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悪役令嬢3
婚約者
しおりを挟む感傷的になっている自分に気づいて、気を引き締め直すために深く呼吸をすると、煙草の臭いが肺の中にまで入って来るようで気分が悪くなる。
父は相変わらず剣呑とした目つきで私のことを見ていた。
出来損ないの私なんて、父から見れば『他人』以上に『敵』なのかもしれない。
「お呼びと伺いましたが?」
いつまでも話を始めない父に、私は無表情で問う。
他意はなく、どういう表情を作れば良いのか分からなかった。
今まではどんな顔をして父と会っていただろう。
つい昨日までのことなのに、心境が変わってしまうと簡単に忘れ去ってしまうものだ。
昨日までの私はもういなくて、ゼロからスタートを切った私は、父に対して感情を表すことが出来ない。
『無』ではないのだと思う。
父に対して沢山の感情が私の中にはあって、そのどれもが真実で、どれを表しても間違いではないのに……。
今はただ、そのどれもがどうでもいいものになり下がっていた。
マリアが、愛情の温かさを教えてくれたから。
本当の愛情というものを、伝えてくれたから。
「お前の婚約者が決まった」
やっと沈黙を破った父はそう言った。
私に婚約者が出来たらしい。
いずれ、そういうこともあるだろうと思ってはいたが、あまりにも唐突だったので驚いた。
貴族の令嬢というのは、政略結婚が義務付けられている。
公爵家に生まれたからには、結婚相手に文句を言う権利などないのだろう。
それは覚悟していたから、不満はない。
むしろ公爵家に生まれたのに、今まで婚約者がいなかった事の方が異常だ。
爵位が高ければ高いほど、婚約者というのは早く決まる傾向がある。
場合によっては生まれた瞬間に決まっていることもあるのだ。
私の婚約者が決まっていなかった理由は、我が家に男子がいないせいだろう。
爵位の継承は男性優位とされていて、男児が生まれればその子が継ぐことになったのだろうけど、ナリアの誕生以来、私に兄弟が出来る気配はない。
いつか生まれるだろうとずるずる先延ばしにしてた結果が、私に婚約者がいないという事態を招いたのではないだろうか。
男児が生まれなければ、私が婿を取ることになる。
父の感情的にはナリアに家督を譲りたいのかもしれないが、私の母は侯爵家の人間だ。
侯爵家の母との間に出来た私を無視し、伯爵家の義母との間に出来たナリアに家督を譲っては、侯爵家に喧嘩を売っているようなものだ。
せめてナリアが私より先に生まれていたなら、生まれた順番と押し通すことも出来たのだろうが、ナリアは私の妹で、母親の爵位も私の方が上だ。
いくら我が家が公爵家と、貴族の中では最上位にあるとはいえ、有力貴族である侯爵家を敵に回せば無事というわけにはいかない。
侯爵家に不義理をすれば、貴族社会では大きなマイナスとなるだろう。
つまり父は、私に婿を取らせるしかないのだ。
婿として迎えるか、嫁として行くのかで婚約者選びは大きく違う。
だからギリギリまで男児が生まれるのを期待していたのだろうが、さすがにもう待てなくなったのだろう。これ以上引き延ばすと、婚約者選びの優良物件がなくなってしまう。
「相手は、どなたなのですか?」
気になるのはそれだろう。
私は、家族というものに期待していない。
長く続いた父との関係が『家族』だと言うのならば、それはきっと、幸せなものではない。
政略結婚だし、愛情がないのは理解している。それくらいなら受け入れられる。
だからせめて、人格破綻者だったり、暴力的だったりする人でなければ良いな、というのが正直なところ。
私のその質問に、父はにやりと、口元を歪めて、言う。
「第三王子だ」
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