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戦闘後

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「羽嶋。そんなに俺の授業が暇か?」
 野太い声が僕に降り注ぎ、笑い声もかすかに聞こえてくる。僕は意識を失った瞬間のことを思い出し、はっと顔を上げた。
「体調が悪いんなら保健室にでも行ってろ。」
 僕に声をかけてきていたのは、一限の授業の担当の先生。時計に目を移せば、一限が始まってから、15分ほどしかたっていない。
「すいません。保健室に行ってきます。」
 僕は先生の忠告に従って、教室を出るため立ち上がる。先生は特にそれ以上興味を示すことなく、授業を再開させた。
 体の痛みはほとんどなく、ただ疲労だけがずっしりと体にのしかかってきている。ステルス野郎はどうなったのだろうか?僕は、保健室へは直接向かわず、対峙した場所に歩を進める。まだ、あの戦いから、1時間もたっていないとは、到底思えない。ものすごく長い時間、僕は走って逃げていたような気がする。
 予想に反せず、ステルスを倒した場所に、人は倒れていない。あっ。スマホ。
 そこには僕のスマホがぽつねんと落ちていた。拾って、画面に傷がついてないか思わず確認し、きれいなことに安堵する。安心はできない。まだ、戦いは終わってないのかもしれない。僕はもう一度気を引き締める。
 ぶー。
 バイブ音。そして通知。
「戦闘。お疲れ様でした。」
 差出人は書かれていない者の、このタイミングから、時崎だろう。今頃になって連絡をよこしてきたことに文句の一つでも言ってやりたいが、頭に響いてきた、時崎のものであろう声に救われたのも事実であり、僕は渋い表情をするしかなかった。

「失礼します。」
 僕は保健室に入って、ベットを借り、一限目の授業を寝て過ごした。思い出されるのは、殴られた瞬間の記憶。痛みを伴う苦痛は、僕の脳裏に強く焼き付けられていた。二度とあんな痛い目に合わないためにも、相手が使ったような能力を行使する方法を知らなければいけない。そう、僕はまどろみの中でちかった。

 二限目からは授業を聞くために椅子に座っていた。内容が入ってくるはずもない。ただぼーっと。椅子に座っているだけだった。状況の整理は自分の中で折り合いはついたものの、これから取るべき行動が思い付かない。でも、こんなに物事を考えて次の行動に移そうと思ってことはかつてあっただろうか?言われるがままではなく、自分の意思で。何か見える世界が違ったような、そんな感覚に襲われる。それは良いことで、でも、今まで見えていたものが見えなくなることも意味しているように感じられる。何がいいのかわからない。信じれるものは自分の意思。それをひどく痛感させられる。外の風景は少しずつ夕方の顔を見せ、一日の終わりを知らせてくれる。あれから、スマホには一切の通知は来ない。僕はさみしくも、それが当たり前であることが、なぜか受け入れがたいもののように感じてしまっている。

「ただいま。」
 僕は玄関をくぐり、靴を脱ぐ。
「蒼空。話がある。」
 神妙な面持ちの両親に、僕は不安を抱えながら、リビングへと向かった。
「蒼空には一人暮らしをしてもらおうと思う。」
「えっ?」
 理解不能の言葉を僕は浴びせられた。
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