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妹
冤罪
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公爵家は広い。
この家で生まれ育った私でさえ、いまだに全貌を把握出来ていないと言っても良い程のお屋敷だ。
茶会などで、何度か他の貴族の家に行ったことがあるが、それらと比べても、私の家は特に広いと言って良かった。
もちろん、その分だけ雇っている使用人も多くて、何人いるのか、正確には私も分からないのだけれど、十人や二十人で済まないことは確実だ。
それだけ雇ってはいても、広すぎるお屋敷だった。
使用人がいないところには本当にいなくて、探すのにかなり手間取ってしまった。
本来であれば私には専属侍女が三人付いているのだけれど、こっそり抜け出して来てしまったので、今は誰もいなかったのだ。
たまたま見つけた掃除中のメイドは、私が一人でいることに驚いていたようだったけれど、『花瓶を割ってしまった』と告げると、そのまま掃除道具を持って、花瓶のところまで戻ってくれた。
メイドと共に、花瓶が割れている場所に近づいて行くと、ふと、怒鳴り声のような物が聞こえて来た。
どうしたのだろうと首を傾げながら角を曲がると、そこには父と姉がいた。
『お前が花瓶を割ったんだろう!』
父は、姉に対してそう怒鳴っていた。
私が割った花瓶が、姉の仕業だと思われているようだった。
以前から、姉は何度か美術品を破損するという事件を起こしている。
そのせいで、姉の部屋の周囲からは、絵画や壺、花瓶などの美術品が撤去されたそうだ。
その経緯を考えると、花瓶を割ったのが姉だと思うのは、推理としては妥当なのかもしれない。
けれども今回花瓶を割ったのは私で、怒られている姉は、ただの冤罪なのだ。
他人に罪を押し付けてしまった罪悪感で姉の表情を伺うと、彼女は怯えることも、萎縮することもなく、ただ、父を見上げていた。
その顔は感情の窺い知れない真顔なのに、その目の奥には、何故か喜色が感じ取れる。
何故怒られているのに嬉しそうなのかと、呆気に取られて言葉を失ってしまいそうになったが、他人に冤罪を着せている罪悪感に気づいて、すぐに父に真実を告げた。
「ごめんなさい、お父様。花瓶は私が割ったの……」
尻すぼみになる言葉は、今まで姉に向けられていた怒声が、次の瞬間には私に向くことに怯えて。
けれど私の自白を受けた父は、次の瞬間には表情を変え、優しげな顔で私に告げる。
『ナリアは素直に謝れて偉いな』と。
対応の違いに驚いた。
さっきまで姉にはあれほど怒鳴っていた父が、私に対しては怒らない。
程度の問題だと言ってしまえばそれまでだったのかもしれない。
一度目の私と、繰り返している姉。
もしかすると父は、一度目までは許せる人なのかもしれないとは思うものの、違和感は拭えなかった。
ギュッと父に抱きしめられながら、どうにか冤罪を止められたと満足しながら姉を見ると、息が止まりそうになった。
睨んでいたから。
物凄い形相で、私を睨みつけていたから。
機嫌を損ねた子供なんていう、可愛らしいものではない。
今にも殺してやると言わんばかりの、憎悪に満ちた表情。
目を合わせると殺されてしまいそうで、私はその恐怖から、必死に目を逸らし続けた。
この家で生まれ育った私でさえ、いまだに全貌を把握出来ていないと言っても良い程のお屋敷だ。
茶会などで、何度か他の貴族の家に行ったことがあるが、それらと比べても、私の家は特に広いと言って良かった。
もちろん、その分だけ雇っている使用人も多くて、何人いるのか、正確には私も分からないのだけれど、十人や二十人で済まないことは確実だ。
それだけ雇ってはいても、広すぎるお屋敷だった。
使用人がいないところには本当にいなくて、探すのにかなり手間取ってしまった。
本来であれば私には専属侍女が三人付いているのだけれど、こっそり抜け出して来てしまったので、今は誰もいなかったのだ。
たまたま見つけた掃除中のメイドは、私が一人でいることに驚いていたようだったけれど、『花瓶を割ってしまった』と告げると、そのまま掃除道具を持って、花瓶のところまで戻ってくれた。
メイドと共に、花瓶が割れている場所に近づいて行くと、ふと、怒鳴り声のような物が聞こえて来た。
どうしたのだろうと首を傾げながら角を曲がると、そこには父と姉がいた。
『お前が花瓶を割ったんだろう!』
父は、姉に対してそう怒鳴っていた。
私が割った花瓶が、姉の仕業だと思われているようだった。
以前から、姉は何度か美術品を破損するという事件を起こしている。
そのせいで、姉の部屋の周囲からは、絵画や壺、花瓶などの美術品が撤去されたそうだ。
その経緯を考えると、花瓶を割ったのが姉だと思うのは、推理としては妥当なのかもしれない。
けれども今回花瓶を割ったのは私で、怒られている姉は、ただの冤罪なのだ。
他人に罪を押し付けてしまった罪悪感で姉の表情を伺うと、彼女は怯えることも、萎縮することもなく、ただ、父を見上げていた。
その顔は感情の窺い知れない真顔なのに、その目の奥には、何故か喜色が感じ取れる。
何故怒られているのに嬉しそうなのかと、呆気に取られて言葉を失ってしまいそうになったが、他人に冤罪を着せている罪悪感に気づいて、すぐに父に真実を告げた。
「ごめんなさい、お父様。花瓶は私が割ったの……」
尻すぼみになる言葉は、今まで姉に向けられていた怒声が、次の瞬間には私に向くことに怯えて。
けれど私の自白を受けた父は、次の瞬間には表情を変え、優しげな顔で私に告げる。
『ナリアは素直に謝れて偉いな』と。
対応の違いに驚いた。
さっきまで姉にはあれほど怒鳴っていた父が、私に対しては怒らない。
程度の問題だと言ってしまえばそれまでだったのかもしれない。
一度目の私と、繰り返している姉。
もしかすると父は、一度目までは許せる人なのかもしれないとは思うものの、違和感は拭えなかった。
ギュッと父に抱きしめられながら、どうにか冤罪を止められたと満足しながら姉を見ると、息が止まりそうになった。
睨んでいたから。
物凄い形相で、私を睨みつけていたから。
機嫌を損ねた子供なんていう、可愛らしいものではない。
今にも殺してやると言わんばかりの、憎悪に満ちた表情。
目を合わせると殺されてしまいそうで、私はその恐怖から、必死に目を逸らし続けた。
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