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第419話 クマちゃんに服を選び、ファッション界の沼にハマってゆく彼ら。素晴らしい景品とは。
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現在クマちゃんは、今回の『ちゅてきなコーディネートちゃん対決』を盛り上げるための『景品ちゃん』を紹介している。
◇
『かわいいクッキー屋ちゃん』に相応しい『おぼうち』とは何だ――。
そもそもクッキー屋ちゃんとは――。
何故クッキーしか売らぬのか――。
リオは悩んだ挙句、取り合えずそれっぽいアイテムを手あたり次第に試着させていくことにした。
「えーと、じゃあまずはコレ」
リオはそう言ってぽち、と肉球型ボタンを押した。
最初に選んだのは『ホイップクリーム風おぼうち。イチゴちゃん』だ。
カタログから『きゅ!』とどこかのもこもこが湿ったお鼻を鳴らす音が響き、ステージ前のクマちゃんが「クマちゃ……」とポーズをつける。
短いあんよが大層可愛らしい『モデルちゃん立ち』だ。
ふわふわで大きなお耳のあいだには、ピンク色のクリームをふんわり丸く絞り、その上に葉っぱ付きの真っ赤なイチゴが飾られた帽子がちょこんとのせられていた。
「はぁー……可愛い。もう帽子だけでもいいんじゃね? ってぐらい可愛い」
「クマちゃーん」
『はだかちゃーん』
「ごめんごめん。クマちゃんお目目うるうるで可愛いねー。んじゃ次」
冒険者らしく節の目立つ、それでいて綺麗な指が、カタログの上をスッと移動する。
ぽち――。リオが商品を選ぶと、モデルの帽子が『きゅ!』と切り替わった。
この『ファッションカタログ』というアイテムは、試着用の肉球型ボタンを押すだけで、衣装の着脱、切り替えが自由自在という、実に簡単で便利な仕様らしい。
お手々の丸い猫ちゃんにも、非力な赤ちゃんにも優しい、素晴らしいアイテムである。
色違い、クリーム違い、菓子違い。
リオは目に付いたアイテムのボタンをどんどん押していった。
それはもう手あたり次第に。と言っても過言ではないほど、ポチ――ポチ――ポポポポポチ! と押しまくった。
もこもこしたモデルは次々と、ときにもふっとしたお口を開けたまま試着をこなし、――死神の生命力を削る勢いで――愛らしいポーズを十秒に一度は「クマちゃ」と決めた。
我が子の可愛さに目が曇りまくっているリオはそのたびに「クマちゃん可愛いねー。もう完璧じゃね?」と優しく目を細め、素直なモデルは「クマちゃ……」『クマちゃ、かわいいちゃ……』と頷いた。
「これで大体整ったんじゃね? よだ、じゃなくてエプロンとオム……じゃなくてズボンね、ズボン。それ着るなら『ワンピース』と『ケープ』はいらないし、帽子被るなら耳の飾りはなくていいし。それに料理するなら『マフラー』と『ネックレチュ』? もいらないよね。そんで、クマちゃんの『あんよ』はそのままが一番可愛いから『くちゅちた』? もいらないでしょ」
「クマちゃ……!」
『くちゅちたちゃ……!』
あれもこれも削られてしまったクマちゃんは、ハッ――として、もこもこしたお口を猫手で押さえた。
そして『たくちゃん着たほうが高得点ちゃんでちゅ……』というファッション採点機側からの意見と、『クマちゃんはそのままが一番可愛いよ』という怪しいモテ男的な意見のあいだで、もこもこもこもこ……と激しく揺れた。
スーパーモデルはお口のまわりをもふっと膨らませ、熟慮した。
このまま採点機に『そのままが一番可愛いあんよ』をスッとのせるべきか、否か。
「クマちゃんお口のまわりすげーもふっとしてるねぇ」
もこもこしたモデルはふたたびハッとした。
そうだ。高得点を取ると貰える『ちゅごい景品ちゃん』をお見せして、もっとクマちゃんにお洋服を着せたい気持ちになってもらおう、と。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『カタログちゃ、おちゅちゅめちゃ……』
そちらの『ファッションカタログちゃん』の『おちゅちゅめアイテムちゃん』をご覧くだちゃい……。 高得点ちゃんを取るともらえる景品ちゃんが載っていまちゅ……。
「あ、それめっちゃ気になる」
リオはパタ、と目次を開くと早急に『おちゅちゅめアイテムちゃん』右横のボタンを押した。
パラララ――。紙が風に煽られたように繰られ、『景品ちゃん』のページが開かれる。
「『本日の景品ちゃん』……『クマちゃんクッキーちゃんとクマちゃんのカゴちゃん』と、『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』……」
見本は何故か包装されたプレゼントのように隠されており、リオの『気になる……』を加速させる。
リオは迷わず『クマちゃんクッキーちゃんとクマちゃんのカゴちゃん』と書かれたアイテム名の下、『試着ちゃん』ボタンを押した。
――ぽわんぽわんぽわーん――。
ややこもった音が鳴り、モデルの前に『リボンで口が結ばれたクッキー入りと思しき袋』が入ったカゴが現れる。
中には柔らかそうな布が敷かれていて、全体的に可愛らしい雰囲気だ。
「なるほどぉ。あの袋の中に『クマちゃんクッキー』が入ってる感じ?」
名探偵リオが『つまり、あの意識が混濁するほど激ウマな〝クマちゃんクッキー〟が景品ということだろう』と食いしん坊的な推理をしていると、何でも気になる子猫のようなモデルが、ヨチ……ヨチ……とカゴのほうへ近付いていった。
「…………」
もこもこを見守るのが趣味、あるいは生き甲斐な大人達が静かに、(そのなかの一人は仕事の手を止め)子猫によく似た生き物を見守る。
クマちゃんと妖精ちゃん以外の全員が、呼吸を抑え、気配を消していた。
湿ったお鼻をふんふんふんふん……と鳴らしながら、まずは右手……次に鼻先……お顔……その次に左手……という風に、クマちゃんが徐々に、ヨチィ……もこぉ……と全身を使い、カゴに乗り上げ、中へ入ってゆく。
短くてまたげない『後ろあち』は、揃えて、ぬるぅ……と滑り込むように。
彼らはクッ!! と込み上げる何かを堪えた。
拳で力いっぱい机を叩きたいほど、グワァァ! と感情が滾っていた。
クッキー入りのカゴへ上手に侵入を果たしたクマちゃんは、どんな入れ物にも入ってしまう子猫ちゃんのようなお顔で、居心地のいい場所を陣取り、お手々の先をかじり、にゃし……にゃし……と力いっぱい噛みしめた。
クマちゃんはそうして簡単に身だしなみを整えると、美しくなったお手々をカゴのふちにひっかけ、うるうるのつぶらなお目目でリオを見上げ、「クマちゃ……」と言った。
クマちゃの……と。
リオはまったく、猫のまつ毛一本ほども意味を理解できなかったが、爆発する感情のまま、クマちゃんに答えを返した。
「くっ……――っそ可愛い。……分かった。高得点取れば〝それ〟もらえるんだよね。やっぱもうちょっと気合入れて選ぶから少し待ってて」
そうして採点をする前から、リオは『クマちゃんのファッション採点機ちゃん』の深ーい沼へずぶずぶとハマっていった。
「あぁー……こっちとこっちってどっちのほうが得点高いんだろ……でも可愛いのはこっちな気がする……いやこっちのがクッキーっぽくね……?」
リオが抜け出せない場所までハマり込んでしまっていたとき。
まだカタログを買っていないマスターは、雪に埋もれた美しい氷像と、丸太を抱えて雪にまみれながらぼそ……ぼそ……と小声で『美クマちゃん』の愛らしさを語る会計を助け出した。
一仕事終えた彼が、もこもこに尋ねる。
「白いの。もう一つの景品も見せてもらえるか?」
『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』
それはいったいどのようなアイテムなのだろうか。
書類の仕分けに便利なら、あとで自分も色々買ってみるか。
マスターはそんな風に『愛らしいクマちゃんの装飾が付いた便利な書類ケース』を想像していたのだが、クマちゃんの『かっこういい』は彼の想像の斜め上をいっていた。
「…………」
ふたたび皆で息を止め、存在を消し、もこもこと『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』を眺める。
煌めくガラスのように透き通った箱へ、クマちゃんが近付いてゆく。
ふんふん、ふんふん……と湿ったお鼻を鳴らして。
そうしてクマちゃんはさきほどとまったく同じ要領で、右手から始まり『後ろあち』までをゆっくりと動かすと、ヨチィ……もこぉ……ぬるぅ……と、実に猫らしい所作で、『綺麗で格好いい箱』の中へと入っていった。
「…………」
彼らは何も語ることなく、液体的な動きを見せつけるもこもこを見守った。
クマちゃんは両の猫手をガラスっぽい箱のふちにのせると、丸い瞳でマスターを見上げ、『きゅ』……と甘えるようにお鼻を鳴らした。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、かっこいいちゃ……』
マスターはまるで『書類を入れようと用意した箱に子猫がヨチィ……と入っていった瞬間を目撃した人間のような顔』で、眉間に深い皺を寄せ、自分を見上げるクマちゃんに答えた。
「そうか……。お前は本当に……とんでもなく可愛いな……」
「クマちゃ……」
『かっこういいちゃ……』
その様子をしっかりと見ていた、見てしまっていた生徒会長と副会長は、苦し気な表情でカタログに視線を戻した。
「私の可愛いクマちゃんはどうしてあんなに愛くるしいんだろう。……だめだ……絶対に両方欲しい。陰気な学園には癒しが必要なんだ……。もちろんつまらない生徒会室にも……」
「色々とクソやべぇっすね……。会長、金の守護者に二回勝つとか絶対に無理ですって。しかもなんかすげぇ真剣に選んでるじゃないっすか。アレ完全に会長のことぼこぼこにする気っすよ」
「――分かってないな。これはただ可愛い服を選ぶ戦いじゃない。私の可愛いクマちゃんをどのくらい愛しているか、それを測る戦いなんだよ。そう、つまりお菓子の数は関係ないんだ」
「いや普通に関係あるんできちんと計算して買ってくださいよ。それとそれとそれ全部予算オーバーなんで。……よく見たら何で高いのばっか選んでるんですか。ほらやり直しっすよやり直し」
そうして生徒会長が試着させた『高貴なお屋敷で暮らす猫ちゃん』的なお洋服は副会長の手によってすべて剥ぎ取られ、彼らは一分間ほど美しくない戦いを繰り広げた。
◇
『かわいいクッキー屋ちゃん』に相応しい『おぼうち』とは何だ――。
そもそもクッキー屋ちゃんとは――。
何故クッキーしか売らぬのか――。
リオは悩んだ挙句、取り合えずそれっぽいアイテムを手あたり次第に試着させていくことにした。
「えーと、じゃあまずはコレ」
リオはそう言ってぽち、と肉球型ボタンを押した。
最初に選んだのは『ホイップクリーム風おぼうち。イチゴちゃん』だ。
カタログから『きゅ!』とどこかのもこもこが湿ったお鼻を鳴らす音が響き、ステージ前のクマちゃんが「クマちゃ……」とポーズをつける。
短いあんよが大層可愛らしい『モデルちゃん立ち』だ。
ふわふわで大きなお耳のあいだには、ピンク色のクリームをふんわり丸く絞り、その上に葉っぱ付きの真っ赤なイチゴが飾られた帽子がちょこんとのせられていた。
「はぁー……可愛い。もう帽子だけでもいいんじゃね? ってぐらい可愛い」
「クマちゃーん」
『はだかちゃーん』
「ごめんごめん。クマちゃんお目目うるうるで可愛いねー。んじゃ次」
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ぽち――。リオが商品を選ぶと、モデルの帽子が『きゅ!』と切り替わった。
この『ファッションカタログ』というアイテムは、試着用の肉球型ボタンを押すだけで、衣装の着脱、切り替えが自由自在という、実に簡単で便利な仕様らしい。
お手々の丸い猫ちゃんにも、非力な赤ちゃんにも優しい、素晴らしいアイテムである。
色違い、クリーム違い、菓子違い。
リオは目に付いたアイテムのボタンをどんどん押していった。
それはもう手あたり次第に。と言っても過言ではないほど、ポチ――ポチ――ポポポポポチ! と押しまくった。
もこもこしたモデルは次々と、ときにもふっとしたお口を開けたまま試着をこなし、――死神の生命力を削る勢いで――愛らしいポーズを十秒に一度は「クマちゃ」と決めた。
我が子の可愛さに目が曇りまくっているリオはそのたびに「クマちゃん可愛いねー。もう完璧じゃね?」と優しく目を細め、素直なモデルは「クマちゃ……」『クマちゃ、かわいいちゃ……』と頷いた。
「これで大体整ったんじゃね? よだ、じゃなくてエプロンとオム……じゃなくてズボンね、ズボン。それ着るなら『ワンピース』と『ケープ』はいらないし、帽子被るなら耳の飾りはなくていいし。それに料理するなら『マフラー』と『ネックレチュ』? もいらないよね。そんで、クマちゃんの『あんよ』はそのままが一番可愛いから『くちゅちた』? もいらないでしょ」
「クマちゃ……!」
『くちゅちたちゃ……!』
あれもこれも削られてしまったクマちゃんは、ハッ――として、もこもこしたお口を猫手で押さえた。
そして『たくちゃん着たほうが高得点ちゃんでちゅ……』というファッション採点機側からの意見と、『クマちゃんはそのままが一番可愛いよ』という怪しいモテ男的な意見のあいだで、もこもこもこもこ……と激しく揺れた。
スーパーモデルはお口のまわりをもふっと膨らませ、熟慮した。
このまま採点機に『そのままが一番可愛いあんよ』をスッとのせるべきか、否か。
「クマちゃんお口のまわりすげーもふっとしてるねぇ」
もこもこしたモデルはふたたびハッとした。
そうだ。高得点を取ると貰える『ちゅごい景品ちゃん』をお見せして、もっとクマちゃんにお洋服を着せたい気持ちになってもらおう、と。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『カタログちゃ、おちゅちゅめちゃ……』
そちらの『ファッションカタログちゃん』の『おちゅちゅめアイテムちゃん』をご覧くだちゃい……。 高得点ちゃんを取るともらえる景品ちゃんが載っていまちゅ……。
「あ、それめっちゃ気になる」
リオはパタ、と目次を開くと早急に『おちゅちゅめアイテムちゃん』右横のボタンを押した。
パラララ――。紙が風に煽られたように繰られ、『景品ちゃん』のページが開かれる。
「『本日の景品ちゃん』……『クマちゃんクッキーちゃんとクマちゃんのカゴちゃん』と、『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』……」
見本は何故か包装されたプレゼントのように隠されており、リオの『気になる……』を加速させる。
リオは迷わず『クマちゃんクッキーちゃんとクマちゃんのカゴちゃん』と書かれたアイテム名の下、『試着ちゃん』ボタンを押した。
――ぽわんぽわんぽわーん――。
ややこもった音が鳴り、モデルの前に『リボンで口が結ばれたクッキー入りと思しき袋』が入ったカゴが現れる。
中には柔らかそうな布が敷かれていて、全体的に可愛らしい雰囲気だ。
「なるほどぉ。あの袋の中に『クマちゃんクッキー』が入ってる感じ?」
名探偵リオが『つまり、あの意識が混濁するほど激ウマな〝クマちゃんクッキー〟が景品ということだろう』と食いしん坊的な推理をしていると、何でも気になる子猫のようなモデルが、ヨチ……ヨチ……とカゴのほうへ近付いていった。
「…………」
もこもこを見守るのが趣味、あるいは生き甲斐な大人達が静かに、(そのなかの一人は仕事の手を止め)子猫によく似た生き物を見守る。
クマちゃんと妖精ちゃん以外の全員が、呼吸を抑え、気配を消していた。
湿ったお鼻をふんふんふんふん……と鳴らしながら、まずは右手……次に鼻先……お顔……その次に左手……という風に、クマちゃんが徐々に、ヨチィ……もこぉ……と全身を使い、カゴに乗り上げ、中へ入ってゆく。
短くてまたげない『後ろあち』は、揃えて、ぬるぅ……と滑り込むように。
彼らはクッ!! と込み上げる何かを堪えた。
拳で力いっぱい机を叩きたいほど、グワァァ! と感情が滾っていた。
クッキー入りのカゴへ上手に侵入を果たしたクマちゃんは、どんな入れ物にも入ってしまう子猫ちゃんのようなお顔で、居心地のいい場所を陣取り、お手々の先をかじり、にゃし……にゃし……と力いっぱい噛みしめた。
クマちゃんはそうして簡単に身だしなみを整えると、美しくなったお手々をカゴのふちにひっかけ、うるうるのつぶらなお目目でリオを見上げ、「クマちゃ……」と言った。
クマちゃの……と。
リオはまったく、猫のまつ毛一本ほども意味を理解できなかったが、爆発する感情のまま、クマちゃんに答えを返した。
「くっ……――っそ可愛い。……分かった。高得点取れば〝それ〟もらえるんだよね。やっぱもうちょっと気合入れて選ぶから少し待ってて」
そうして採点をする前から、リオは『クマちゃんのファッション採点機ちゃん』の深ーい沼へずぶずぶとハマっていった。
「あぁー……こっちとこっちってどっちのほうが得点高いんだろ……でも可愛いのはこっちな気がする……いやこっちのがクッキーっぽくね……?」
リオが抜け出せない場所までハマり込んでしまっていたとき。
まだカタログを買っていないマスターは、雪に埋もれた美しい氷像と、丸太を抱えて雪にまみれながらぼそ……ぼそ……と小声で『美クマちゃん』の愛らしさを語る会計を助け出した。
一仕事終えた彼が、もこもこに尋ねる。
「白いの。もう一つの景品も見せてもらえるか?」
『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』
それはいったいどのようなアイテムなのだろうか。
書類の仕分けに便利なら、あとで自分も色々買ってみるか。
マスターはそんな風に『愛らしいクマちゃんの装飾が付いた便利な書類ケース』を想像していたのだが、クマちゃんの『かっこういい』は彼の想像の斜め上をいっていた。
「…………」
ふたたび皆で息を止め、存在を消し、もこもこと『かっこういい書類クマちゃん入れちゃん』を眺める。
煌めくガラスのように透き通った箱へ、クマちゃんが近付いてゆく。
ふんふん、ふんふん……と湿ったお鼻を鳴らして。
そうしてクマちゃんはさきほどとまったく同じ要領で、右手から始まり『後ろあち』までをゆっくりと動かすと、ヨチィ……もこぉ……ぬるぅ……と、実に猫らしい所作で、『綺麗で格好いい箱』の中へと入っていった。
「…………」
彼らは何も語ることなく、液体的な動きを見せつけるもこもこを見守った。
クマちゃんは両の猫手をガラスっぽい箱のふちにのせると、丸い瞳でマスターを見上げ、『きゅ』……と甘えるようにお鼻を鳴らした。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、かっこいいちゃ……』
マスターはまるで『書類を入れようと用意した箱に子猫がヨチィ……と入っていった瞬間を目撃した人間のような顔』で、眉間に深い皺を寄せ、自分を見上げるクマちゃんに答えた。
「そうか……。お前は本当に……とんでもなく可愛いな……」
「クマちゃ……」
『かっこういいちゃ……』
その様子をしっかりと見ていた、見てしまっていた生徒会長と副会長は、苦し気な表情でカタログに視線を戻した。
「私の可愛いクマちゃんはどうしてあんなに愛くるしいんだろう。……だめだ……絶対に両方欲しい。陰気な学園には癒しが必要なんだ……。もちろんつまらない生徒会室にも……」
「色々とクソやべぇっすね……。会長、金の守護者に二回勝つとか絶対に無理ですって。しかもなんかすげぇ真剣に選んでるじゃないっすか。アレ完全に会長のことぼこぼこにする気っすよ」
「――分かってないな。これはただ可愛い服を選ぶ戦いじゃない。私の可愛いクマちゃんをどのくらい愛しているか、それを測る戦いなんだよ。そう、つまりお菓子の数は関係ないんだ」
「いや普通に関係あるんできちんと計算して買ってくださいよ。それとそれとそれ全部予算オーバーなんで。……よく見たら何で高いのばっか選んでるんですか。ほらやり直しっすよやり直し」
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