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第7話
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団長の部屋はまるで忌むべきものを封印しているかのような、母艦の最上階最奥の細い廊下を歩いた先にあり、そこから禍々しい、例えるなら我を忘れて狩りに興じる猛る野獣のような瘴気が、蝶番の隙間から滲み出るのが僕には見て取れた。
部屋の場所が悪いのもあるだろうが、団長は己の覇気がはち切れ、溢れて漏れるのを隠す気が全く無いというのが僕にはよく分かる。それとも僕の杞憂かな?
そしてその恐ろしい扉の左右正面の壁には打って変わってちょっとお洒落な外装の、ニスが塗られて茶色く光沢を放つ木製の真新しいドアがあった。
片方に3つずつ、合わせて6つの部屋が広い間隔を開けて団長室を護衛のように、これまたやはりどこか恐々とした威圧感を携えて取り囲んでいた。
それは僕が子どもの頃、提出するプリントを出すのが遅れる度に入ったあの冷たい目の教師がばかりが揃った嫌な職員室に似ていた。
多分、八方どう手を尽くしてもこの威圧感は見る人の意識を改革しない限りは消えないだろう。
「お疲れ様です」
「ご苦労」
だが、このようにその5つのドアの前には腰に警棒を携帯し、立派な散弾銃を構えた衛兵が常に2人駐在しているので、これらは護衛というわけではない。
僕は敬礼する衛兵に対して立ち止まり、同じ敬礼を返すとすたすた通り過ぎていった。
左右の6つのドアは僕を含めて4人の幹部達の部屋なのだ。ヒラの隊員の部屋は安ホテルのように下の階にまとめてずらっと並んでいる。
この階のようにクリーム色のカーペットも敷かれておらず、燭台に似せた華美な明かりも設置されていない。灰色の冷たい鉄板の床とステンレスのドアを、幾つかは不安げに点滅している蛍光灯が、緑がかった怪しい光で薄暗く照らしているのだ。
あそこを夜中に歩くと、背後から幽霊が音も無く追いかけてくるような気がするので、頻繁に振り向かずにはいられない。
僕は歩きながら、その時のことを思い出して肩が震えた。上の人だけが良い思いをするというのは、正直僕は反対なんだ。古来それが火種となって起きた一揆は数知れないからだ。
人間は生まれた時から出生で平等不平等がある。だったらみんな、生まれた後に平等になってしまえばいい。例えば全員が農民や漁師になって自給自足するとかさ。
すると。
「兄貴」
狭い廊下からは死角になっていた壁の向こう側に、僕の兄貴が寄りかかって雑誌を読んでいた。
「......」
僕の問いかけが耳に入らないほど食い入るように熱心に、兄貴は薄っぺらい雑誌を読み込んでいた。とてつもなく真剣な目つきだった。エメラルドの原石を研磨する職人すら上回る集中力だ。
兄貴が何を読んでいるのか興味が湧いてきた僕は、気配を一層薄くしてこっそりと横合いから兄貴の読む雑誌を覗き込んでみた。
「めっちゃエロいの読んでますやん」
兄貴はぼんやりして顔を上げた。
「ん? アリーフか、見ろよこれグレーラインな風俗店のパンフレットなんだがな。この褐色の女の子が売女にしとくには勿体ないくらい可愛いんだよ」
兄貴は恥ずかしげも無くというより、僕になら自分が淫らな雑誌を読んでいることがバレても平気だと思っているので、むしろ嬉々としてそれの1ページを僕に見せてきた。
「へぇ、だいたいみんなサバ読んでる風俗の女に比べてこの子は本当に若そうだね、僕と同い年くらい?」
それはほぼ裸といってもいいくらいに薄っぺらくて透けた紅色のネグリジェを来た褐色肌の華奢なポニーテールの女の子が、やや気恥ずかしそうにM型に股を開いていた。
かなり露出度が高い上に、ネグリジェのサイズも少し大きかったので、紐パンや胸の谷間から色々と女性のシークレットゾーンの陰影が見えたので、僕は思わず生唾を飲み込んだ。
「どう? 今度一緒にやりにいかない? そんな食い入るように見やがって。なんなら可愛い弟に譲ってやるぜ?」
僕は突き付けられた雑誌を手で叩いて兄貴に突き返した。
「パス、兄貴だけで行って来なよ。僕は初めては相思相愛の人とがいいの。そういうところに行くのはそれが済んでから」
兄貴はそのカストリ雑誌を閉じると、尻を叩いて起き上がった。そしてクリーム色のスラックスのポケットから、押し潰された煙草の箱を取り出して一本口に咥えた。
「ん」
僕も軍服の胸ポケットからライターを取り出し、それに着火した。兄貴の方が年齢以外にもここでは立場が上なので、これは目上の人間に対する礼儀だ。おじぎと一緒。
「ありがとよ」
兄貴は僕の頭をポンポンと叩くと、雑誌を素っ気なく足元のゴミ箱に捨てた。
「その子の豆いじりに行くんでしょ? 店の住所とかは覚えてるのか?」
「大丈夫だ。ちゃんと源氏名も住所もスリーサイズも全て覚えたし忘れないさ。明日にでも行ってくるさ。てか豆いじりって言い方止めろや、生々しい」
アンドレイ・ジェスタフ、28歳。軍人時代においての階級は二等中尉で、8歳年上の僕の兄貴だ。名字が違うのはまぁ正しくは従兄弟だからだけど、それはタブーだ。僕らは本当に兄弟なんだ。
アルミホイルみたいな (本人は純銀と言えと言う) ピカピカの銀髪を後ろで纏め、すらりとしてるがそれでいて逞しい引き締まったドーベルマンのような体格で、僕とは正反対な男寄りに中性的な容姿が、色白の肌ととび色の瞳にとってもよく似合っている。
兄貴は糊の効いた純白のカッターシャツのその下に、藍色を基調に紅白の斑点が無数に縫われている洒落たネクタイを締め、その上にスーツベストみたいに灰色の防弾チョッキを着ていた。
「それ、危ないからやめた方がいいよ」
兄貴が腰のシャツとズボンの間に直接リボルバーをねじ込んでいたのを咎めると、兄貴は口をすぼめてくすりと笑った。
僕もにやっと笑った。
「安心しろ、弾は入れてないし、ちゃんとした場ではバックサイド・ホルスターも使う」
兄貴はカッターシャツの胸ポケットから弾丸を取り出した。
兄貴は僕と違ってすごく社交的な反面極めて病的な女好きの性格で、特に言い方悪いけどパンパンが今現在のマイブームのようだった。
兄貴は軍務の傍ら一度休学はしたものの国立の名門大学を卒業したインテリで、その当時ディベートサークルに入っていたからか、とても人を引き込む魔術的な話術を心得ていた。
兄貴が飯を奢ってくれるので、何回か兄貴のナンパについて行ったことがあるけど、兄貴は僕に自分が保管している教養や雑学を軸に、虚飾に満ちた甘い言葉を弄することで相手に自分が高学歴ということを嫌味と感じさせず、むしろ飾り気の無い実直な男と洗脳させる手管を僕に披露してくださった。
そして、僕に試食と言わんばかりに甘ったるい香水をつけた女子大生をくれた。相手は僕のことをいたく気に入ったらしいけど、上記の理由があるので雑談だけで丁重に断った。当時の僕は18歳だったから、年上に尻込みしてしまったのもある。
ま、兄貴の優男ぶった演技は部屋に入るまでだけどな。その点からしたらその女子大生はずっと幸せ者だった。
「お前ほどの容姿を持つ男なら、惚れ込む女は星の数すら上回るだろうに、ふん、中身を知ったらみんな逃げてくだろう。俺みたいに気の向くままにやるのが一番なのさ」
兄貴は首を鳴らしながら口から煙を吐き出すと、僕が放り投げた携帯灰皿に吸い殻を押し付けてゴミ箱に捨てた。
「生憎、僕だって相思相愛になれそうな女の子のツテはあるんだよ」
「本当か? ならば兄上様である俺に紹介して然るべきだな。時期が来たら会わせろや」
兄貴が興味深そうに僕に顔を近づけた。端正な顔だ。兄貴は実は軍人でありながら、戦場に出た経験は片手で数えられるくらいしかない。
何故なら兄貴の家は名だたる軍人の名家で、更には軍に多額の出資をしているので、その理由から他の兵士より恐ろしく優遇されていた上に、やや納得いかないけど高学歴という名目で主に指揮系統を任された兵士だったから内勤が殆どだった。
現場の兵士からしたら実績では無く学歴で選ばれたコマンダンテなどたまったもんじゃない。指揮官の方はあれだったらしいけど。
それでも有能なことには違いない。兄貴がもっとも軍に貢献したのは武勲ではなく、軍を潤した集金力や、軍をより強大な組織に変えた集客力ならぬ集兵力。
つまり数字でのし上がった珍しいタイプの軍人だった。
それでも決して弱いわけでは無く、実戦を再現した模擬戦に参加した際には退役した古参兵すら舌を巻く腕を見せつけた。
僕はそんな天才肌の兄貴を最初は軍事境界線に左遷されてしまえと妬んでいたが、やがて僕は兄貴の欠点と僕が兄貴より優っているところを見つけたから、今は尊敬もしているし妬んでもいない。
人付き合いって、自分より劣るところを見つけてから始まると僕は思う。
「寝取ろうなんて考えない方がいいよ。僕がそういうの、するのもされるのも大嫌いなの知ってるでしょ?」
兄貴はまた笑った。確かに女の子ならばこの笑顔だけで簡単に手に入れられるであろう。万金の価値すらあるプレミアム・ゴージャスな笑顔だ。
だから僕も笑顔を返した。これもきっと広大無辺の価値を持つ笑顔に違いない。
「分かった分かった。俺も不死身のヤツに勝てる気しないしな。お前は虎狼の心とピュアな心が同棲してる変わり者だからね」
兄貴は僕の肩を叩いた。
「よし、じゃあその鹵獲した軍服をさっさと脱いでこい。お前は沈んでいる時、不安な時は必ず下唇の端をちょびっとだけ噛む癖があるからな。弟の失敗の尻拭いをするのは兄貴の華だ。団長にお前を叱らないでやれと諫言してやる。俺がただ見せびらかす為にエロ本なんか読むかよ」
「兄貴......」
兄貴は昔から僕には優しかった。兄貴と僕は互いの母親から会うことを禁じられていたけど、それでもずっと本当の兄弟のように過ごしてきた。
だから兄貴に初めて嫉妬を覚えた時、僕は同時に自己嫌悪すら覚えたほどだった。数少ない僕の優しい身内だから。
兄貴が両腕を開く。
「あれ、昔は俺が助け船を出してやった時はよくおにぃ大好きーって言ってくれたじゃんか。今でもウェルカムなんだぞ。いつからだ? お前が俺のことをヤクザみたいに兄貴と呼ぶようになったのは」
「おにぃ。僕はもうハタチだよ。酒を飲めるし煙草も吸うし、やらないけどギャンブルだってやれる歳なんだよ。そんな腑抜けた呼び名を使う歳じゃないんだ。愛犬じゃあるまいし」
兄貴は肩をすくめる。
「寂しいな。俺がいたからお前は下士官最高位である曹長になれたというのに、まぁいい。早く着替えてこい。その服は加齢臭が染み込んでてイライラする、さっさと石油かけて燃やしちまえ」
「分かったよ」
僕は足早に部屋に戻ると、顔を洗って兄貴と同じ白いカッターシャツと脚の形がくっきりと分かるブルー・ジーンズに1分で着替え終わり、その足で団長室のドアを叩いた。
「アリーフです。ただ今戻りました」
「おう......」
中からかすれた低い声が小さく返ってきたので、僕は唾を飲み込み、ドアノブを掴んで前に押した。
部屋の場所が悪いのもあるだろうが、団長は己の覇気がはち切れ、溢れて漏れるのを隠す気が全く無いというのが僕にはよく分かる。それとも僕の杞憂かな?
そしてその恐ろしい扉の左右正面の壁には打って変わってちょっとお洒落な外装の、ニスが塗られて茶色く光沢を放つ木製の真新しいドアがあった。
片方に3つずつ、合わせて6つの部屋が広い間隔を開けて団長室を護衛のように、これまたやはりどこか恐々とした威圧感を携えて取り囲んでいた。
それは僕が子どもの頃、提出するプリントを出すのが遅れる度に入ったあの冷たい目の教師がばかりが揃った嫌な職員室に似ていた。
多分、八方どう手を尽くしてもこの威圧感は見る人の意識を改革しない限りは消えないだろう。
「お疲れ様です」
「ご苦労」
だが、このようにその5つのドアの前には腰に警棒を携帯し、立派な散弾銃を構えた衛兵が常に2人駐在しているので、これらは護衛というわけではない。
僕は敬礼する衛兵に対して立ち止まり、同じ敬礼を返すとすたすた通り過ぎていった。
左右の6つのドアは僕を含めて4人の幹部達の部屋なのだ。ヒラの隊員の部屋は安ホテルのように下の階にまとめてずらっと並んでいる。
この階のようにクリーム色のカーペットも敷かれておらず、燭台に似せた華美な明かりも設置されていない。灰色の冷たい鉄板の床とステンレスのドアを、幾つかは不安げに点滅している蛍光灯が、緑がかった怪しい光で薄暗く照らしているのだ。
あそこを夜中に歩くと、背後から幽霊が音も無く追いかけてくるような気がするので、頻繁に振り向かずにはいられない。
僕は歩きながら、その時のことを思い出して肩が震えた。上の人だけが良い思いをするというのは、正直僕は反対なんだ。古来それが火種となって起きた一揆は数知れないからだ。
人間は生まれた時から出生で平等不平等がある。だったらみんな、生まれた後に平等になってしまえばいい。例えば全員が農民や漁師になって自給自足するとかさ。
すると。
「兄貴」
狭い廊下からは死角になっていた壁の向こう側に、僕の兄貴が寄りかかって雑誌を読んでいた。
「......」
僕の問いかけが耳に入らないほど食い入るように熱心に、兄貴は薄っぺらい雑誌を読み込んでいた。とてつもなく真剣な目つきだった。エメラルドの原石を研磨する職人すら上回る集中力だ。
兄貴が何を読んでいるのか興味が湧いてきた僕は、気配を一層薄くしてこっそりと横合いから兄貴の読む雑誌を覗き込んでみた。
「めっちゃエロいの読んでますやん」
兄貴はぼんやりして顔を上げた。
「ん? アリーフか、見ろよこれグレーラインな風俗店のパンフレットなんだがな。この褐色の女の子が売女にしとくには勿体ないくらい可愛いんだよ」
兄貴は恥ずかしげも無くというより、僕になら自分が淫らな雑誌を読んでいることがバレても平気だと思っているので、むしろ嬉々としてそれの1ページを僕に見せてきた。
「へぇ、だいたいみんなサバ読んでる風俗の女に比べてこの子は本当に若そうだね、僕と同い年くらい?」
それはほぼ裸といってもいいくらいに薄っぺらくて透けた紅色のネグリジェを来た褐色肌の華奢なポニーテールの女の子が、やや気恥ずかしそうにM型に股を開いていた。
かなり露出度が高い上に、ネグリジェのサイズも少し大きかったので、紐パンや胸の谷間から色々と女性のシークレットゾーンの陰影が見えたので、僕は思わず生唾を飲み込んだ。
「どう? 今度一緒にやりにいかない? そんな食い入るように見やがって。なんなら可愛い弟に譲ってやるぜ?」
僕は突き付けられた雑誌を手で叩いて兄貴に突き返した。
「パス、兄貴だけで行って来なよ。僕は初めては相思相愛の人とがいいの。そういうところに行くのはそれが済んでから」
兄貴はそのカストリ雑誌を閉じると、尻を叩いて起き上がった。そしてクリーム色のスラックスのポケットから、押し潰された煙草の箱を取り出して一本口に咥えた。
「ん」
僕も軍服の胸ポケットからライターを取り出し、それに着火した。兄貴の方が年齢以外にもここでは立場が上なので、これは目上の人間に対する礼儀だ。おじぎと一緒。
「ありがとよ」
兄貴は僕の頭をポンポンと叩くと、雑誌を素っ気なく足元のゴミ箱に捨てた。
「その子の豆いじりに行くんでしょ? 店の住所とかは覚えてるのか?」
「大丈夫だ。ちゃんと源氏名も住所もスリーサイズも全て覚えたし忘れないさ。明日にでも行ってくるさ。てか豆いじりって言い方止めろや、生々しい」
アンドレイ・ジェスタフ、28歳。軍人時代においての階級は二等中尉で、8歳年上の僕の兄貴だ。名字が違うのはまぁ正しくは従兄弟だからだけど、それはタブーだ。僕らは本当に兄弟なんだ。
アルミホイルみたいな (本人は純銀と言えと言う) ピカピカの銀髪を後ろで纏め、すらりとしてるがそれでいて逞しい引き締まったドーベルマンのような体格で、僕とは正反対な男寄りに中性的な容姿が、色白の肌ととび色の瞳にとってもよく似合っている。
兄貴は糊の効いた純白のカッターシャツのその下に、藍色を基調に紅白の斑点が無数に縫われている洒落たネクタイを締め、その上にスーツベストみたいに灰色の防弾チョッキを着ていた。
「それ、危ないからやめた方がいいよ」
兄貴が腰のシャツとズボンの間に直接リボルバーをねじ込んでいたのを咎めると、兄貴は口をすぼめてくすりと笑った。
僕もにやっと笑った。
「安心しろ、弾は入れてないし、ちゃんとした場ではバックサイド・ホルスターも使う」
兄貴はカッターシャツの胸ポケットから弾丸を取り出した。
兄貴は僕と違ってすごく社交的な反面極めて病的な女好きの性格で、特に言い方悪いけどパンパンが今現在のマイブームのようだった。
兄貴は軍務の傍ら一度休学はしたものの国立の名門大学を卒業したインテリで、その当時ディベートサークルに入っていたからか、とても人を引き込む魔術的な話術を心得ていた。
兄貴が飯を奢ってくれるので、何回か兄貴のナンパについて行ったことがあるけど、兄貴は僕に自分が保管している教養や雑学を軸に、虚飾に満ちた甘い言葉を弄することで相手に自分が高学歴ということを嫌味と感じさせず、むしろ飾り気の無い実直な男と洗脳させる手管を僕に披露してくださった。
そして、僕に試食と言わんばかりに甘ったるい香水をつけた女子大生をくれた。相手は僕のことをいたく気に入ったらしいけど、上記の理由があるので雑談だけで丁重に断った。当時の僕は18歳だったから、年上に尻込みしてしまったのもある。
ま、兄貴の優男ぶった演技は部屋に入るまでだけどな。その点からしたらその女子大生はずっと幸せ者だった。
「お前ほどの容姿を持つ男なら、惚れ込む女は星の数すら上回るだろうに、ふん、中身を知ったらみんな逃げてくだろう。俺みたいに気の向くままにやるのが一番なのさ」
兄貴は首を鳴らしながら口から煙を吐き出すと、僕が放り投げた携帯灰皿に吸い殻を押し付けてゴミ箱に捨てた。
「生憎、僕だって相思相愛になれそうな女の子のツテはあるんだよ」
「本当か? ならば兄上様である俺に紹介して然るべきだな。時期が来たら会わせろや」
兄貴が興味深そうに僕に顔を近づけた。端正な顔だ。兄貴は実は軍人でありながら、戦場に出た経験は片手で数えられるくらいしかない。
何故なら兄貴の家は名だたる軍人の名家で、更には軍に多額の出資をしているので、その理由から他の兵士より恐ろしく優遇されていた上に、やや納得いかないけど高学歴という名目で主に指揮系統を任された兵士だったから内勤が殆どだった。
現場の兵士からしたら実績では無く学歴で選ばれたコマンダンテなどたまったもんじゃない。指揮官の方はあれだったらしいけど。
それでも有能なことには違いない。兄貴がもっとも軍に貢献したのは武勲ではなく、軍を潤した集金力や、軍をより強大な組織に変えた集客力ならぬ集兵力。
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それでも決して弱いわけでは無く、実戦を再現した模擬戦に参加した際には退役した古参兵すら舌を巻く腕を見せつけた。
僕はそんな天才肌の兄貴を最初は軍事境界線に左遷されてしまえと妬んでいたが、やがて僕は兄貴の欠点と僕が兄貴より優っているところを見つけたから、今は尊敬もしているし妬んでもいない。
人付き合いって、自分より劣るところを見つけてから始まると僕は思う。
「寝取ろうなんて考えない方がいいよ。僕がそういうの、するのもされるのも大嫌いなの知ってるでしょ?」
兄貴はまた笑った。確かに女の子ならばこの笑顔だけで簡単に手に入れられるであろう。万金の価値すらあるプレミアム・ゴージャスな笑顔だ。
だから僕も笑顔を返した。これもきっと広大無辺の価値を持つ笑顔に違いない。
「分かった分かった。俺も不死身のヤツに勝てる気しないしな。お前は虎狼の心とピュアな心が同棲してる変わり者だからね」
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「兄貴......」
兄貴は昔から僕には優しかった。兄貴と僕は互いの母親から会うことを禁じられていたけど、それでもずっと本当の兄弟のように過ごしてきた。
だから兄貴に初めて嫉妬を覚えた時、僕は同時に自己嫌悪すら覚えたほどだった。数少ない僕の優しい身内だから。
兄貴が両腕を開く。
「あれ、昔は俺が助け船を出してやった時はよくおにぃ大好きーって言ってくれたじゃんか。今でもウェルカムなんだぞ。いつからだ? お前が俺のことをヤクザみたいに兄貴と呼ぶようになったのは」
「おにぃ。僕はもうハタチだよ。酒を飲めるし煙草も吸うし、やらないけどギャンブルだってやれる歳なんだよ。そんな腑抜けた呼び名を使う歳じゃないんだ。愛犬じゃあるまいし」
兄貴は肩をすくめる。
「寂しいな。俺がいたからお前は下士官最高位である曹長になれたというのに、まぁいい。早く着替えてこい。その服は加齢臭が染み込んでてイライラする、さっさと石油かけて燃やしちまえ」
「分かったよ」
僕は足早に部屋に戻ると、顔を洗って兄貴と同じ白いカッターシャツと脚の形がくっきりと分かるブルー・ジーンズに1分で着替え終わり、その足で団長室のドアを叩いた。
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