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悪役令嬢3
他人
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ノックの音が響いた。
いまだ降り止まない雨の音で掻き消され、聞き逃してしまいそうな音ではあったけれど、マリアはそれに気づいて訪問者に応対する。
扉の外で二言三言、やりとりがあったのだろう、戻ってきたマリアは眉間に皺を寄せていて、あまり良いことではないのだと予感させた。
「旦那様がお呼びです」
そう告げられて、私の眉間にも皺が寄る。
呼び出される理由に心当たりがなかった。
以前であれば、理由はなんであれ、父に構ってもらえることに喜びがあったような気がする。
けれど父に愛されないことを受け入れられた今の私にとって、父からの呼び出しは好ましいものではなかった。
「今から?」
「はい」
あまりにも突然だ。
呼び出すなら相手の予定を確認して、都合が付いてから。
私はそう習ったし、それは最低限の礼儀であるはずだ。
家族だからそこまできっちりする必要はないのかもしれないけれど、私と父の関係は、家族と呼ぶにはあまりにも一方的で、冷め切っていた。
よほどの急用なのだろうか。
私は小さくため息をついて、「すぐに行くわ」と言って立ち上がる。
今日はなんだか忙しい。
マリアが先導してくれるので、私はそれに付いて歩くだけだ。
たどり着いたのは父の執務室だった。
マリアがノックすると、「入れ」と短い声が返ってきたので、扉を開ける。
マリアに続いて室内に入ると、独特の臭いがした。
執務室にはたくさんの本が並んでいるけれど、本の匂いではない。
咽るような、慣れていない人にとっては喉にいがらっぽさを感じてしまいそうな臭いは、煙草のものだろう。
デスクの上の灰皿には、吸殻がたくさん載っている。
メイドが定期的に片付けているはずなのに、あそこまで沢山の吸殻が残っているのだから、いったいどれだけの煙草を吸ったのだろうか。
こころなし、視界も濁っているように見えた。
その濁った空気の先に、二人の男がいる。
デスクに座って睨むようにこちらを見ているのが父、グレゴールで、その傍らに背筋を正して佇むのが執事のコーラルだ。
私はデスクの前で立ち止まり、父をしっかりと見据える。
威圧的なその眼光が、自分を見ていると思うだけで嬉しかったのはもう過去の話だ。
今の私は何も思わない。
怖いとは少しも感じないし、嬉しいという感情もなかった。
大丈夫、私は割り切れてる……。
私にとって、父というのはずっと、たった一人の大切な肉親だった。
物心付いた時から母は亡く、義母や腹違いの妹とは、ほとんど関わりを持つことがなかった。
そんな中、たった一人、私の心の支えであったのが父だった。
けれど父にとっては、『母を娶ったらついでに出来た子供』程度のものでしかなかったのだろう。
愛情を注ぐのは義母や妹ばかりで、私のことなんて最初から見ていなかった。
私なんて、最初から他人だった。
だから大丈夫。私もちゃんと、割り切れる。
私は父を見据え、ちゃんと私の方からも他人だと思えていることに安堵した。
こうして私たちは、親と子ではなく、他人同士に変わっていくのだろう。
父を親と思わなくて良くなったことに、どこか救われたような気分がある。
それと同時に、たまらなく寂しかった。
いまだ降り止まない雨の音で掻き消され、聞き逃してしまいそうな音ではあったけれど、マリアはそれに気づいて訪問者に応対する。
扉の外で二言三言、やりとりがあったのだろう、戻ってきたマリアは眉間に皺を寄せていて、あまり良いことではないのだと予感させた。
「旦那様がお呼びです」
そう告げられて、私の眉間にも皺が寄る。
呼び出される理由に心当たりがなかった。
以前であれば、理由はなんであれ、父に構ってもらえることに喜びがあったような気がする。
けれど父に愛されないことを受け入れられた今の私にとって、父からの呼び出しは好ましいものではなかった。
「今から?」
「はい」
あまりにも突然だ。
呼び出すなら相手の予定を確認して、都合が付いてから。
私はそう習ったし、それは最低限の礼儀であるはずだ。
家族だからそこまできっちりする必要はないのかもしれないけれど、私と父の関係は、家族と呼ぶにはあまりにも一方的で、冷め切っていた。
よほどの急用なのだろうか。
私は小さくため息をついて、「すぐに行くわ」と言って立ち上がる。
今日はなんだか忙しい。
マリアが先導してくれるので、私はそれに付いて歩くだけだ。
たどり着いたのは父の執務室だった。
マリアがノックすると、「入れ」と短い声が返ってきたので、扉を開ける。
マリアに続いて室内に入ると、独特の臭いがした。
執務室にはたくさんの本が並んでいるけれど、本の匂いではない。
咽るような、慣れていない人にとっては喉にいがらっぽさを感じてしまいそうな臭いは、煙草のものだろう。
デスクの上の灰皿には、吸殻がたくさん載っている。
メイドが定期的に片付けているはずなのに、あそこまで沢山の吸殻が残っているのだから、いったいどれだけの煙草を吸ったのだろうか。
こころなし、視界も濁っているように見えた。
その濁った空気の先に、二人の男がいる。
デスクに座って睨むようにこちらを見ているのが父、グレゴールで、その傍らに背筋を正して佇むのが執事のコーラルだ。
私はデスクの前で立ち止まり、父をしっかりと見据える。
威圧的なその眼光が、自分を見ていると思うだけで嬉しかったのはもう過去の話だ。
今の私は何も思わない。
怖いとは少しも感じないし、嬉しいという感情もなかった。
大丈夫、私は割り切れてる……。
私にとって、父というのはずっと、たった一人の大切な肉親だった。
物心付いた時から母は亡く、義母や腹違いの妹とは、ほとんど関わりを持つことがなかった。
そんな中、たった一人、私の心の支えであったのが父だった。
けれど父にとっては、『母を娶ったらついでに出来た子供』程度のものでしかなかったのだろう。
愛情を注ぐのは義母や妹ばかりで、私のことなんて最初から見ていなかった。
私なんて、最初から他人だった。
だから大丈夫。私もちゃんと、割り切れる。
私は父を見据え、ちゃんと私の方からも他人だと思えていることに安堵した。
こうして私たちは、親と子ではなく、他人同士に変わっていくのだろう。
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それと同時に、たまらなく寂しかった。
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