琴子と幽霊の大五郎

さんごさん

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ジャグリングのサーベルは切れないかもしれないが、危ないことには変わりない

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 私って本当に運が無いんだな。そんな事をつくづくと思う。

 運のバロメータというのを見ることが出来たなら、私の物は底を這いずっているだろう。

 それもこれも、全ての原因は体質だった。

 私のこの体質が、良いほうに運んだことなど一度も無いし、この体質がなければ人生をもう少し楽しく過ごせていたのは自明だ。

 私が生きてきた時間は人生という長いスパンで考えるとほんの一部でしかないだろうけど、この体質がいつか改善されるとも考え辛いから、将来への不安は絶えない。

「それにしても、何でこんな体質になっちゃったのかなあ」

 自分の体質に呆れてしまう。

 私と同じ体質を持つ人間がどの程度いるのかは知らないけど、圧倒的に少数派であろう事は、この体質を明かしたときの周囲の反応で分かっていた。

(どうせ特異な体質を持つなら、頭が良いとか有効利用できそうなものにしてくれれば良いのにな)

 小さい頃はそんな事もなかった。

 私がこの体質になったのは、中学生に上がる頃だ。 

 初めてそれに気付いた時は自分の頭がおかしくなったのかとも思ったけれど、それもどうやら違いそうだ。

 まあ、私のこの体質が本当だと主張し続けていたら周りからは頭のおかしくなった人間にしか見えないだろうけど。

(小学校の時は普通だったのに…)

 そのせいで最初の頃は変人扱いされたりもした。

 突然こんな体質を授かってしまった私は、それを隠し通すという選択肢を持てなかった。

 今思えば馬鹿なことをしたと思うが、そのときは友達に自分の体質を分かってもらおうと必死だったのだ。そのせいで何人の友達を失ったことだろうか。

 それでも今はこの体質にも慣れているので、これから通うことになる高校で『狂言女』なんてあだ名をつけられることも無いだろう。

 まあ、慣れているとはいえ、この体質に変化があるわけでも無いし、私がこの体質のせいで厄介事に巻き込まれる可能性だって全然減ってはいないのだけれど。

 今日もまた、私は観測してしまった。

 それが私の体質だ。何気なく歩いているだけでも、『それ』が見えてしまう。

『それ』の全てが気にかけなければならないものというわけでもないのだが、中には危険なものもある。

 見えるだけならば良いのだけれど、『それ』が危険なものであったときに放って置けない私の性格も、厄介なものなのかもしれない。

 それも含めて、私の運は低いのだろう。

(私が困るわけでも無いし、ほっとけば良いんだろうけど…)

 それでも見てみぬ振りを出来ないのが私なのだった。

 私は走る。

 公園の前の道で、春休みということもあって人通りの多い道だ。その道を走るのは急いでいたからではなく、助走をつけるためだった。

 そして、何のために助走をつけるかというと、目の前を歩く人物に体当たりするためだ。

 私の前には一人の女性が歩いている。

 その人物が女性であることに確信が持てるわけではないが、背格好からしてまず女性であることに間違いない。背丈は私と同じくらいで、日本人女性の平均値といったところだろうか。

 私はその人物に恨みがあるわけではない。

 嫌いだとかいけ好かないだとかの負の感情を抱いているわけでもない。それ以前に、私はその人物の後ろ姿しか見ていないので、それが誰であるのかも把握していないのだ。十中八九は初対面の人間だろう。

 その女性の背中に、助走で勢いをつけた身体を思い切りぶつけた。

「きゃっ」

 突然ぶつかられたのだから当然だろうけど、その女性は悲鳴をあげる。

 その人の体つきは私とそれほど変わらないものだったから、助走で勢いを付けた私の体当たりの衝撃を受け止めきれない。当然の成り行きとして前方に倒れこんだ。

「何するんですか!」

 まあ、いきなり見ず知らずの人間に体当たりされたら当たり前なのだけど、私に体当たりされた女性は不機嫌そうに怒鳴ってきた。

 この体当たりだって本当のところは彼女のためなのに、助けた相手から怒鳴られるのだから損な役目だ。

「ごめんなさい。急いでたもので」

 昔だったらここで私の体質を説明したりしていたけれど、そんな事をしても変人と思われるだけだというのは分かっていたので、適当な理由をつけて謝ることにしていた。人に体当たりする理由としては急いでいて意図せずしてぶつかってしまったというのが一番自然だろう。

〈ガシャン〉

 そして、私とその女性が倒れこんだその直後、私と倒れた女性の頭上を、何かが通り過ぎて行ったのだった。

 それは私達を通り越した後に、その後ろにあった石の壁の隙間にしっかりと刺さっていて、ギラギラと陽光を反射している。

「すみませーん。大丈夫ですか?」

 慌てたように、近くの公園から二十歳前後の青年が飛び出してきた。手には二本のサーベルを握っている。

 その男性は私と彼女が倒れているのに気付いて近寄ってくると、頭を下げながらこう言った。

「すみません。ジャグリングの練習をしてたんですけど、突然サーベルが一本飛び出してしまって」

 壁に突き刺さっているのはサーベルだった。

 立ち上がってみるとサーベルの刺さっている高さは私の首くらいだったし、歩いていた速度からして私が飛び掛らなかったら、この女性に当たっていただろう。 

 こんなものが当たったらただで済むはずはなかった。

 ジャグリングで使うサーベルが、まさか本物の刃物だとは思わないけれど、金属で出来ているのは確かだ。

 この女性の身長も私と同じくらいだから、当たっていたとしたら頭だったかもしれないので、打ち所によっては死んでいたかもしれない。

「ちょっと。すみませんじゃ済まないでしょ。こんなのが刺さったら死んでたかも知れないのよ」

 女性は興奮したように叫んでいる。気が強いのだろう。

 私はこれ以上巻き込まれるのは御免願いたいので、小さな声で「私は失礼します」とだけ告げ、そそくさとその場を後にした。

 しばらく歩いて彼女達の姿が見えなくなると、ほっと息をつく。

(本当に運が無いな)

 それでも今回はこれだけで済んだので良いのかもしれない。

 下手をするといつまでも巻き込まれることもあるし、体当たりをしたりしたものなら延々と絡まれ続ける事もあるから、あっさりとあの場を辞せたのは不幸中の幸いだった。

「っつ……」

 痛みを感じて手の平を見ると、体当たりをして倒れた時に切ったのか、皮が剥けて血が出ている。

(お風呂に入るときに染みなければ良いけど)

 手の平はジンジンと痺れていたが、これはすぐに収まるだろう。それよりも…。

「あのねえ、サーベルなんか当てたら死んじゃうわよ?」

 小声で呆れたように、私は呟いた。

 公園の前と違ってここは人通りが少ないので、この程度の呟きは誰にも聞こえないだろう。そういう場所を狙って呟いたのでもあったけれど。

 傍から見ればただの独り言でしかないし、当然ながら私の言葉に反応してくれる人はいない。まあ、反応されても困る。

 一人でこんなことを呟いていたのを聞かれたら、またしても変人として認識されてしまうだろう。ただ、私は何も独り言を言っていたわけではなかった。

《あんさん、あっしが見えるんですかい?》

 私の言葉に反応してくれる人はいなかったが、私の言葉に反応する幽霊はいた。

「何であんなことしたのかな?殺したいほど恨んでたの?」

 私は幽霊に話し掛ける。

 そう、私の体質は幽霊が見えるということ。

 それだけならばまだ可愛いものなのだけれど、私は幽霊と会話が出来てしまうのだ。

 最初は私も人並みに怖がったりしていたけれど、どうも幽霊は怖いものではないというのに気付いてからは、普通の人間とするように会話することが出来るようになっていた。

(それでも進んで話し掛けたい対象ではないけれど)

《ほえー。声も聞けるんですかえ。珍しい人もいるもんだ》

 その幽霊は上半身だけ、というよりも、胸より下が存在しない。バストアップの証明写真のように宙に浮いていて、感心するように頷いている。

 見たところ私と同年代の男の人のようだ。とはいえ彼は幽霊なので、生きていたら私より年上であることに違いは無いのだろうけど。

「感心してないで良いから、私の質問に答えてもらえるかな?」

 進んで話し掛けたいと思わないのに会話をするのは、こんなふうに人に害をなそうとした幽霊を放っておくと、また何かやらかすかもしれないからだ。

 見たところ悪霊ではないし――悪霊とそうでない幽霊を見分けるのは善人と悪人を見分けるくらい難しいのだが――善人面で垢抜けない感じの彼が人に害をなすとも思えなかったが、実際に先ほどのサーベルは彼が投げたわけだから、人を殺しかけていたと言っていい。

 生きていたら殺人未遂だ。いや、生きていなくても殺人未遂であることに変わりは無いか。

 彼がどうしてこんなことをしたのか分からないけれど、この世に残っているのは何がしかの未練を持っているからに違いなく、そういう場合は出来るだけ彼らの願っていることをかなえてやることにしている。そうすれば彼らはこの世から去るのだ。

 この世から去った彼らがどこに行くのかは分からないけど、二度と人に害をなすことはないし、多くの幽霊は未練を無くしたいと願っているから、未練がなくなるのならば生きている人にとっても幽霊にとっても良いことなので、私はその手伝いをするのだ。

(一つだけ嫌なことがあるとすれば、私が骨を折らなければならないという事だけど)

 彼らが誰かに害をなすとしても、それが私に影響することなど殆ど無い。

 それなのに私が彼らの話を聞いてやるのは、放っておけば見ず知らずの誰かであろうと見殺しにするような気がして気が引けるからだ。

 本当ならそれでも放って置ければ良いのだけれど、それが出来ない自分の性格は変えてしまいたいとつくづく思う。

《恨みですかい?あっしは恨みなんか持っちゃあいません。むしろ…》

「むしろ?」

《いや、何でもありやせん》

 そう言って幽霊は黙ってしまった。

(うーん。言ってもらわないと解決のしようがないんだけど)

 言ってもらったからといって私に解決できるとも限りはしない。

 それでも少しくらいならば協力できることがあるかもしれないから、話してもらいたいものだ。

 ただ、彼が心から話したくないと思っているのなら無理に聞き出すわけにもいかないし、その方法も分からないのでどうしようもない。

(まあ、仕方ないな。とりあえず…)

 このまま放っては置けないし、この場所では存分に話をすることも出来ない。

 それはこの場所が出先だからで、こんなところで話し込んでいたら不審がられる事請け合いだ。

 彼のことは私以外の人間にはまず見えないだろうから、道の上で独り言を呟き続ける女にしか見えないだろう。そんなところを知り合いにでも見られようものならば、絶望しかけている将来が、更に暗いものになってしまう。

 だから私はその幽霊にこう言った。

「うちに来る?」

《良いんですかい?》

 私だって自分の家に幽霊を招きたいとは思わないけれど、野放しにするのは危険だ。かといって話をしてもらうにもここでは目立ちすぎる。

 家に帰れば安全だとも言い切れないが、少なくともここで話すよりも他人に聞かれる可能性は減るだろう。

「ええ、良いわよ」

 私の目の届くところに置いておけば幽霊が悪さをしようとするのを止められるかもしれないし、どちらにしても家に迎え入れたほうがやりやすいだろうから私は頷いた。

《じゃあ、よろしくお願いしやす》

 そんなわけで、私は得体の知れない幽霊を家に連れて帰るのだった。


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