悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

文字の大きさ
11 / 42
悪役令嬢3

他人

しおりを挟む
 ノックの音が響いた。

 いまだ降り止まない雨の音で掻き消され、聞き逃してしまいそうな音ではあったけれど、マリアはそれに気づいて訪問者に応対する。

 扉の外で二言三言、やりとりがあったのだろう、戻ってきたマリアは眉間に皺を寄せていて、あまり良いことではないのだと予感させた。

「旦那様がお呼びです」

 そう告げられて、私の眉間にも皺が寄る。

 呼び出される理由に心当たりがなかった。
 以前であれば、理由はなんであれ、父に構ってもらえることに喜びがあったような気がする。

 けれど父に愛されないことを受け入れられた今の私にとって、父からの呼び出しは好ましいものではなかった。

「今から?」

「はい」

 あまりにも突然だ。
 呼び出すなら相手の予定を確認して、都合が付いてから。

 私はそう習ったし、それは最低限の礼儀であるはずだ。

 家族だからそこまできっちりする必要はないのかもしれないけれど、私と父の関係は、家族と呼ぶにはあまりにも一方的で、冷め切っていた。

 よほどの急用なのだろうか。
 私は小さくため息をついて、「すぐに行くわ」と言って立ち上がる。

 今日はなんだか忙しい。
 マリアが先導してくれるので、私はそれに付いて歩くだけだ。

 たどり着いたのは父の執務室だった。
 マリアがノックすると、「入れ」と短い声が返ってきたので、扉を開ける。

 マリアに続いて室内に入ると、独特の臭いがした。

 執務室にはたくさんの本が並んでいるけれど、本の匂いではない。
 咽るような、慣れていない人にとっては喉にいがらっぽさを感じてしまいそうな臭いは、煙草のものだろう。

 デスクの上の灰皿には、吸殻がたくさん載っている。

 メイドが定期的に片付けているはずなのに、あそこまで沢山の吸殻が残っているのだから、いったいどれだけの煙草を吸ったのだろうか。

 こころなし、視界も濁っているように見えた。

 その濁った空気の先に、二人の男がいる。

 デスクに座って睨むようにこちらを見ているのが父、グレゴールで、その傍らに背筋を正して佇むのが執事のコーラルだ。

 私はデスクの前で立ち止まり、父をしっかりと見据える。

 威圧的なその眼光が、自分を見ていると思うだけで嬉しかったのはもう過去の話だ。
 今の私は何も思わない。

 怖いとは少しも感じないし、嬉しいという感情もなかった。

 大丈夫、私は割り切れてる……。

 私にとって、父というのはずっと、たった一人の大切な肉親だった。
 物心付いた時から母は亡く、義母や腹違いの妹とは、ほとんど関わりを持つことがなかった。

 そんな中、たった一人、私の心の支えであったのが父だった。

 けれど父にとっては、『母を娶ったらついでに出来た子供』程度のものでしかなかったのだろう。

 愛情を注ぐのは義母や妹ばかりで、私のことなんて最初から見ていなかった。
 私なんて、最初から他人だった。

 だから大丈夫。私もちゃんと、割り切れる。

 私は父を見据え、ちゃんと私の方からも他人だと思えていることに安堵した。

 こうして私たちは、親と子ではなく、他人同士に変わっていくのだろう。

 父を親と思わなくて良くなったことに、どこか救われたような気分がある。

 それと同時に、たまらなく寂しかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...