キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

さんごさん

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たまには遅刻してみるのもいい

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 襲い掛かられる事の多い彼は、別段不良というわけでもなかったけれど、周囲からは割合そういう認識を受ける事は多かった。

 彼はまだ十六歳だったから、法律に従ってタバコも吸わないし酒も飲まない。
 襲い掛かられたって正当防衛以上の暴行は加えないし、金や物を盗むという事をするわけでもなかった。

 彼は正義では無い。

 それを自覚しているくらいだったから、見ず知らずの人間を助けたり、年寄りだからといって手を貸す事も無い。

 電車に座ってて、目の前にお年寄りが立っていたとしても眠った振りをするほどだ。
 道端に捨てられている子犬を無視したり、空き缶が落ちていても拾う事は無い。

 けれどその程度の事では、不良とは言えないだろう。
 人間生きていれば、誰しも意識的にも無意識的にもやっている事に過ぎない。

 それでも彼は不良というレッテルを貼られていた。
 というか、番長のような位置付けにされていた。

 本人は、望んでもいないのに。

 彼がそんな位置付けになってしまったのは、たまたま人を助けたからである。
 彼が人を助けるなんて珍しい事だけれど、助けた人物というのは彼の友人だった。

 元々彼には友達が少ない。

 そんな少ない友達の中でも密に接している友人が不良に締め上げられていたら、さすがの彼でも助けに入った。
 そして、その時友人を締め上げていたのが、本物の番長だったというわけだ。

 ちなみにその友人というのが僕だったのだけれど、この件以来、襲われる事の多くなった彼とは距離を置こうかとも思っている。

 けれど、やはり彼にちょっかいを出すのが楽しくて、いまだに僕は、彼の友人という位置付けから出られていない。困った事だ。

 ちなみに僕が番長に締め上げられていた時の事を少し明かす。
 その日の僕は、学校に遅刻していた。

 その現場に居合わせた彼も、同じように遅刻していたのだと思う。凄い偶然だ。

 早起きは三文の得と言うけれど、遅くなってしまった僕は、ゆっくりと歩いて登校していた。
 どちらにしろ遅刻しているのだから、焦っても無駄というものだ。息を切らせるのは教室の前からで充分だ。

 そして、早起きは三文の得という諺の類似語のようなものを、僕は思い付く。

 遅起きは三万の得、だ。

 ゆっくりと歩いていたのが幸いしたのだろう。僕は自分の足元に財布が落ちているのを発見した。
 それを拾って開けてみると、中には三万円が入っていたのだ。

 正確に言えば三万千七十七円なのだけれど、まあ、約三万円、その時に見つけた。

 財布が落ちていて、その中に三万円も入っていたら、普通の人間ならどうするだろうか?

 そう、僕は一般常識に照らし合わせて、その中から現金だけを抜き取っていた。
 小銭が財布に突っ掛かっていて、指を入れてもなかなか出て来ない。

 七十七円ぐらい放っておこうかとも思ったのだけれど、十円を笑うやつは十円に泣くという諺もあるし、僕は十円を馬鹿にしない。

 しかも七十七円とは、十円の七、七倍ではないか。なんて縁起が良いのだろう。
 うまい棒なら七本ちょい、五円チョコなら十五個ちょい買える金額である。

 これは、昔の小学生なら重大な金額だった。

 生憎と僕は昔の小学生では無いし、そもそも小学生では無いのだけれど、七十七円と格闘していたのだ。
 すると、背後から肩を掴まれた。

「俺の財布に何してる?」

 前を向かされ、胸倉を掴まれる。
 ああ、彼は有名な番長ではないか。

 それが、僕には一瞬で分かった。名前は忘れていたけれど。

「ちょっとお掃除をさせていただいてます」

 僕のポケットから三万千円がはみ出していたのでは信用性がないのは分かるけど、もう少し話を聞いてくれても良いと思う。

 掃除代に、三万円くらいくれても良いではないか。千円は返すから。
 まあ、本当は掃除していたわけでも無いのだけれど。

 そして、殴られる。

「いたっ!」

 僕は叫ぶ。大袈裟に。

 そうすれば番長の痛めつけようという願望を満足させられるかもしれないし、どこかから誰かが駆けつけてくれるのでは無いかと期待しての事だった。

 勿論、痛いというのは嘘ではない。
 口の中が切れて、鉄の味がする。

「金を返せ!」

 番長は僕のポケットから三万千円を引っこ抜く。
 カツアゲだ、と叫んだら、きっと殴られるだろう。

 叫ばなくたって殴られるかもしれないけれど、刺激するような事は言わない方が良い。
 三万千円を取り戻したところで番長に僕を開放するつもりは無いらしく、掴んだ胸倉を離してはくれない。

 これでは『遅起きは三万の得』ではなくて、『遅起きで散々な僕』ではないか。

 幸いにも散々な運命はそこで尽きたようで、僕の言うところの彼。
 僕にしてみたところで彼ほど面白いおもちゃは無いと思えるほどの友人、佐倉響が助けに入った。

 彼の名前は訓読みだけれど、僕は友人をあだ名として『キョウちゃん』と呼ぶことにしている。

「そこら辺でやめてくれないか?」

 僕らは高校一年生で、番長は高校三年生のはずだから先輩に当たるのだけれど、キョウちゃんは敬語を使わなかった。
 それからキョウちゃんと番長が戦って、驚いた事にキョウちゃんが勝った。

 喧嘩が強いのは知っていたけれど、ここまでとは思わなかったのだ。

「平気か?」

 番長をのしたキョウちゃんは、僕に声を掛ける。

「うん。キョウちゃん、一つ言っても良い?」

「何だ?」

「恋しちゃいそうだよ」

「……やめてくれ」

 僕の最大の賛辞を、キョウちゃんは嫌がった。
 僕に恋心を抱かせるなんて、人間として最上の喜びだと思うけれど。

「じゃあ、行くぞ。ただでさえ遅刻だ」

「うん」

 キョウちゃんが歩き出してしまうから、僕は慌てて番長から『僕の』三万千円を取り戻す。

「何やってるんだ?」と聞かれたから、「カツアゲされた」と答えておいた。

 やはり、『遅起きは三万の得』で合っていたようだ。

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