悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

文字の大きさ
26 / 42
男爵令息

お転婆

しおりを挟む
 アルビオルは新興の男爵家だ。

 曽祖父の時代に戦場で武勲を立て、叙爵されたらしい。
 歴史はまだ百年にも満たず、貴族としての意識すら薄いものだ。

 武勲によって叙爵した家柄だから、武勇に重きを置いた家系だ。
 曽祖父は一騎当千の猛者だったというし、貴族になる以前から武勇を重視する家ではあったのだろう。

 こんな家に生まれたから、当然俺も幼い頃から剣術を習っていた。
 俺の家は剣術道場でもある。

 男爵家の収入は少ない。
 小さいとはいえ領地があるので、毎年税収は入ってくるが、自由に出来る金なんて家を維持していくので精一杯だ。貴族というのは金が掛かる。

 領地によっては収入が多いところもあるのだろうが、アルビオルは大した特産もない田舎なので、貴族と聞いて想像するような贅沢な暮らしとは無縁だった。

 曽祖父の功績は大きく、領地ではいまだに武勇が語り継がれている。
 その武勇を利用して、『アルビオルの道場』と言えば、剣を志す者が多く集まった。

 家の生活費は、道場の収入に依存していると言って良い。
 才能のある領主ならば、領地を栄えさせて税収を上げるのだろうが、武勇の家系で、貴族としての歴史も浅い我が家に、そのような天才が生まれるはずもない。

 アルビオルの地は、良くも悪くも変わらない田舎町であり続けている。


 道場で一人、剣を振っていた。

 昼間、門下生たちがいる時にも剣を振ったが、周囲と同じことをしていては、周囲と同じだけしか強くなれない。

 アルビオルの男として、剣で負けるわけにはいかないので、門下生の帰った夕方の時間にも、剣を振っていることが多かった。

 額に汗が浮いてくる。
 目に入ると邪魔なので、一度剣を置いてタオルで汗を拭う。

 バタバタ! ドタン!

 慌ただしく音を立てて、道場の扉が開き、閉まった。
 呼吸を荒くして、一人の少女が扉に凭れかかっている。

「今度は何をしたんだ、シェリル?」

 俺の言葉に少女は頬を膨らませ、「何で私が悪いって決めつけるの」と拗ねたように言った。

 それは仕方がない。
 彼女は昔から問題児なのだ。

 男と喧嘩して泣かせたり、壁に落書きをしたり、蝉の抜け殻を撒いて使用人を気絶させたり。
 彼女が慌てている時は、大抵なにがしかのトラブルを引き起こした時だ。

「悪いとは言ってねぇよ」

 それでも、これまでの悪行を指摘しても彼女が不機嫌になるだけなので、一応フォローはしておく。

 シェリルはフンと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
 分かり易い奴だ。

 仕方ないので俺は、手に持っていた木剣をシェリルに投げる。
「うわっ!」と驚いた様子を見せながらもキャッチしたのを見届けて、近くに立てかけてあった他の木剣を手に取る。

 何せここは剣術道場だ。木剣なんて腐るほどある。

「打ってこいよ」
「…………でも」

 シェリルは剣を持つことを、父親に禁止されている。
 少し前までは毎日道場に顔を出していたのだが、最近はほとんど見なくなった。

 道場に来ることはあったが、剣を握ることは許されていない。

 何故禁止になったのかまでは知らない。
 おそらく婚約の打診でもあったのだろう。女が剣を持つことを野蛮だという人間は多い。

 だが、そのために剣から距離を置いているシェリルが、俺には滑稽に見えた。

「そんなとこばっか言いなりなんだな」

 俺の言葉に腹が立ったのか、シェリルは「だって――!」と反論しかける。
 続けようとした言葉は、『仕方ない』だろうか。『お前には何も分からない』だろうか。

 分からない。
 仕方ないとも思わない。

「逆らうなら、一番大事なとこで逆らえよ」

 シェリルにとって剣が何よりも重要なことを、俺は知っている。

 喧嘩したり、落書きしたりするくらいなら、堂々と剣を握ってやれば良い。
 それでもシェリルには踏ん切りがつかないのか、暗い表情をしている。

「素振りしてるだけじゃ練習にならねぇんだ。相手になってくれ」

 そう言うと彼女はやっと顔を上げ……。

「うん、お兄ちゃん!」

 嬉しそうに微笑んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...