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ブラジルでは卵と小麦粉をぶっ掛けて誕生日を祝う、手荒い祝福がある
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四つ目。
というか最後にやるのは、いよいよ大五朗の気持ちを仲田さんに伝えるために、手紙を渡すという事だ。
これは比較的楽に出来ることで、宛名を書いて郵便受けに入れるだけでいい。
仲田さんに気持ちが伝わったかどうかは、彼女の家に侵入するのも比較的容易い大五朗ならば確認することが出来るだろう。
「じゃあ行きましょうか」
その翌日、高校進学のためのものも買い揃えて、今日は予定も無く万全の状態だ。
ついに私もスマホを手に入れ、友達とSNS が出来るようになった。
まあ、最初にやったのは、大五郎で心霊写真を撮りまくる事だったけれど。
《はい》
私は靴をはいて家を出た。
「ねえ、大五朗。もしも振られても未練を残すことは無い?」
《それは……その時になってみないと分からないですが、平気だとは思いやす》
「ごめんね。手紙を渡す前にこんなこと聞いちゃって」
《…………いえ》
手紙の入った鞄だけ抱えた私は、仲田さんの家に向かう。
その途中の公園では、今日もお手玉を回している男性がいた。
目を凝らして見てみると、お手玉の数は七つになっている。
(すごいなあ。あの人はプロのジャグラーなのかしら?)
そこには少しギャラリーも出来ていて、この辺りでは彼は有名人になりつつあるのかもしれない。
公園を尻目に、私達は仲田さんの家まで歩いた。
仲田さんの家は公園からは近いが、喧騒の聞こえてこないあたりに建っていて、大五朗の言葉のとおり、とても広い家だ。
(やっぱりお金持ちなのね)
あまりに広い家だから、郵便受けのありかが分からずに探してしまう。
やっと見つけて鞄から手紙を取り出し、郵便受けに差し込もうとする。
「何か用かしら?」
突然声を掛けられて振り返ると、そこには仲田さんが立っている。
「は、はいぃ!」
驚いて声が裏返ってしまう。
恥ずかしくて赤面していると、仲田さんが眉を寄せて怪訝そうな表情をした。
仲田さんは買い物帰りなのか、手に袋をぶら下げている。
半透明な袋には小麦粉と卵と牛乳が入れられていた。
「あ、あの。知り合いに、これを渡してくるように頼まれて」
私は手紙を仲田さんに差し出した。
「これは?」
「手紙です」
「そんなのは見れば分かるわ。これがどういったものかって聞いてるの」
仲田さんは不機嫌そうだった。
「た、多分ラブレターだと思いますが」
「そう。どんな人?」
「え、と。泣き虫ですが、悪い人じゃありませんよ」
私は大五朗の人柄を説明する。
「そうじゃないわよ。その人の見た目がどんなのかって聞いてるの。写真とかは無いの?」
「あ、あります」
そう言ってから失敗したと思った。
大五朗の写真は確かにあるが、あれは心霊写真でしかないために見せるべきではないと判断したものじゃないか。
「あるなら出しなさいよ」
仲田さんは手の平を差し出してくる。
「そ、そうですね」
あまりのプレッシャーに、私は携帯から大五朗の写った写真を液晶に表示させた。
けれども何度見ても心霊写真でしかないそれを、仲田さんに見せるわけにもいかず、私は携帯を握ったまま仲田さんの様子を窺う。
(どうしよう。こんなの見せられたら仲田さんは怒るかもしれないし)
写真が無かった。
そういう嘘をつけば見逃してくれるかと思い、私は口を開こうとする。しかし、口を開くよりも早く、仲田さんの手は私から携帯を奪い取った。
「ここに写ってるのね?」
問いかけというよりも強い口調で確信を持っているようだった。
「何よこれ。あなたふざけてるの?」
写真を見た仲田さんは、苛立ちを隠そうともせず私を睨みつける。
「いえ、そうじゃないんです」
慌てて携帯を返してもらおうと手を伸ばすと、仲田さんはその携帯を地面に投げつけた。
「こんな気持ち悪いもの見せにこないでよ」
携帯電話は『カラカラ』と乾いた音で地面を三度ほど跳ねた。
(買ったばかりなのに……)
慌てて拾うと、幸いにも液晶は割れてなかったが、本体には傷がついていてへこむ。
「済みません。そんなつもりは無かったんです。これは大五朗という人からのあなたへの手紙です。返事が欲しいとは言いませんが、せめて読んでやってください」
落ち込んではいたが、とりあえず用事を済ませてしまおうと、私は再度、手紙を差し出す。
「ふーん、そう。これは私が貰って良いのね?」
「はい」
私が頷くと、仲田さんは手紙を受け取ってくれた。
(良かった。これで大五朗の未練は無くなる)
そう思って安堵した私の耳は、『ビリリ』という音を聞くことになった。
音に目を向けると、仲田さんが手紙を破いている。勿論それは、一度も読まれていない。
「ちょ、ちょっと」
私が慌てて制止しようとすると、幾重にも破かれて紙片となった手紙を、仲田さんは投げ捨てた。
パラパラと手紙が紙ふぶきのように宙を舞い、私を祝福するかのように舞い落ちてくる。
「こんな気持ち悪いこと二度としないでちょうだい。次に私の前に現れたら警察を呼ぶわよ」
言い捨てた仲田さんは、家の中に入っていってしまった。
「…………………………………………………」
《…………………………………………………》
長い沈黙。
私も大五朗も声を発することが出来なかった。
(私のせいだ)
突然のことだったし、仲田さんの威圧感はすごかったけれど、私が写真を見せなければ仲田さんがここまで怒ることは無かったんじゃないか。そう思うと申し訳なかった。
「ごめん。大五朗」
《い、いえ。あんさんが悪いわけじゃありやせん》
大五朗はそう言ったが、内心の衝撃を隠せないようで、幽霊なのに顔が青く見えた。
『ぶろろろ』という音をたて、私達の前をトラックが通過していく。
古いトラックは、真っ黒な煙を大量に吐き出していて、むせてしまった。
(なんだか踏んだり蹴ったりだ……)
私が肩を落としていると、背後で『カラララ』という音がした。
振り返ると二階の窓から仲田さんが顔を出していた。
(話を聞いてくれるのかしら?)
希望をもって仲田さんの行動を注視していると、彼女は手に何かを抱えている。
そして、それを私に向かって投げつけてきた。
すぐには反応できずにいると、私の頭にそれがあたり、周辺が真っ白くなる。
『ばすっ』という音とともに広がったそれは、どうやら小麦粉のようだった。
そういえば仲田さんはさっき、小麦粉と卵と牛乳の入った袋を下げていた。
「ケホっケホっ」
小麦粉が口に入って咽てしまう。
頭は小麦粉で白くなっていた。
「ちょっと、何するんですか」
さすがの私も抗議するが、仲田さんは続いて卵を投げてきた。
一つ目のそれは避けることが出来て、卵は地面に落ちたのだけれど、仲田さんは連続して卵を投げてきた。
それはまるで、遊園地にある鬼の腹に玉を当てるゲームみたいに、次々と仲田さんは卵を投げてきた。
そのうちの一つが私の頭にあたる。
その時に知ったのは生卵でも頭に当てられると痛いということだった。
これ以上ここにいたら牛乳まで投げてこられそうだったので、私は急いで退散した。
背後では仲田さんの甲高い笑い声が響いている。
牛乳はかけられなかったものの、小麦粉と卵でパンケーキにでもされそうな私が他の場所に行けるはずも無く、一目散に家に戻った。
家に帰ると母が、
「どうしたのよ。その格好」
と、目を見張っていたが、
「ブラジル人の友達の誕生日パーティーで巻き込まれた」
と言い切って、私はお風呂に入った。
お風呂を出て自分の部屋に戻ると、ベッドの上に飛び込む。
(ああ、疲れたなあ)
天井を見ながら私は思う。
けれどそんなものは大五朗の辛さに比べたら微々たるものなので、口には出せなかった。
「ごめんね。大五朗」
さっき大五朗は私のせいではないと言ってくれたが、今回のことで私の失敗が大きかったのは事実だ。私のせいではないと言った大五朗だって、本心ではそう思っているかもしれない。
そんな思いもあって、私はもう一度大五朗に謝った。
謝ってどうにかなるものではなかったが、謝らないとすまなかった。
《良いんですよ。どうせあっしはあのお譲さんと結ばれることは無いんだし》
「そんな事は……」
それは最初に私が言ったことでもあるから、否定の言葉も紡ぎ出せない。
《それにもういいんです。あっしの気持ちをお譲さんに伝える必要は無いですから》
なんだか大五朗は投げやりになっているようだった。だから私は首を振る。
「何言ってるのよ。今回は駄目だったけど、他にも方法はあるわ。きっとあなたの気持ちを伝えて見せるから」
《何でそんなに良くしてくれるんで?》
大五朗が不思議そうに首を傾げるので、私は考える。どうして私は大五朗のために動こうとするのか。
「だって、これじゃああんまりよ。振られるならまだしも、想いを聞いてもらうことすら出来ないなんて。それじゃあ大五朗が可哀想だわ」
行きついたのはただの同情だった。あんな終わり方では大五朗の未練もなくなるはずがない。
《あっしのために………》
「だから大五朗。あなたの気持ちは私が伝えて見せるから」
決意してそう言うのだけれど、大五朗は首を振って拒絶する。
《もう、いいんでさ。あっしの気持ちをお譲さんに伝えることは無い》
「でも……」
《あっしは、あんさんにあんな仕打ちをする人を許すことは出来ない》
大五朗は憎々しいものでも見るような目つきになる。あまりに剣呑なその表情は、惚れている相手に対しては不適切だ。
「でも、仕方ないわ。私だって心霊写真を見せられてラブレターを渡されたら戸惑ってしまうもの」
私のせいで大五朗は仲田さんに愛想を尽かしてしまいそうだったから、慌てて仲田さんをフォローするような言葉を言う。
《そうかもしれやせんが、あっしはもう、あの人を好きになることは無い》
「…………そう」
大五朗の恋心は、すでに冷めてしまったらしい。私が取り繕うにはすでに手遅れだ。
《あんさん。あっしは……》
そして大五朗は言う。
《あっしはあんさんに惚れてしまったようだ》
「何言ってるのよ。仲田さんが駄目だったからって私に乗り換えるつもり?」
大五朗の冗談だと思ったから冗談っぽく返したのに、大五朗は笑いもせずに私を見る。
「真剣、なの?」
《はい》
大五朗の目は、一縷の曇りも無いようだった。それは冗談や悪戯にしたらあまりに質が悪い。そして大五朗とは短い付き合いだけれど、そんな質の悪い冗談を言うような奴じゃないことを私は知っている。
だから、大五朗が本気で伝えてくれた想いに、私も真剣に答える。
「大五朗、私は……」
生まれて初めて告白された。
その相手が幽霊でも、私は誠意を持って、結論を口にする。
「あなたを恋愛対象として見れないわ」
《そんなぁ》
崩れるように、大五朗は肩を落としたのだった。
というか最後にやるのは、いよいよ大五朗の気持ちを仲田さんに伝えるために、手紙を渡すという事だ。
これは比較的楽に出来ることで、宛名を書いて郵便受けに入れるだけでいい。
仲田さんに気持ちが伝わったかどうかは、彼女の家に侵入するのも比較的容易い大五朗ならば確認することが出来るだろう。
「じゃあ行きましょうか」
その翌日、高校進学のためのものも買い揃えて、今日は予定も無く万全の状態だ。
ついに私もスマホを手に入れ、友達とSNS が出来るようになった。
まあ、最初にやったのは、大五郎で心霊写真を撮りまくる事だったけれど。
《はい》
私は靴をはいて家を出た。
「ねえ、大五朗。もしも振られても未練を残すことは無い?」
《それは……その時になってみないと分からないですが、平気だとは思いやす》
「ごめんね。手紙を渡す前にこんなこと聞いちゃって」
《…………いえ》
手紙の入った鞄だけ抱えた私は、仲田さんの家に向かう。
その途中の公園では、今日もお手玉を回している男性がいた。
目を凝らして見てみると、お手玉の数は七つになっている。
(すごいなあ。あの人はプロのジャグラーなのかしら?)
そこには少しギャラリーも出来ていて、この辺りでは彼は有名人になりつつあるのかもしれない。
公園を尻目に、私達は仲田さんの家まで歩いた。
仲田さんの家は公園からは近いが、喧騒の聞こえてこないあたりに建っていて、大五朗の言葉のとおり、とても広い家だ。
(やっぱりお金持ちなのね)
あまりに広い家だから、郵便受けのありかが分からずに探してしまう。
やっと見つけて鞄から手紙を取り出し、郵便受けに差し込もうとする。
「何か用かしら?」
突然声を掛けられて振り返ると、そこには仲田さんが立っている。
「は、はいぃ!」
驚いて声が裏返ってしまう。
恥ずかしくて赤面していると、仲田さんが眉を寄せて怪訝そうな表情をした。
仲田さんは買い物帰りなのか、手に袋をぶら下げている。
半透明な袋には小麦粉と卵と牛乳が入れられていた。
「あ、あの。知り合いに、これを渡してくるように頼まれて」
私は手紙を仲田さんに差し出した。
「これは?」
「手紙です」
「そんなのは見れば分かるわ。これがどういったものかって聞いてるの」
仲田さんは不機嫌そうだった。
「た、多分ラブレターだと思いますが」
「そう。どんな人?」
「え、と。泣き虫ですが、悪い人じゃありませんよ」
私は大五朗の人柄を説明する。
「そうじゃないわよ。その人の見た目がどんなのかって聞いてるの。写真とかは無いの?」
「あ、あります」
そう言ってから失敗したと思った。
大五朗の写真は確かにあるが、あれは心霊写真でしかないために見せるべきではないと判断したものじゃないか。
「あるなら出しなさいよ」
仲田さんは手の平を差し出してくる。
「そ、そうですね」
あまりのプレッシャーに、私は携帯から大五朗の写った写真を液晶に表示させた。
けれども何度見ても心霊写真でしかないそれを、仲田さんに見せるわけにもいかず、私は携帯を握ったまま仲田さんの様子を窺う。
(どうしよう。こんなの見せられたら仲田さんは怒るかもしれないし)
写真が無かった。
そういう嘘をつけば見逃してくれるかと思い、私は口を開こうとする。しかし、口を開くよりも早く、仲田さんの手は私から携帯を奪い取った。
「ここに写ってるのね?」
問いかけというよりも強い口調で確信を持っているようだった。
「何よこれ。あなたふざけてるの?」
写真を見た仲田さんは、苛立ちを隠そうともせず私を睨みつける。
「いえ、そうじゃないんです」
慌てて携帯を返してもらおうと手を伸ばすと、仲田さんはその携帯を地面に投げつけた。
「こんな気持ち悪いもの見せにこないでよ」
携帯電話は『カラカラ』と乾いた音で地面を三度ほど跳ねた。
(買ったばかりなのに……)
慌てて拾うと、幸いにも液晶は割れてなかったが、本体には傷がついていてへこむ。
「済みません。そんなつもりは無かったんです。これは大五朗という人からのあなたへの手紙です。返事が欲しいとは言いませんが、せめて読んでやってください」
落ち込んではいたが、とりあえず用事を済ませてしまおうと、私は再度、手紙を差し出す。
「ふーん、そう。これは私が貰って良いのね?」
「はい」
私が頷くと、仲田さんは手紙を受け取ってくれた。
(良かった。これで大五朗の未練は無くなる)
そう思って安堵した私の耳は、『ビリリ』という音を聞くことになった。
音に目を向けると、仲田さんが手紙を破いている。勿論それは、一度も読まれていない。
「ちょ、ちょっと」
私が慌てて制止しようとすると、幾重にも破かれて紙片となった手紙を、仲田さんは投げ捨てた。
パラパラと手紙が紙ふぶきのように宙を舞い、私を祝福するかのように舞い落ちてくる。
「こんな気持ち悪いこと二度としないでちょうだい。次に私の前に現れたら警察を呼ぶわよ」
言い捨てた仲田さんは、家の中に入っていってしまった。
「…………………………………………………」
《…………………………………………………》
長い沈黙。
私も大五朗も声を発することが出来なかった。
(私のせいだ)
突然のことだったし、仲田さんの威圧感はすごかったけれど、私が写真を見せなければ仲田さんがここまで怒ることは無かったんじゃないか。そう思うと申し訳なかった。
「ごめん。大五朗」
《い、いえ。あんさんが悪いわけじゃありやせん》
大五朗はそう言ったが、内心の衝撃を隠せないようで、幽霊なのに顔が青く見えた。
『ぶろろろ』という音をたて、私達の前をトラックが通過していく。
古いトラックは、真っ黒な煙を大量に吐き出していて、むせてしまった。
(なんだか踏んだり蹴ったりだ……)
私が肩を落としていると、背後で『カラララ』という音がした。
振り返ると二階の窓から仲田さんが顔を出していた。
(話を聞いてくれるのかしら?)
希望をもって仲田さんの行動を注視していると、彼女は手に何かを抱えている。
そして、それを私に向かって投げつけてきた。
すぐには反応できずにいると、私の頭にそれがあたり、周辺が真っ白くなる。
『ばすっ』という音とともに広がったそれは、どうやら小麦粉のようだった。
そういえば仲田さんはさっき、小麦粉と卵と牛乳の入った袋を下げていた。
「ケホっケホっ」
小麦粉が口に入って咽てしまう。
頭は小麦粉で白くなっていた。
「ちょっと、何するんですか」
さすがの私も抗議するが、仲田さんは続いて卵を投げてきた。
一つ目のそれは避けることが出来て、卵は地面に落ちたのだけれど、仲田さんは連続して卵を投げてきた。
それはまるで、遊園地にある鬼の腹に玉を当てるゲームみたいに、次々と仲田さんは卵を投げてきた。
そのうちの一つが私の頭にあたる。
その時に知ったのは生卵でも頭に当てられると痛いということだった。
これ以上ここにいたら牛乳まで投げてこられそうだったので、私は急いで退散した。
背後では仲田さんの甲高い笑い声が響いている。
牛乳はかけられなかったものの、小麦粉と卵でパンケーキにでもされそうな私が他の場所に行けるはずも無く、一目散に家に戻った。
家に帰ると母が、
「どうしたのよ。その格好」
と、目を見張っていたが、
「ブラジル人の友達の誕生日パーティーで巻き込まれた」
と言い切って、私はお風呂に入った。
お風呂を出て自分の部屋に戻ると、ベッドの上に飛び込む。
(ああ、疲れたなあ)
天井を見ながら私は思う。
けれどそんなものは大五朗の辛さに比べたら微々たるものなので、口には出せなかった。
「ごめんね。大五朗」
さっき大五朗は私のせいではないと言ってくれたが、今回のことで私の失敗が大きかったのは事実だ。私のせいではないと言った大五朗だって、本心ではそう思っているかもしれない。
そんな思いもあって、私はもう一度大五朗に謝った。
謝ってどうにかなるものではなかったが、謝らないとすまなかった。
《良いんですよ。どうせあっしはあのお譲さんと結ばれることは無いんだし》
「そんな事は……」
それは最初に私が言ったことでもあるから、否定の言葉も紡ぎ出せない。
《それにもういいんです。あっしの気持ちをお譲さんに伝える必要は無いですから》
なんだか大五朗は投げやりになっているようだった。だから私は首を振る。
「何言ってるのよ。今回は駄目だったけど、他にも方法はあるわ。きっとあなたの気持ちを伝えて見せるから」
《何でそんなに良くしてくれるんで?》
大五朗が不思議そうに首を傾げるので、私は考える。どうして私は大五朗のために動こうとするのか。
「だって、これじゃああんまりよ。振られるならまだしも、想いを聞いてもらうことすら出来ないなんて。それじゃあ大五朗が可哀想だわ」
行きついたのはただの同情だった。あんな終わり方では大五朗の未練もなくなるはずがない。
《あっしのために………》
「だから大五朗。あなたの気持ちは私が伝えて見せるから」
決意してそう言うのだけれど、大五朗は首を振って拒絶する。
《もう、いいんでさ。あっしの気持ちをお譲さんに伝えることは無い》
「でも……」
《あっしは、あんさんにあんな仕打ちをする人を許すことは出来ない》
大五朗は憎々しいものでも見るような目つきになる。あまりに剣呑なその表情は、惚れている相手に対しては不適切だ。
「でも、仕方ないわ。私だって心霊写真を見せられてラブレターを渡されたら戸惑ってしまうもの」
私のせいで大五朗は仲田さんに愛想を尽かしてしまいそうだったから、慌てて仲田さんをフォローするような言葉を言う。
《そうかもしれやせんが、あっしはもう、あの人を好きになることは無い》
「…………そう」
大五朗の恋心は、すでに冷めてしまったらしい。私が取り繕うにはすでに手遅れだ。
《あんさん。あっしは……》
そして大五朗は言う。
《あっしはあんさんに惚れてしまったようだ》
「何言ってるのよ。仲田さんが駄目だったからって私に乗り換えるつもり?」
大五朗の冗談だと思ったから冗談っぽく返したのに、大五朗は笑いもせずに私を見る。
「真剣、なの?」
《はい》
大五朗の目は、一縷の曇りも無いようだった。それは冗談や悪戯にしたらあまりに質が悪い。そして大五朗とは短い付き合いだけれど、そんな質の悪い冗談を言うような奴じゃないことを私は知っている。
だから、大五朗が本気で伝えてくれた想いに、私も真剣に答える。
「大五朗、私は……」
生まれて初めて告白された。
その相手が幽霊でも、私は誠意を持って、結論を口にする。
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