悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

練習試合

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「お兄ちゃん、勝負しよう」とシェリルが言った。

 珍しい、と俺は思う。

 あれからシェリルは、吹っ切れたように剣を握っていた。
 もちろん、父親に見つかると怒られるので、いない時にこっそりとではあったが。

 それでも、彼女はあくまでも俺の練習に付き合っているだけで、自分から剣を握っているわけではないというスタンスを崩してはいなかった。
 それなのに今日は、堂々と『勝負』という言葉を使った。

 何か心境の変化でもあったのか。
 表情を伺っても、いつも通りの笑顔を見せるだけだ。
 どこか腑に落ちないものを感じながらも、俺は頷いた。

 剣を構えて向かい合う。
 剣士としての妹は強い。

 幼い頃から剣を握って来たので技術面はもちろんだが、才能も飛びぬけている。
 剣士の家系であるアルビオルの血、と言ってしまいたいところだが、実際には彼女はイレギュラーだ。

 シェリルはアルビオルの血統では珍しく、魔法の才能を持っていた。

 魔法の才能と言っても大したものではないらしく、魔法使いとして食っていくことが出来るほどのものではないとのことだ。

 ただ、身体強化が出来るので、単純な打ち合いなら俺を凌駕するほどだ。

 魔法の制御は難しいので、普通に剣術をするようには使えないそうだが、打ち込みの瞬間や、鍔迫り合いのタイミングで身体強化を使われるとかなり厄介だ。

 向き合うと即座にシェリルが仕掛けてくる。
 始まりの合図などない。
 俺はシェリルの剣を避けながら、少しずつ下がる。
 下がらなければ当たってしまう。

 下がり続ければ壁に当たってしまうので、捌けそうなものだけ受け流す。
 ただ、その度に押し込まれるような感覚を味わう。

 相変わらず凄い力だ。

 俺は身体がでかい。
 でかい分、力も強いのだが、それでも押し負ける。
 これでシェリルがゴリラみたいな身体をしてるってなら納得も出来るのだが、彼女の見た目はどこにでもいる十三歳の少女だ。

 俺の身体のでかさは親父からの遺伝だが、妹は平均より少し高い程度の身長しか受け継いでいない。

 壁際に追い込まれる。
 シェリルの太刀には、いつになく気合いが入っているような気がした。

 俺に負けたら罰ゲームでもあるのか?

 俺がいつもの練習試合としか捉えていないこの戦いに、シェリルは真剣勝負の決意を持って臨んでいる。
 そんな感じがした。

 だからって負けてやるわけにはいかない。
 俺は剣士だ。
 良くも悪くも、俺には剣しかない。

 負けなければ妹が死ぬとかいうならさすがに練習試合くらいは負けてやるが、そうでないなら嘘は付けない。
 壁際に追い込んだことで欲が出たのだろう、シェリルが溜めを作る。

 溜めを作ること自体は悪いことでもないが、状況による。
 態勢も崩れていないのに強撃を放つ溜めを許してやるほど、俺は甘くない。

 一歩足を踏み出す。

 間合いをずらしながら、シェリルの剣の根元に打ち込む。
 シェリルにとっては態勢も不十分、振り始めた剣の根元で起こる鍔迫り合いは、身体強化を使ったとて踏みとどまれるものではない。
 バランスを崩した妹が必死に下がろうとするところにもう一歩踏み込み、溜めを作って強撃を放つ。

 カン!
 乾いた音を立てて妹の剣が手から滑り落ちた。

 ピタリと、胴体の手前に剣を持って行けば、俺の勝利が確定した。


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