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PvPとしょんぼり

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「とう!!」
「飛んだ!?」
「筋肉だ!」
「筋肉さんだ!」
「「「筋肉さんが飛んだ!!!」」」

 ギャラリーは騒然とする。
 辺りから漏れる「筋肉」コール。
 オーディエンスは総立ちだ。

 布袋筋肉はボクたちのちょうど後ろに音もなく着地した。
 どういうスキル構成してるんだこの筋肉。

「こいつは俺のものだ。誰にもやらん」

 かっこよく宣言してボクとシオンの肩に手を置く。

 場所が場所なら黄色い悲鳴でもあがりそうだが、残念ながら、誰もこの超展開についてこれていない。
 考えても見よう。
 上空から突然、顔を布袋で隠した筋肉が音もなく後ろに降り立ち、歯の浮くセリフを吐いて肩に手を置いてくるのだ。

 これで頬を染めたり目をハートマークにする奴がいるのだろうか?

 シオンは不愉快に顔をしかめて手をはたき落とした。

 徹底的に締まらない。

「なんで布袋なんて、しているんだい?」
「ライズの奴からコールがあって、お前らが騒ぎになってるから、できるだけ変装して助けてやれと」

 ボクはマジマジと奴を見る。
 ゲーム開始時から変わらぬ初期服、うなる筋肉。そして布袋を被った顔。
 
 怪しさしかない。

 そしてライズさんの、どうにか穏便に済ませよう、という心遣いを右ストレートで粉砕する所業。
 ごめんねライズさん。こういうやつなんだ。

「脱いで」
 
 しぶしぶとモミジが布袋を取った。
 こいつ絶対、内心カッコイイとか思ってた。
 
「死ねばいいのに」

 吐き捨てるようにシオンが言う。
 怨嗟渦巻くとはこの事だ。
 別に変態に近寄られて、知り合いと思われるのが嫌だとか、そういう一般的な羞恥心をシオンが持っているわけではない。
 単純にモミジに触れるのが嫌悪レベルで嫌なのだ。
 普段だと鳴りを潜めているが、不機嫌な今はその感情を隠そうともしない。

 モミジはモミジで、呪詛を吐かれてむしろ嬉しそうに、獰猛に笑う。
 こちらも別に変な趣味を持っているわけではない。
 敵意を向けられると喜ぶのだ。あれ? 変態かな?
 ともあれ、もう少し仲良くしてほしいな、とボクなんかは思う。

「な、なんなのよあんた! 変態!!」

 おっと忘れてた。
 彼女たちは再起動したようで、モミジの登場に若干引きつつも突っかかってくる。
 変態で筋肉でも、彼を含めてボクたちは何も装備していない。

 ゲーム的には裸同然。
 対してあちらは装備も整っている。
 最初の街とはいえ、彼らはいかにも強そうって感じの装備で固めている。
 のんびりしていたボクたちとは違い、効率よくスキルレベルを上げて来たんだろうな、というのがうかがえる。

「いきなり出てきて何かと思ったら、アバターが強そうなだけで初心者丸出しじゃん! 引っ込んでなよ!!」
「こっちは楽しくキャンプしようって誘っただけじゃん!」

 ぎゃいぎゃいヒートアップする女の子たちに、お兄ちゃんも、まぁまぁと宥めようとする。
 が、もう止まらない。
 もはや子供の喧嘩だ。
 モミジは笑みを深くしてその牙をむき出しに、シオンはもう完全に無表情で刺すようにして、彼女たちを見ている。

「俺達が強ければ良いんだな?」

 モミジが鼻歌交じりにウィンドウを操作し、対戦申請を叩きつける。
 ボクはそれを呆れた顔で見つつ、ナビちゃんさんを呼び出した。

「こんばんは。今回はなんでしょうか」
「こんばんは。街中で決闘して良いんでしょうか?」
「構いません。ただ、街中での戦闘は、多数に見られる事がままあります」

 まあ、問題ないなら良いか。
 ボクたちはもう十分目立ってるわけだし、ちょこちょこ動画を撮られたりもしているらしい。
 らしいっていうのは、いちいち許可を出すのが面倒くさいので、もう勝手にしていいよって話をつけているのだ。

 ナビちゃんさんにお礼を言って、相談を切り上げる。

 周りを見れば、今も、小さな赤い球体を出している人がいる。
 あれはライブ中継で、リアルタイムでゲーム内に動画を流しているらしい。
 リアルとゲームでは流れる時間に差があるので、ゲーム内の映像をリアルタイムでリアルの方に流すことは無理みたいだね。

 というか、あれライズさんじゃん。
 苦笑いで手をふってくれるので手を振り返す。
 ごめんねライズさん。あなたのアドバイスは無駄になったよ。

「パーティー全滅が勝敗条件、賭けは無し。ハンデ無し。さあ、存分に腕を振るうが良い」

 まるで、さも自分が主導権を握るように手を広げて挑発してみせる。
 パーティーリーダーボクなんだけどね?

「やってやろうじゃん!! あんたたち気に食わないのよ!」
「速攻で勝って土下座させてやる」

 早く承認して! と迫られて、仕方なくお兄さんは決闘承認を押す。女は強しだね。
 だんだん不憫に思えてきたよ。
 かわいい女の子と遊びたかっただけなのにね。
 まあ、相手がわるかったよ。

 僕たちの周りに半透明の赤い膜状の物がはられる。

――部外者はエリア外に退出してください。

 アナウンスが流れて、慌てて中に入っていた人たち出ていって、膜の色が青になった。
 
 準備が終わったのか、カウントがスタートする。
 これが対戦か。
 戦闘は4対3、実際のところ、ボクたちは結構不利だろう。
 ボクとシオンは多分、一般的な魔法職に比べて戦力がまだ低い。
 
 装備もゼロだ。

 ここは、ボクたちがどれだけ動けるのか、テストだと思うことにしよう。
 モミジがどれだけ引っ掻き回すかにかかってる。

 相手が魔法を唱え始め、お兄さんに何かかける。
 強化魔法とかだろうか。
 味方への支援魔法とかは今の時点で可能なのか。

 勉強になる。

 相手はパット見、後衛アタッカー、後方支援、近接アタッカー、ディフェンダーって感じだ。

「カイトくん!【ストリングスアップ】!【ディフェンスアップ】!【アジリティアップ】!」
「【ガードスタンス】!」

 ふむふむ、音声操作でそれぞれのアーツや支援魔法を宣言してくれているので、なんとなくどういう状態かわかる。

 ボクは【デバッグ】を脳内操作で詠唱、ウィンドウを呼び出す。ついで、パーティーリンク。
 指示機能を使ってシオンとモミジに指示を出す。
 二人は特に反応を返さない。
 
 はたから見ると、ボク一人がウィンドウで何か操作して、あとの二人は何もせず、無手で突っ立っているだけに見えるだろう。

 構えもせず、無表情にカウントだけを見ているように、だ。

 そして、カウントがゼロになる。

 向こうの近接職が走り出す。

 試しに、最近出来るようになった解析リンクを相手に飛ばす。
 ピュイっと糸が出てお兄さん――カイトさんへと当たり、弾かれる。
 ゴリっとMPが削れて不発。
 まあそうだよね。まだレベルも低いし。

「な、なんだ!?」

 ただ、動揺は誘える。
 何かされたかもしれないという不気味さを感じるだろう。
 それを確認してシオンが詠唱を開始。

 向こうのパーティーは、とりあえずカイトさんにゾッコンだとボクは読んだ。
 それは正解なようだ。

「カイト!?」
「大丈夫!?」

 一瞬意識がそれる。
 その瞬間にはもう、モミジが消えている。

「っ!?」

 さすが、戦闘慣れはしているみたいで、すぐに意識はこちらに向く。
 しかし、ボクたちはもう既に一人が欠けている状態だ。
 慌てて探すがモミジの姿は無い。

「ははぁ!!」

 空へと、足の筋力のみで跳躍していたモミジがカイトさんの前に降り立つ。
 その顔が驚愕に染まるのが見える。
 
 そしてモミジが口を大きく開けて、

 ――その顔面へと食らいついた。

「――ぁぁぁああああああ!?」

 スキル<悪食>、なんでも食える。
 それは人であっても変わらない。むしろ対人を想定したスキルであるとも言える。
 身内が食われる恐怖は、油断した心に横殴りの暴力として彼女たちに降りかかるだろう。

「か、カイト……?」

 突然叫びだしたカイトへ、後ろから同じ近接職の女の子が近寄る。
 
 見ていたはずなのに、理解できない。
 
 理解できないから、確かめようとする。

 その心の動きが、ボクには、手に取るようにわかる。

「お、俺の顔……俺の顔が……あががっはっ――いだい! いだいー!!」
「ひぃ!!」
「いやぁ!! カイト!! カイト!!」

 振り返ったカイトさんの削れた顔。
 ゲームだから直接的な描写は無いが、黒塗りされた顔面はそれだけで恐怖だろう。
 
 そこにあるものが、ない。

 ゲーム内でどれだけの時間、彼らが一緒に過ごしてきたのかはわからない。どれだけの夜を過ごしたのかも。
 ともあれ、名前を呼び合う仲の知り合いの顔が、見当たらない。

「むごむご……。はははは!! ほら、お前の好きな男の目だ」

 楽しそうに咀嚼していたモミジがブッと何かを吐き出す。
 近接職の女の子の前に転がるのは、肉の塊だ。「目」だとは思えないが、今の彼女たちにとっては、「目」だと言われれば、もう、そうとしか見えなくなる。

「―――」

 至近距離で転がった肉片を見てしまった近接職の女の子は、それを見た瞬間に気絶するように倒れ込み、そのまま白く発光して消えた。
 ショックが大きすぎて、強制的にログアウトとなったんだろう。
 南無南無。

「ひ、【ヒール】! うそ! 全然回復しない!! 【ヒール】!! 発動しない!! なんで!? なんでぇ!?」

 支援職の子は必死にカイトを回復しようとしているが、その回復量は微々たるもの。
 クールダウンの発動不能の【ヒール】を狂ったように詠唱し続ける。

 このゲームの魔法は集中力やイメージが大切だ。
 混乱した状態では、まともに魔法が効力を発揮するわけもない。
 イタズラにMPを消費するだけだ。

「痛い……いたいよう……いだいいぃぃ」
「ハハハ……ははははハァ!!!」

 もはやゾンビのように地を這うカイトさんに、高らかに笑うモミジ。

 最悪の絵面だな。

 うーん、ボクは空に飛んで、カイトさんに一発入れろって言っただけなんだけれどね?
 そこで躊躇なく口に入れるってのは、流石にやばいとボクは思うんですよ。いや、モミジなら確実にやるだろうなとも考えたけれども。
 ともあれ、<悪食>はこの状況で考えると非常に有用なスキルだと再認識した。
 痛覚制限を取っ払い、苦痛を与えつつ、をれを見た味方に[恐怖]の状態異常付与。

 ボクはもう一度相手にリンクを飛ばす。
 お、見れた見れた。しっかりと状態異常が付与されている。
 脳波がかなり乱れているね。
 混乱しているのが見て取れる。
 力量差が開いた相手にスキルを使えて、経験値がとても美味い。

「……」

 そこに、幽鬼のようにふらふらとシオンが近づく。
 完全に無表情で、いつもは細められている目が開いている。
 白髪の中で、碧く輝く瞳。
 まるで絵本から抜け出したお姫様のようだ。

 その手に握られるのは一本のナイフ。

 初期装備の短剣で、ダメージもほとんどなく、雀の涙といったところか。ウサギや虫には十分でも、対人戦で使えるものでもない。

 それを両手で持って、這うカイトさんへと振り下ろすかのように突き刺す。

「ギャっ!!」

 痛覚が通る今だと、例え初期武器とて、相当痛いだろう。
 それが何度も何度も振り下ろされる。

「ギャぁ!!」

 何度もだ。

「いだい! 助けて!」

 終わらない。
 いつまでも終わらない。

「ギャアぁ!!」

 今も必死に、泣きながら支援職の子がいたずらに【ヒール】を繰り返しているからだ。

「だずげで! メル! シズク!! マリーちゃん!!」

 それが彼女たちの名前なんだろう。
 メル、シズク、マリーちゃん。メル、シズク、マリーちゃん。
 何度も、何度も名前を呼びながら助けを呼ぶ。
 
 それは呪いのように彼女たちを縛る。

 今までゲームだと思っていた物が、シャレにならない「何か」に染め上げられる。

 やがて、カイトが光になって消える。

 HP全損だ。

 シオンは立ち上がり、その瞳を残った二人に向ける。

「「ひぃ!!」」

 思わず逃げようとしする女の子たち。

「あ、足が動かない!!」
「わたしも!!」

 涙でぐしゃぐしゃな二人は、今更自分たちが<傀儡術>で足を縛られていることに気づく。
 抵抗すればすぐに抜け出せる程度の拘束力しかないそれが、混乱と[恐怖]によって絶対の拘束力を発揮してしまっている。

「さっさと消えていれば」

 ゆらゆらと、シオンがナイフを握りながら彼女に近づいていく。

「ルイとデートだったのに……」

 教会まで手を繋いで歩くのがデートになるのだろうか。
 ボクはぼんやりとそんなことを考えてしまう。

「モミジも来るし……」

 呪詛に呪詛を重ねて、ゆっくりと歩いていく。

「死ね」

 するすると、その言葉が彼女たちに入っていく。

「死んじゃえ」

 そしてついに立ち止まり、短剣を掲げ――。

「ヒぁ…――こ、ここうさん!! 【降参】!!」

 その言葉と共に、エリアがバリンと崩れ去り、僕たちの魔法や装備は強制的に解除された。

 勝利!!と場違いなファンファーレとウィンドウが現れる。
 
 ボクはため息をつきながらそれを消す。

「お、俺の顔……ある……」

 自分の顔をペタペタと触りながら、呆然としているカイトさんへと、女の子たちがへっぴり腰で駆け寄り、引っ張るようにして逃げていく。

「ふうむ食い足りないな」

 なんて腹を擦るモミジを放っておいて、ボクはシオンに近づく。
 顔は見えない。白い、さらさらの髪が彼女の顔を隠してしまっている。
 きっとひどい顔をしてしまっているだろう。

「教会いく?」

 ふるふると顔を振る。

 うん、ボクも同じ気持ちだよ。

「宿屋に戻ろう」

 手を引くと、素直についてくる。
 こうならないように、普段から抑えてくれているのが彼女だ。
 彼女、というか、彼女たちは基本的に優しい・・・

「今日はちょっと失敗しちゃったね」

 キュッとシオンの手に力が入る。

「もう少し喋り方を気をつけたら、穏便にいったんじゃないかな」

 今回はシオンも悪かった。
 お互いに後に引けなかった。
 ボクはシオンたちの側で、彼女を止められなかった。
 カイトさんも彼女たちを制御できなかった。
 ちっちゃい子供の喧嘩が、とんでもない大事になることは世の常だ。

「次はもう少し頑張ってみよう?」
「――はい」

 シオンは素直な奴だ。
 言えば聞いてくれるし、反省もしてくれる。ただ、まだまだ融通が聞くまで時間はかかるだろう。
 それまで沢山のトラブルがあるだろう。
 その牽制も込めて、そっとしておいてくれと周りに周知する必要がある。

 そういう意味で、今回ライズさんがいてくれてよかったと思う。
 掲示板でどういう話題のされ方をしているかは、わからないけれど。この一週間、変な騒ぎやちょっかいはかけられてこなかった。
 今回の件でさらに周知されるだろう。

 単純な腕試しとか、興味があって話しかけてくるのは良い。
 変な下心を見せて近づいてこられると、シオンは簡単に暴走する。
 最悪な形でも、それが見せられて良かったと思おう。

 そうでないとやってられないよ。

「今日」
「ん?」

 さらにギュッと握られる。

「一緒に寝てください」
「いつも寝てるじゃん」

 えへへ、とシオンが寂しそうに笑った。

 ◆

 夜、日をまたいで外を歩き回り、もうそろそろ日の出だろうという頃に俺、モミジは宿屋に戻った。この時間に出入りするのは俺くらいで、宿の住人たちとはすっかり挨拶をする中だ。

「あらモミジさん。今日の狩りは成功かい?」
「ああ、ベアの肉だ。良い飯を頼む」
「はいはい。まったくこんなに毎日。狩り尽くすつもりかい?」

 困ったように笑う女将に肩をすくめるだけ答えて、自分たちの部屋にするりと入り込む。

「――さい」

 見ると、ベッドにはルイたちが寝ている。
 毎日飽きもせず3人仲良く眠っているのだ。ルイを中心に二人で挟む形だ。
 なんとも羨ましい。
 俺もルイを抱きかかえて寝てみたいが、わりと本気で嫌がるので我慢している。
 
 妥協案として、ウヅキの横当たりに入り込んでウヅキとルイをまとめて抱える形で寝ようとしたら、ウヅキに刺された。
 何故だろうか。
 シオン側は言わずもがなだ。

 解せぬな。

 一人で寝ろと? 寂しいじゃないか。
 俺は諦めないぞ。
 そのために、俺は日夜様々なスキルの技を磨いているのだ。

「ごめんなさい」

 小さくシオンが漏らす。
 いつから泣いているのか、頬を涙が伝う。

 寝ながら泣いて謝る。器用な奴だなと思う。

 そんなに泣きはらすなら、しなければ良いのに。
 まあ、彼女が何に対して謝っているのか。俺にはそもそも、そこが理解できないのだが。
 勝負に勝って落ち込むとは、まったくもって意味不明だ。
 気に入らない奴を殺すのは楽しくないか?
 せっかくやってきたこの世界。楽しまないと損だと思うが。

 ふうむ。

「ごめんなさい」

 なんとも面倒くさい奴だ。
 俺はため息一つ吐いて、インベントリから武器を一通り出す。
 それらを1つずつ磨く。
 手入れせずとも良いし、壊れないとは聞くが、まあ気持ちの問題だ。
 1つ1つ磨き、握り、なんとなく頷いて戻す。

 別に俺は武器に詳しいわけじゃない。自分なりの基準で、「良し」を出して、次へ。

「ごめんなさい」

 それが終わったら、食べ物を取り出す。
 スキルのレベル上げのために大量に集めた土、草、樹の実。

 もりもり食う。

 たまに普通にジュースなんぞも飲む。

「ごめんなさい」

 この体になって、物の味がよく分かる。
 俺はとても気に入ってる。
 まだ・・体は本調子じゃないが、時間の問題であろう。

「ごめんなさい」

 今日ははじめて人を食ってみた。
 ラビットよりは不味いな。ははは。
 ワームよりはマシかな? 他の奴の意見も聞いてみたい。

 あの戦いの後に見つけたライズに、「ここで待つから戦いたいやつは来いと皆に伝えよ」と言ってやったら、小さな祭りみたいになって楽しかった。
 勝ったり負けたりした。
 
 俺だって負ける。ふふん。
 俺は殊勝な男だ。自分の力量くらい、わかっているつもりだ。

 1対3は、まだまだ勝てそうにないな。はははは。
 やはり装備は整えないとだめだろうか?
 ルイは色々考えてくれているので、それを待つとしよう。

 <悪食>を封印されたのも痛かった。
 まあ封印してくれとお願いされたからな。
 俺は優しい男でもある。

 人の話はちゃんと聞きなさいと、ルイも言っていた。

 まあ、<悪食>無くても勝てないとダメなのだろう。うむ。

「ごめんなさい」

 いい加減、女々しいので、俺は立ち上がりシオンの涙を強引に拭い、体の位置を調整してルイを奴の胸元に押し付けてやる。

 普段は殺す勢いで睨んでくるくせに、すぐ折れる。
 俺には女はわからん。
 そういうのはルイに任せる。今までもそうやってきたし、これからもそうだ。
 ルイの言うことを聞いていればどうにかなる。

 いっそこの女を消そうかとも思うが、そうするとルイが悲しむと俺はしっている。
 だからしない。
 俺は配慮のできる男だ。

「るぃー、るいー」
「んぐぐ」

 許せルイよ。
 俺の平穏な食事ために。

 机に戻ろうとしたら、ウヅキが俺を見ているのに気づく。
 猫のような瞳が、俺を無感情に射抜いている。
 彼女の手には短剣が握られていた。
 明らかに初期装備のものじゃない、禍々しい「圧」を感じる黒い短剣だ。

「……」

 そのままウヅキは目を閉じ、ルイの背中に寄り添うようにモゾモゾと動き、スースーと寝息を立て始める。
 俺は肩をすくめて、今度こそ机に戻り、インベントリから食料を取り出し食事を再開した。

 さて、今日もまた今日が始まる。

 こんなに幸せなことはない。
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