悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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第三王子

寝不足

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「……下……殿下」

 呼ばれて目を開けると、そこにはファビアンの顔があった。

 ファビアンは私の従者だ。
 幼い頃から私に付き従い、身の周りの世話や雑用をこなしてくれている。

 彼自身はサウレス伯爵家の出身だが、三男ということで爵位を継ぐことはない。
 私の従者になったことで一代貴族の称号は得られるが、どこかの貴族家に婿入りでもしなければ、彼の代で貴族ではなくなる。

 腐っても王子の従者、それも伯爵家出身という血筋もあるので、婿入りの打診はいくつかあるようだ。
 私に悪魔が付いていなければ、その数は何倍にも膨れ上がっただろうが。

「すまない、眠っていたようだ」

 ぼやける視界を、何度か瞬きをして整える。
 場所は馬車の中。

 ガタガタと断続的な震動が続いているので、まだ目的地に到着したわけではないのだろう。
 ダダダダ、と叩きつけるような雨が煩くて、よくこの中で眠っていられたものだと、自分の神経の太さに感動すら覚える。

「いえ、お休みになれる時にお休みになられた方がよろしいかと」

 ファビアンはそう言って、私を気遣う様子を見せた。
 彼は私が眠れないことを知っているのだ。

 私はまともに眠ることが出来ない。
 幼い頃からなので、もはや寝不足が常態化していて、寝不足が何かすら分からなくなりそうだ。

 馬車がゆっくりと速度を落とす。

「もう着いたのか?」

 眠っていたせいか、随分と早く感じられた。

 もっとも、同じ王都内の移動に過ぎないので、そう長い時間馬車に乗っていたわけではないが。

「はい、今、門を開けさせております」

 馬車がぴったりと止まった。
 馬車に描かれた王家の紋章を見て、公爵家の人間はすぐに門を開けてくれたらしい。

 再びゆっくりと動き出す。
 馬車停めで馬車が止まり、降りる。
 雨具として外套を纏うが、降りた瞬間一気に濡れた。

 ファビアンが傘を差し出しているが、横殴りの雨にあまり効果はない。
 そそくさと屋敷へと歩いて行き、扉を潜る。

 外套を脱ぎ、メイドに預けると雨に濡れた不快感はほとんどなくなるが、足もとが若干湿っている。

「ようこそお越しくださいました」

 公爵家の面々と挨拶を交わす。
 娘二人も紹介されたが、「歓迎いたします」程度の素っ気ない挨拶だけで終わる。

 不運にも私の婚約者に選ばれたのは、赤いドレスを着た少女の方だ。
 贅沢の粋を集めたような派手な装い。

 化粧も年齢の割には濃く、きつい目つきをしている。
 妹の方を見てみると、姉とは対照的に落ち着いた印象だ。

 落ち着いていると言っても公爵家の令嬢だ。みすぼらしいものではない。

 装飾品が少なく、ドレスにも派手さはない。
 ただ、首元に小さく輝く宝石や、ドレスの生地がかなり良質な物であることは見てとれる。

 姉ほどではないが、金の掛かった装いだ。さすがは公爵家といったところだろう。

 二人を見比べて、というわけではないが、私は自分の婚約者が派手な姉で良かったと、軽く安堵の息を吐く。

 私は派手な女性が苦手だ。
 装飾品も、華やかな香水の匂いも。

 彼女は私にとって、苦手なものを集めたような存在だった。

 だからこそ安心する。だからこそ、安堵出来る。

 私は新たな婚約者を、愛さなくて済みそうだ。


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