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ヒロイン
体育館
しおりを挟む体育館の扉をそっと開けると、扉脇で立っていた女性にギロリと睨まれる。
先生、なのだろう。
年は四十手前くらいだろうか、お団子頭で細い眼鏡を掛けた彼女は、「何をやっていたのですか! 遅刻ですよ!」と、小声を怒鳴るという器用なことをした。
「す、すみません! 道に迷っちゃいました!」
私はピッシリ背筋を伸ばして謝る。
道に迷ったというよりも、迷いに行った気がしないでもないけれど、迷ったようなものなのは事実なので、嘘ではない……はずだ。
「名前は!?」と聞かれるので、背筋を伸ばしたまま「リコリス・ウルシアです!」と名乗る。
先生は手に持っていた名簿で名前を確認し、「ウルシア男爵令嬢ですね?」と鋭い視線を向けてくるので、慌ててコクコクと頷く。
「席は最後列の右から三番目です」
そう言って着席するように促す。
見た目は怖いけれど、親切な先生だ。
私はお礼を言って、いそいそと席に向かう。
席の並びを見ていると、前列に行くほどに煌びやかな印象だ。
みんな制服を着ているとはいえ、装飾品や髪の艶などで随分と違って見える。
爵位が低くて良かった。
貴族の中では最下位の男爵家の娘だから最後列に席があるが、子爵以上だったら前の席に座らなければならないので目立つ。
王族とか、公爵家とかならば、遅刻したくらいで気にする必要もないのかもしれないけれど。
お団子頭の先生に教えられた席に座る。
さすがに両隣の人には注目されたけれど、それ以外は誰も私のことなんて見ていない。
遅刻して悪目立ちしなかったことに安堵する。
椅子は木製の簡素なものだった。
見れば全ての生徒が同じものに座っている。
とても貴族が座るような椅子には思えないのだが、公爵家から男爵家まで、ここにいる全ての令嬢、令息が身体を小さくしてこれに座っているのだと思うと少し面白い。
校内では身分は関係なく、平等であることを謳っているので、椅子にも差は付けないのだろう。
もっとも、前列に行くほど爵位が上がっていくように、本当の意味で平等なわけではないのだろうけれど。
体育館は広いけれど、新入生全員が集まっているので多くのスペースがあるわけではない。
それを考えると、この小さくて簡素な椅子に座らせるというのは合理的なのかもしれない。
椅子に座って、正面には舞台がある。
そこで先生と、代表生徒が次々と訓示を述べて行く。
同じようなことを何度も繰り返されて、欠伸が出てしまいそうだ。
集中力が維持できなくて、きょろきょろと周囲を見渡すと、右隣りに座っている男の子と目が合った。
彼は眉間に皺を寄せて「なんだよ」と不機嫌そうに言う。
私は彼を見上げて、口をポカンと開けた。
座る時にも見たはずなのだが、改めて見ると驚く。
見上げると首が疲れるほど、頭が高い位置にあるのだ。
座ったままじゃ、手を伸ばしても届かないかもしれない。
「おっきいね」
私は素直な感想を言う。
彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、「は?」と間の抜けた声を漏らした。
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