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とある森にて

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「うわぁああああ!!」

 森の中、悲鳴が木霊する。
 みすぼらしくも、いかつい風体の男たちが、ひぃひぃと逃げる。
 男たちの後ろから、ブォン、とか、ゴリィとか、普段なら聞くこともない音が追ってくる。後ろで何が起きているのか、追いつかれるとどうなるのか。恐ろしくて確認することなど、できようはずもない。


「ははははは!!」

 まるで悪魔のような笑いが森に響く。

 自分たちはどこで間違ったのか。
 いつものように、そう、いつものように、森に訪れた奴らを脅してちょっと金をいただこうと思っていただけなのに。

 少しの悪さじゃないか?
 
 それがどうしてこうなる?

 つまづきは最初からだった。
 
 まず、脅した仲間が突然、地面に倒れた。何かしやがったと剣を抜いたときにはもう遅かった。

 立ち込める煙幕、悲鳴、魔法の光……。

 たまらず逃げ出す。

 横にいる奴らが突然混乱したように暴れだし、頭上からは狼が襲い掛かかり、後ろからは何かに追われる。なんだ、これは?

――俺達は何に手を出した? 俺は……。

 くんっと、足が引っ張られて、男は地面に無様に転がされる。
 自分の足に糸が結び付けられてるのを慌てて確認し、ナイフで外そうとするが、その時になってから、自分の手がなくなっている事に気づいた。
 痛みもなく、出血もなく、ただぽっかりと、無い。
 呆然と自分の無くなった腕、その切断部を見る。今気づいたかのように、血が勢い良く吹き出した。

 痛みも忘れて、呆然としながら顔をあげる。

 そこには、鬱蒼とした森には似合わない風体の少女が立っている。
 
 顔は純白のベールで隠し、口元しか見ることができない。
 薄い唇が、笑みを形作る。
 ローブにはかわいらしくフリルがあしらわれ、大胆に側部にスリットが入って、そこからスラリと生足が覗く。
 少女の体を、目に見えるほど濃い魔力が包んでいく。
 これからその魔力が自分で向けられるであろう。

 男にはそれが理解できた。

 が、動けない。

 動かないと殺される。せめて一矢を。そういう思いが、尽く、くじかれる。
 見えているのに、見えていない。
 

 それに混乱している間に、いよいよ持って、魔力が形を成し――。



『えっぐ』
『鬼』
『鬼畜ですよこれは』

「言いたい放題だね?」

 山賊の男にとどめを刺したボク、ルイは、頭上に浮いている赤い球体、配信放送用カメラを睨んでやる。
 視界に流れるコメントが加速する。
 やれやれである。

「意識阻害系装備は、目の前に対象しかいないようだと混乱するみたいだね」

 ボクは、ベールを掴んでひらひらさせる。

『山賊相手に過剰装備すぎるのでは』
『完全にホラーのそれだった』
『やっぱり鬼畜なのでは』
『どうしてお散歩配信が猟奇殺人配信になるんですかねぇ』

 それはボクが聞きたいね?
 そもそも、ボクは始終のんびり歩いてただけで、余計に彼らを追い立てたのは仲間たちである。
 ボクは、せめて痛くないように一思いに、一瞬で逝けるように過剰魔力でもって魔法を一撃打っただけである。ボクが鬼畜なわけではない。

『端的に言ってかわいそう』
『見逃してやるという選択肢は?』

「いやまあ、襲われそうだったし、そこは全力で反抗するべきなのでは?」

『取る手段が尽くやばいのは言い訳にならないぞ』
『次は湖とかで水着配信とか頼む』
『わかりみ』
『それな』
『はよ』

 ぐだぐだとコメントが流れ始め、やれ誰の水着が良いとの流れになり、ドサクサに紛れてボクの水着もリクエストされる。

「わかってると思うけれど、ボク一応、男だからね」

 まあ、こんな格好してて言える話ではないが、と、自分の服装を見る。
 服装だけならまだしも、顔の大半を隠して、ウィッグまでつけてたら、もう女装を通り越して、変装と言ってもいいレベルだ。自覚はある。
 が、まあ、仲間が押し付けてくるのでボクとしては他の選択肢もない。

『説得力皆無』
『メスの顔しやがって』
『おじさんと良いことしようねぇ』

「コメント、アカウント見えてますからねぇ?」

『『『ヒェ』』』

 森から姿を現した人物の声に、コメントがざわつく。

 ボクは苦笑いしながら、仲間たちに振り返る。

 VRMMOゲーム、スカイリア。五感を投影し、まるで本物の異世界にいるような感覚を味わえるこの中で。

 ボクたちは今、生きている。
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