーク。そっちの部屋はどこにあるんだ?」

 マスターは腕を組み「もしかして、湖か?」と渋い声で尋ねた。
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

最強魔導師は不毛の大地でスローライフを送る ~凶悪な魔物が跋扈し瘴気漂う腐界でも、魔法があれば快適です~

えぞぎんぎつね
ファンタジー
 平民出身の最強の宮廷魔導師ティル・リッシュは貴族主義の宮廷魔導師長に疎まれ、凶悪な魔物がはびこり、瘴気漂う腐界の地の領主として左遷されることになった。  元々腐界の研究がしたかったティルはこれ幸いと辞令を受けて任地に向かう。  途中で仲間になった聖獣の子牛のモラクスと共に腐界で快適なスローライフを始めたのだった。  瘴気は自作の結界で完全に防ぎ、人族の脅威たる魔物はあっさり倒す。 「魔物の肉がうますぎる! 腐界で採れる野菜もうまい!」 「もっも~」 「建築も魔法を使えば簡単だし、水も魔法で出し放題だ」  病気になった聖獣の子狼がやってきたり、腐界で人知れず過ごしてきたエルフ族が仲間になったり。  これは後に至高神の使徒の弟子にして、聖獣の友、エルフの守護者、人族の救世主と呼ばれることになる偉大なるティル・リッシュの腐界開拓の物語である。 ※ネオページ、小説家になろう、カクヨムでも公開しています

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~

fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。 しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。 気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。 裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。 無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

処理中です...