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執事
平凡
しおりを挟む絶望に近い表情を浮かべるメイドほど肩入れをしてはいないが、目の前で震える少女を不憫に思う気持ちは私にもあった。
私がこのお屋敷に仕えて、五十年にもなるだろうか。
目の前で震えるシルティーナお嬢様や、彼女の妹であるナリアお嬢様はもちろんのこと、死刑宣告に近い決断を下した旦那様、更には早々に爵位を譲って隠居なされた先代、大旦那様の幼少期も、私は執事としてこの目で見てきた。
大旦那様は破天荒で、情熱的な方であった。
立場があるのに屋敷を抜け出してあちこち遊びまわり、何度大旦那様を探して町を徘徊したことか。
我が家に仕える騎士たちを動かすのもただではないと、何度申し上げても大旦那様は変わることはなかった。
先々代が早世したために、若くして爵位を継いだ大旦那様は、最初から当主の座を疎んでいたようにも思う。
だからといって、まだ二十代の息子に当主の座を譲って隠居するとは、最後まで私を悩ませる存在だった。
振り回される方の身にもなってほしい。
二十代で公爵家の当主というのはいささか荷が重い。
貴族の中には海千山千の猛者がいる。
王族とのやりとりだって、経験がないと抑え込まれてしまうだけだ。
それを『俺の時は二十一でやったんだ。グレゴールはもう二十六だぞ?』などと言って簡単に爵位を譲ってしまう。
大旦那様の時は先々代の早世があったし、大旦那様自身が破天荒で、ある意味では天才な部分があったのでどうにかなったが、旦那様は本当に苦悩しておられた。
旦那様は良くも悪くも平凡な方なので、大旦那様のように破天荒に、自家に有利になるように動くことが出来なかったのだ。
大旦那様からのアドバイスは貰っていたが、当時は疲れたような表情を見せていることが多かった。
旦那様がヘビースモーカーになったのも、その頃からだ。
苛立ちのぶつけどころがなかったのだろう。
旦那様は大旦那様をいたく尊敬されていた。
自分よりも若くして公爵家を継ぎながら、自分よりも上手く公爵家を回していたことが、爵位を継いでから痛いほど分かったのだろう。
そのせいか、旦那様は『才能』というものに執着なさるようになった。
あちこちで天才の噂を聞いては、見極め、召し抱える。
これは公爵家として悪いことではないのだが、才能に固執するあまり、見境なく召し抱えてしまうので、公爵家の財政にそれなりの打撃を与えている。
その天才たちが十分に才能を発揮してくれれば良いのだが、残念ながら旦那様は、人を使うのが上手くない。
自分に才能がないからと、天才たちを欲した旦那様だが、旦那様は勤勉だ。
自分で出来ることを他人に任せようとしない。
皮肉なことだが、これだけの人材を集めたならば、大旦那様のようにある程度無責任に他人に任せていた方が、ずっと上手く行っただろう。
旦那様は人間の感情を読むのが苦手だ。
人を怒らせても気にしないし、何故怒っているのかも理解出来ない。
良くも悪くもドライなお方だ。
家族に対する愛情もあるようには見えなかった。
世継ぎを残すために政略的に結婚し、政略的に子供を作った。
それだけのようだった。
いや、大旦那様に対しては、一種神を崇めるかのような思いがある。
もはや信仰心と言って良いほどに、大旦那様に執着している。
けれど旦那様の関心が、妻や娘に向けられることはない。
産まれた子供に対してもほとんど関心を示さず、お会いになる機会もほとんどなかった。
そんな旦那様が変わったのは、やはり『才能』のせいだった。
自分の娘が、ナリアお嬢様が大旦那様をも超える天才だと知り、旦那様の関心の全ては、ナリアお嬢様に向けられるようになったのだ。
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