悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

お転婆

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 アルビオルは新興の男爵家だ。

 曽祖父の時代に戦場で武勲を立て、叙爵されたらしい。
 歴史はまだ百年にも満たず、貴族としての意識すら薄いものだ。

 武勲によって叙爵した家柄だから、武勇に重きを置いた家系だ。
 曽祖父は一騎当千の猛者だったというし、貴族になる以前から武勇を重視する家ではあったのだろう。

 こんな家に生まれたから、当然俺も幼い頃から剣術を習っていた。
 俺の家は剣術道場でもある。

 男爵家の収入は少ない。
 小さいとはいえ領地があるので、毎年税収は入ってくるが、自由に出来る金なんて家を維持していくので精一杯だ。貴族というのは金が掛かる。

 領地によっては収入が多いところもあるのだろうが、アルビオルは大した特産もない田舎なので、貴族と聞いて想像するような贅沢な暮らしとは無縁だった。

 曽祖父の功績は大きく、領地ではいまだに武勇が語り継がれている。
 その武勇を利用して、『アルビオルの道場』と言えば、剣を志す者が多く集まった。

 家の生活費は、道場の収入に依存していると言って良い。
 才能のある領主ならば、領地を栄えさせて税収を上げるのだろうが、武勇の家系で、貴族としての歴史も浅い我が家に、そのような天才が生まれるはずもない。

 アルビオルの地は、良くも悪くも変わらない田舎町であり続けている。


 道場で一人、剣を振っていた。

 昼間、門下生たちがいる時にも剣を振ったが、周囲と同じことをしていては、周囲と同じだけしか強くなれない。

 アルビオルの男として、剣で負けるわけにはいかないので、門下生の帰った夕方の時間にも、剣を振っていることが多かった。

 額に汗が浮いてくる。
 目に入ると邪魔なので、一度剣を置いてタオルで汗を拭う。

 バタバタ! ドタン!

 慌ただしく音を立てて、道場の扉が開き、閉まった。
 呼吸を荒くして、一人の少女が扉に凭れかかっている。

「今度は何をしたんだ、シェリル?」

 俺の言葉に少女は頬を膨らませ、「何で私が悪いって決めつけるの」と拗ねたように言った。

 それは仕方がない。
 彼女は昔から問題児なのだ。

 男と喧嘩して泣かせたり、壁に落書きをしたり、蝉の抜け殻を撒いて使用人を気絶させたり。
 彼女が慌てている時は、大抵なにがしかのトラブルを引き起こした時だ。

「悪いとは言ってねぇよ」

 それでも、これまでの悪行を指摘しても彼女が不機嫌になるだけなので、一応フォローはしておく。

 シェリルはフンと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。
 分かり易い奴だ。

 仕方ないので俺は、手に持っていた木剣をシェリルに投げる。
「うわっ!」と驚いた様子を見せながらもキャッチしたのを見届けて、近くに立てかけてあった他の木剣を手に取る。

 何せここは剣術道場だ。木剣なんて腐るほどある。

「打ってこいよ」
「…………でも」

 シェリルは剣を持つことを、父親に禁止されている。
 少し前までは毎日道場に顔を出していたのだが、最近はほとんど見なくなった。

 道場に来ることはあったが、剣を握ることは許されていない。

 何故禁止になったのかまでは知らない。
 おそらく婚約の打診でもあったのだろう。女が剣を持つことを野蛮だという人間は多い。

 だが、そのために剣から距離を置いているシェリルが、俺には滑稽に見えた。

「そんなとこばっか言いなりなんだな」

 俺の言葉に腹が立ったのか、シェリルは「だって――!」と反論しかける。
 続けようとした言葉は、『仕方ない』だろうか。『お前には何も分からない』だろうか。

 分からない。
 仕方ないとも思わない。

「逆らうなら、一番大事なとこで逆らえよ」

 シェリルにとって剣が何よりも重要なことを、俺は知っている。

 喧嘩したり、落書きしたりするくらいなら、堂々と剣を握ってやれば良い。
 それでもシェリルには踏ん切りがつかないのか、暗い表情をしている。

「素振りしてるだけじゃ練習にならねぇんだ。相手になってくれ」

 そう言うと彼女はやっと顔を上げ……。

「うん、お兄ちゃん!」

 嬉しそうに微笑んだ。


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