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第三王子
見学
しおりを挟むフェリエール公爵と夫人を相手に実のない話をする。
私を子供だと思っているからか、私には利用価値がないと見切りを付けているからか、政治向きの話は一つも出なかった。
それでも時折父や兄たちの話を聞こうとするので、一応は情報を集めようという魂胆があったのだろう。
それも卒なく対処して、少し疲れて来た頃に、実のない話が終わりを迎えた。
公爵は私と婚約者だけを残して客間を出て行く。
屋敷に来てから彼女とはほとんど話していないので、改めて自己紹介からやり直した。
彼女とは王城で開かれたパーティなどで面識があるが、挨拶だけの簡素なものだ。
互いを深く知っているわけではない。
婚約者として、ある程度気安い関係を演出しておく必要があるので、呼び方は少し馴れ馴れしいものになった。
自己紹介が終わると、途端に会話がなくなった。
シルティーナ嬢は、思ったよりもずっと大人しい人物だったようだ。
私の方から話題を提供しようとしても、あまり上手くいかない。
容姿やドレスを褒めておけば、いくらでも言葉が溢れて来るのが女性という生き物だと思っていたのだが、彼女は褒められてもあまり嬉しそうな様子がない。
これで反応がないのなら、何の話をすれば良いのか。
話題を提供する能力が低いことを、今になって自覚する。
昔からコミュニケーションを苦手にして来たが、興味のない話に相槌を打つくらいは出来るようになり、上達したと思い込んでいたが、まだまだ弱点はありそうだ。
「公爵家を案内します」
シルティーナ嬢にそう言われて、私は小さく頷いた。
気を使わせてしまっただろうか。
シルティーナ嬢に案内され、公爵家の中を歩いて回る。
王城ほどではないが、かなり広い屋敷だ。
本邸は領地にあるので、王都邸はあくまで別邸にすぎない。
それでもこの広さの土地屋敷を所有していると考えると、フェリエール公爵家が国にどれだけ影響力を持っているか分かるというものだ。
最初に案内されたのは図書室だった。
本がずらりと並んでいる。
王城にも図書館があるが、あそこは常に文官が出入りしていて落ち着かない。
この家の図書室は静まり返っていて、集中して本が読めそうだ。
書架に収められた本の目次を眺めていると、私の知らない、けれど興味の惹かれるタイトルが多くあった。
シルティーナ嬢に許可をもらってパラパラとめくると、やはりというべきか、集中して読みたくなってしまう内容だった。
何冊目か、手に取ってページをめくっていると、いつの間にか集中して読んでいた。
ハッと気づいて顔を上げると、シルティーナ嬢は椅子に座って別の本を読んでいた。
どれだけの時間熱中していたのか。
婚約者を放置して本に夢中になるなど、あまりに失礼なことをしてしまった。
私が顔を上げたことに気づいたようで、シルティーナ嬢は本を閉じてこちらを向く。
手持無沙汰に本を読んでいただけで、集中はしていなかったようだ。
本当に申し訳なかった。
謝罪するとあっさりと許してもらえたが、後悔は拭えない。
次に向かったのは練兵場だ。
貴族が養える兵の数は法律で制限されているが、公爵家ともなるとその数は膨大になる。
ほとんどの兵士は領地にいるのだろうが、護衛や門兵など、王都内でも必要になる数は少なくないので、練兵場を備えているのだろう。
もっとも、公爵家内にある練兵場を使えるのは、末端の兵士ではなく、騎士のような者たちだけなのだろうが。
練度の高い兵士たちが、模擬戦や走り込みなどを行っている。
私も幼い頃から剣を習っているが、とてもじゃないがあの中に混ざれそうにない。
下っ端の兵士ですら、驚くほど鍛え上げられている。
嗜みとして習っているお遊び剣術では、あの中に入ってもどうにもならないだろう。
更に娯楽室や、美術品の展示室など、興味深い場所を案内された。
意外と楽しんでしまったようで、時間はいつの間にか過ぎ去っている。
とはいえまだ少し時間が余っていたので、お茶をして時間を潰すことにした。
中庭の見える休憩室に陣取り、給仕の世話を受けながら茶を飲む。
窓から見えるのは綺麗に整えられた庭園なのだが、雨のせいで半分も魅力が伝わってこない。
視界の悪い先にある草木と、酷い雨音の雑音で不快ですらある。
「天気と季節が違えば、綺麗な薔薇が並ぶのです」
シルティーナ嬢が言った。
見た目とは相違して、彼女の声音は柔らかくて心地よい。
確かに、天気が違えばさぞ綺麗な庭園なのだろう。
薔薇が並んだところを想像すると、華やかで彼女には似合いそうだ。
「見てみたいものだな……」
世辞を告げる。
本当はあまり興味がない。
薔薇の花も好きではなく、興味は惹かれなかった。
私の世辞が下手だったせいではないだろうが、会話が途切れる。
バタバタと叩きつける雨音が、沈黙を余計に濃くしているように思えた。
温かい紅茶を飲むと、身体から力が抜けていくようだ。
こうして一緒にいても沈黙していられる関係というのは、悪くないかもしれない。
愛さずとも、ともにいて苦痛じゃない関係。
それは、私にとってもっとも都合のいいことだった。
紅茶のせいだろうか、疲れもあったのだろう、徐々に瞼が落ちてくる。
寝てはいけないという意識はどこかにあるのだが、抗いがたい眠気だった。
ふと、優しげな音が耳に届く。
ハミングするような、優しい歌だ。あまり上手くはない、可愛らしい歌だ。
私は目を閉じて、その音を楽しむ。
心が洗われるようだ。
けたたましい雨音すら、その歌声の前には風情のある伴奏にしか聞こえない。
優しい歌声に、眠りの沼に引きずり込まれる。
抗いがたい心地よさに、ゆっくりと眠りに落ちて行くのを感じる。
子守唄で寝かしつけられる子供のようだな。
そう自嘲するが、悪い気分ではない。
結局抗い切れず、深い眠りに落ちてしまった。
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