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悪役令嬢3
悪魔憑き
しおりを挟む第三王子殿下のことを、もちろん私は知っている。
顔を合わせ、言葉を交わしたこともある。
けれど彼について多くを知っているかと聞かれると、あまり知らないと答えるしかないだろう。
私が言葉を交わしたのはあくまでも、パーティなどで、王族に挨拶に伺う時くらいのもので、その相手はあくまでも『王族』であって、第三王子個人を見ていたかというと、そんなことはない。
私は彼が何を好きで、何が嫌いかだって分からない。
けれど、一つだけ知っていることがある。
彼が、悪魔憑きであるということだ。
第三王子殿下は、歴代の王族の中でも群を抜いて高い魔法能力を持っているらしい。
その力は十三歳にして宮廷魔導師長を凌駕するとか。
けれど、それと引き換えに悪魔に憑かれているという。
彼に憑いている悪魔は強力で、すでに二人、人間を殺している。
当然、教会から派遣された神官によって悪魔祓いをしているのだが、返り討ちにあって数名の神官が魔法能力を失ったという。
彼に憑いている悪魔が殺した二人というのは、幼い頃に彼と婚約を結んだ令嬢。
つまり婚約者の命を奪う悪魔なのだ。
二人目の婚約者が亡くなるまで、誰も彼に悪魔が憑いていることには気づかなかった。
二人目が死んで違和感に気づき、調べていく中で悪魔憑きが判明したのだ。
もちろん、王子本人も自分が悪魔憑きなどということは知らなかった。
けれど知らなかったとはいえ、娘を殺された貴族たちは、彼に、あるいは王族に対して強い恨みを抱いているそうだ。
それから今に至るまで悪魔払いは成功しておらず、王子には今も悪魔が憑いている。
悪魔が祓えない以上、新たな婚約者が現れることはなかったし、王子自身もそれを拒絶しているという話が、私の耳にも届いていた。
父はその第三王子と、私を婚約させる気らしい。
私には父の考えが透けて見えて、妙に腑に落ちる思いだった。
お父様は、私を殺したいのか……。
私が生きていれば、この家を継ぐのは私だ。
けれど、父は私ではなく、妹に家督を継がせたい。
私の背後には母の生家があるから、理由もなく家督を妹に譲れば、政治的な打撃が大きい。
だから、邪魔な私には死んでほしい。
暗殺などという直接的な手段に出れば、母の生家は疑いを持つだろうし、バレれば敵対関係になることは確実だ。
第三王子の婚約者が、悪魔に殺されていることはこの国に住む貴族ならば誰もが知っている話で、私を婚約者にすることには母の生家からも反発があるだろうが、相手は王族だ。
下手につつけば不敬罪になるし、表面的には私が第三王子を婿に取るだけ。
家格的にもこれ以上のものはない。
「お待ちくださいっ!」
叫んだのはマリアだった。
その声にハッとして顔を上げる。
いつの間にか俯いていたようだ。
握りしめた掌を開くと、くっきりと爪の痕が刻まれている。
傷付く必要なんてない。
傷付く理由なんてない。
傷付く資格だって、もうないはずだ。
割り切ったはずじゃないか。
もう、父とは他人だと、割り切れたはずじゃないか。
せめて生きていてほしいと思うくらいには、家族であって欲しかっただなんて、都合のいい我儘だ。
大丈夫。大丈夫。
傷なんてない。痛いのなんて、気のせいだ。
「立場を弁えなさい」
頑固さを感じさせる声でマリアを諌めたのは執事のコーラルだ。
長年公爵家で執事を務めて来ただけあって高齢だが、貫禄のようなものがあり、衰えは感じさせない。
その威圧感に怯み、のけぞりそうになったマリアだったが、踏みとどまって反駁する。
「ですが――っ!」
「マリア」
彼女が言葉を続ける前に割り込んで、私は首を振った。
私は、大丈夫だから。
マリアは何かを言い掛けるように口を動かしたが、そこから言葉が出てくることはなく、奥歯を噛み締めるようにして黙った。
ここでメイドでしかないマリアが父に噛み付いたって、何の影響もない。
メイド長とかならば、多少は影響力もあるのだろうが、マリアは私付きの侍女だ。
父にとって、私に仕えているメイドなんて、下手すれば新人の雑用メイドよりも価値は低いかもしれない。
影響を与えるどころか、反抗的な態度を咎められて解雇されてしまうかもしれない。
だから、マリアに反論させてはならない。
「…………分かりました、お父様」
声が、震えていた。
情けない……。
自分で自分がみじめになる。
父が私に話を持ってきた時点で、これはもう、断れる話ではないのだろう。
私は、頷くしかない。
「お嬢様!?」
マリアが焦ったような声を出す。
心配してくれる人がいて嬉しい。抵抗してくれて嬉しい。
それだけで十分だ。
マリアが、愛してくれるから。
他の誰にも愛されていなくたって、父に死ぬことを望まれていたって……。
大丈夫。大丈夫。
私にはマリアがいる。
大丈夫。大丈夫。
私は傷ついてなんかいない。
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