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僕の事、愛してる?
しおりを挟む「僕の初体験の話も聞きたい?」
「いや、知ってる」
「だよねえ」
僕が初体験を済ませた現場に、キョウちゃんは居合わせていたりする。
キョウちゃんは何も言わなかったけれど。
別に覗いていたわけでは無いだろう。キョウちゃんは多分、事の終わりに居合わせてしまっただけだろうから。
「キョウちゃんは女子大生と付き合ってたんでしょ? だったら上手いの?」
「何がだ?」
「セックス」
「……そんなの、俺が言うことじゃ無いだろ。相手に聞いてくれ」
「だって僕、その人の事知らないもん。今も付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
「中学を卒業する時に別れたな。その頃にはかなり入れ込まれてて、気持ち悪いくらいだった。あれ以上付き合ってたら、多分ストーカーにでもなられてたかもしれない。姫乃と生涯を共にするつもりも無かったしな」
「振ったんだ?」
「ああ。別れないでくれと泣きつかれた」
「それでも振ったの?」
「十近く年下の俺に土下座するんだぜ? 気持ち悪くてそんな女と付き合えるかよ」
「…………」
冷たいというかクールというか、乾いているというかドライというか、何でわざわざ日本語と英語で言っているのかは分からないけれど、そんな感じだ。
仮にも――仮じゃなくて三年間も付き合っていた相手に対して、気持ち悪いで別れただなんて、どうにもウェット感が無い。
冷たくて冷たくて、乾き過ぎてて火傷しちゃいそうだ。
今日からはキョウちゃんの事を人間ドライアイスと呼んでも良さそうだった。
「なんだよ?」
僕が黙ったから、キョウちゃんは不審そうだった。
僕が黙るというのはそれだけで不審だから、キョウちゃんが不審がるのも当然だった。
「うーん。なんて言うか、キョウちゃんらしいなって」
「何だよそれ」
「キョウちゃんらしく、良い具合に鬼畜臭い事をやってるなって」
「だからどういう意味だ?」
「だって、三年間も付き合ってたのに、土下座する相手を相手にもしないで別れたんでしょ? いくら好きじゃなくたって、三年も付き合ってたら愛着とか持っちゃうんじゃないの?」
「いや、そういうのは無かったな。恐ろしいほどに」
「そういうところがキョウちゃんらしいって言ってるんだよ。対する姫乃ちゃん? 彼女は土下座するほどにまでキョウちゃんに愛着を持ってたのにさ。まあ、そんなキョウちゃんだから愛着を持たれてたのかもしれないけど」
そういうところは結構好きだ。
暑苦しいのが苦手な僕は、乾燥肌になりそうなくらいに乾いたキョウちゃんが大好きだ。
それは僕自身が乾燥肌だから、同族意識みたいなものもあるのかもしれない。
キョウちゃんが嫌いな季節は、恐らく僕と同じで夏だろう。
暑いから。暑苦しいから。
海パン一丁で筋肉を見せびらかす男ほど醜いものは無い。
だったらまだしも、ふんどし一丁で贅肉を見せびらかすおっさんの方がマシだ。
恥ずかしげも無くトップレスなおねい様なら、最高だけれども。
「でもさ、キョウちゃん。そこまで入れ込まれてたなら、すんなりと別れられたわけ?」
これ以上付き合ってたらストーカーにでもなりそうだ、なんて表現をキョウちゃんはしたけれど、中学生男子に入れ込んでしまった姫乃ちゃんが、ストーカーにならないとは言い切れない。
同意の上で、円満に別れたのならばまだしも、相手は土下座までしてキョウちゃんを引き留めようとしたのだから。
「まあ、最初の内は毎日電話が来たよ。家にまで押しかけられて迷惑だったな」
「愛人に、本妻が居る自宅に押しかけられるような感じ?」
「生憎と俺には本妻など居ないがな」
それでも比奈ちゃんは居る。
自分の恋人が、別れないでくれなんて叫びながら家に押しかけてくるところを想像してみる。
それを自分の親がどういう気持ちで見ているか。
自分が親からどう見られているかを考えただけで、家に帰りたく無くなりそうだ。
まあ、こんなのは恋人を作った事も無い僕には分からない事だけど。
「でもそれって、最近の話でしょ?」
僕らは今、高校一年生だ。
姫乃ちゃんと別れたのが中学を卒業する時だったと言うなら、それまでは付き合っていたという事になるわけで、別れてからまだ、一年も経っていない。
キョウちゃんの言う『最初の内』というのがどのくらいの期間を指すのかは分からないけれど、キョウちゃんに姫乃ちゃんから毎日電話が入っていたのはそう遠い過去の話では無い。
『最初の内は』と接続詞に『は』を使っている事から現在も続いているわけでは無いというのは察せるけれど、それが一年以内の出来事であるならば、『最近』と表現しても語弊は無いだろう。
「まあな。だが、今はそういう事も無いからもう平気だろ?」
「甘いね。そういう時が一番危ないんだって。物陰から飛び出してきて、殺されちゃうかもよ?」
「殺されはしないだろ」
「殺されなかったとしても、酷い事される可能性は低くないよ。キョウちゃんには今だって恋人は居ないんでしょ? だったらそれが、自分に想いを残しているからだって勘違いするかもしれないし」
「そんなつもりはねえよ。大体、想いを残すも何も、俺は最初から姫乃の事が好きだったわけじゃない」
「でもそれは、キョウちゃんの言い分でしょ? どう受け取るかは姫乃ちゃんの自由なんだから」
キョウちゃんに恋人が居ないことを、自分を愛しているからだと受け止める人が居てもおかしくは無い。
人間なんて、どうせ何を言われても自分に当てはめてしまうのだ。
流行音楽と同じで、作者がどんな意図で作っていようと、万人に当てはまるようなものはある。
コールドリーディングってやつだろうけど、流行音楽なんてインチキ占い師と同じだ。
インチキ占い師が、悪いとは言わないけれど。
それで救われる人も居るのだろうし。
人が救われる事を、望んでるわけじゃないけど。
「そもそもキョウちゃん、どうして恋人作らないの?」
姫乃ちゃんと別れてから今までの間に恋人が居たのかどうかは知らないけれど、今現在は恋人が居ないらしい。
キョウちゃんは僕のように恋人を作らない主義では無いらしいし(僕に恋人が出来ないのは主義ってわけでも無いけれど)、キョウちゃんは僕よりも女の子が寄ってくる男だ(僕だってもてないわけでは無いのに)。
主義で恋人を作らないわけでも、好きにならなければ恋人と認めないわけでも無いのならば、適当に可愛い女の子を恋人にしておいた方が良さそうなのに。
キョウちゃんにはお金もあるし、その方が色々と便利だ。性欲の処理とか。
僕みたいに、女の子との会話を煩わしいと思うような人間でも無さそうだし。
「…………いや、別に」
「もしかして、好きな女の子が居るとか?」
「……いねえよ」
「だったら恋人作った方が良いんじゃない? 恋人が居るって分かれば、姫乃ちゃんも付き纏ったりしなくなるかもしれない」
「だから、もう付き纏われてねえよ」
「そうかな? じゃあ、しばらくは僕が恋人をやってあげるよ」
「お前、男じゃねえか。それとも女装するとでも?」
「そんな恥ずかしい事はしないよ。キョウちゃんが望むなら張り切っちゃうけど」
「望まねえよ」
キョウちゃんが僕の女装姿を望まなかったから、僕は男装のままでキョウちゃんの恋人を演じる事にする。僕はちょっと、女装をしたかったのに。僕は変態だから。
中学の頃から女の子に間違えられる事もあったくらいだから、僕の女装姿は様になるはずなんだけど。今でもたまに間違えられる。
電車で痴漢された記憶が新しいのも、男子高校生には珍しい事だろう。
でも、あの時は制服を着ていたから僕が男だって分かるはずだったのに、僕を男だと分かっていてあのおじさんは痴漢をしたのだろうか。
まあ、どっちでも構わないけど。
痴漢するやつなんて、男にだろうと女にだろうと変態に違いないわけだし。僕と同類だ。
「それじゃあキョウちゃん、今日から僕はキョウちゃんの恋人だから、大切にしてね」
「本気でやるつもりか?」
「うん」
「……分かったよ」
僕はキョウちゃんの恋人になった。
と言っても、勿論それは上辺だけの話だけど。
せいぜいキョウちゃん好みの男になれるように努力しよう。
「ねえキョウちゃん」
「何だ?」
「僕の事、愛してる?」
「愛してねえよ」
「駄目だよ。僕たちは恋人なんだからさ、そういう時は、嘘でも『愛してる』って言わないと」
「…………」
キョウちゃんは無表情を浮かべた。
僕に対してどんな感情を抱いているのか、驚くほど理解できない表情だった。
可愛いって思ってくれていたら、ちょっと嬉しいけど。
「じゃあ、もう一回聞くよ?」
気を取り直す。
恋人を演じるならどこでボロが出るか分からない。
本当は別に、ボロなんて出ても構わないのだけれど。
僕はただ、楽しいからこんな事をやってるだけだし。
「僕の事、愛してる?」
「……ああ」
「僕もキョウちゃんを愛してるよ」
僕はチュッとキョウちゃんの唇を再び奪う。
柔らかい唇は、アールグレイの香りがした。
あれ? ダージリンだっけ?
僕にキスされたキョウちゃんは、眉間に皺を寄せている。
僕は笑って見せるけれど、キョウちゃんの表情は変わらなかった。
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