悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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見たくなかったもの

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 私は姉が苦手だ。
 はっきり嫌いだと言ってしまっても良いかもしれない。

 物心付いた頃はそうでもなかった気がするのだけれど、いつからか、彼女は私を見かける度に怒鳴りつけてくるようになった。
 何が気に入らないのか分からない。怒らせる心当たりもない。

 ただ、自分の母親が侯爵家出身の正妻だからと。

 ただ、私の母親が伯爵家出身の側妻だからと。

 その身分を持って、母と私を侮辱することが多かった。
 気に入らないのは身分のせいなのだろうか。
 私の母が侯爵家の出身だったら全て収まっていたのだろうか。

 私は勉強が好きで、得意で、『頭が良い』と言われることは多かったけれど、その答えはいくら考えても出てこなかった。
 だから、『そういう人なのだ』と考えるようになった。

 私が何をやっていても気に入らなくて、私の存在にアレルギーのように反応する。
 まともに取り合うのは損で、関わらない方が良い人。

 だって、父がそう言っていたから。

 だって、母がそう言っていたから


 使用人たちだって、口々に同じことを言った。

 姉は癇癪持ちの『困った人』だから、私が気にするようなことじゃない。

 みんながそう言っていたから、私はそれを信じていた。

 花瓶を割ってしまったことを、父は怒らなかったけれど、専属侍女のサテラには小言を言われた。
 花瓶を割ったこと自体もそうだけれど、メイドの目を掻い潜って逃げ出したこともグチグチと言われた。

 私には三人の専属侍女がいる。
 サテラ、カーマ、エラの三人だ。
 その中でもサテラがリーダーで、小言などは彼女から聞くことが多かった。

 すぐに抜け出すから、監視の目を厳しくする。
 サテラがそう言って、実際、メイドたちの監視は厳しくなったようには思えたけれど、人数が増えたわけでもない。

 人間の集中力には限界があるから、一時間もした頃には、再び抜け出すのは難しくなかった。

 部屋を抜け出した私は、姉の部屋に向かっていた。
 謝ろうと思ったのだ。

 いつもの罵倒は、私にはどうしようもないことばかりだったけれど、今回のは明らかに私に非があったから。
 花瓶を割ったことの冤罪を着せてしまったのは、本当に申し訳ないと思った。

 ただ、それ以上に怖かったのだ。
 あの目が。

 憎しみを集めて凝縮したような、殺意すら感じられるあの目が。

 謝っておかないと、本当に殺されてしまうのではないかと、私は怯えていた。
 どうにか許してもらわなければという焦燥感のような物があった。

「それでは、ゆっくりお休みくださいね」

 私が姉の部屋に辿り着いた時に、部屋からメイドが出て来た。
 姉の専属侍女だ。名前は知らない。

 どうにか他の使用人にも一人で歩いているところを見られずに済んだ私は、そそくさと柱の陰に潜り込んで、メイドから隠れる。
 姉に紅茶でも出していたのだろう、カートを押して立ち去るメイドの後ろ姿を見送って、私は姉の部屋の前に立つ。

 閉まりかけていた扉に手を添えて、部屋の中をそっと窺う。
 姉はまだ怒っているだろうか。

 怒っているようだったら出直した方が良いかもしれない。
 そんなことを考えて伺った室内にいたのは、病人のような少女だった。

 ベッドに腰掛け、ぼんやりと虚空を見つめる姉。
 いつも私を罵倒する時のような元気がなく、魂が抜けたかのように動かない。

 その姿に、何故か私は心臓を握られたように胸が苦しくなった。

 見てはいけない物を見たような気分になった。

 姉の目から、涙が一滴こぼれる。
 姉はぼんやりしたまま、それを拭おうとすらしない。

 なんで、泣いてるの……?

 だって、お父様も、お母様も言っていた。
 姉は、シルティーナは、血も涙もない鬼のような人間だって。

 だから他人の痛みが分からないんだって。

 他人の痛みが分からないから、平気で人をいじめることが出来るんだって。

 じゃあなんで、一番痛そうに見えるの?

 なんであんなに絶望してしまえるの?

 あんな姉の姿、知りたくなかった。
 だって姉が鬼のような人なんだって思っていられたら、楽だったから。

 私には何の非もなくて、姉は物語に出てくる悪役のように、絶対的な悪なのだと思っていられたから。

 私はその場から逃げだした。
 途中で使用人に見つかったけれど、無視して自分の部屋まで走り抜けた。

 部屋に辿り着いて、ベッドに潜り込む。
 また抜け出したことをサテラがグチグチ言っていたけれど、「出てって!」と強めに言うと、しぶしぶ出て行った。

 涙が止まらなかった。
 何でか分からない。

 ただ、止め処なく涙が溢れて来るだけで、自分が何で泣いてるのかも、私には分からなかった。

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