悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

好きな事と好きな人

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 決着が付くと、シェリルはその場に大の字に寝転がって「えへへ」と笑った。

 ついに頭がおかしくなったかと思いながら、転がった木剣を片付ける。

 タオルを二つ手にとって、シェリルの隣に座る。
 その内の一つ差し出すと、奪い取るように掴んで顔の前まで持って行った。

「……なんか臭い」

 匂いを嗅いで、違和感を覚えたらしい。
 俺の手に残ったタオルを見ると新しい物のようで、シェリルに渡した方は少し前に俺が使っていたものだった。

「悪い」と言って新しい方を渡すと、シェリルは手に持っていたのを遠くへぶん投げ、再び俺の手から奪い取るように引っ掴んだ。

「…………何を怒ってるんだよ」
「八当たり」

 どうやら俺は八当たりされているらしい。
 よく分からないが投げ捨てられたタオルを回収し、再びシェリルの隣に座る。

 額の汗を拭って、沈黙をやり過ごす。
 なんて声を掛ければ良いのか分からなかった。

 余計な事を言えば傷つけてしまいそうだし、何も言わなければ薄情な気もする。

 怒りの理由ぐらいは聞くべきだろうか。
 聞いてくれという意思表示なのだろうか?

 シェリルによく『デリカシーがない』だの『女心が分からない』だのと言われている俺には、正解が導き出せない。

 そんな風に迷っていると、シェリルの方から滔々と話し出した。

「私、振られたんだ」

 むくりと起きあがった妹の瞳が薄らと潤んでいることに動揺しながら、泣き顔を見ないように視線を逸らす。

 幼い頃は泣き虫だった妹だが、ここ数年は泣いているところを見ていなかった。

 強い、というよりも強がりなんだということは分かっていたが、強がりな妹が俺の前で泣いたことが信じられずに動揺してしまった。

「そうか」

 頷くことしか出来なかった。
 シェリルの恋愛事情なんて知らない。

 これでも一応は貴族なので、結婚や婚約の話題が全く出ないわけではなかったが、恋愛の話はした覚えがない。
 割と仲の良い兄妹だと思うが、恋愛の話をするかどうかは別の話だろう。

「剣を握る野蛮な女とは結婚できないんだって」

 ポロポロと涙を零す。
 よほど、その相手のことが好きだったのだろう。

 なるほどな、と俺はどこか納得してもいた。

 シェリルが、親父に言われた程度で剣をやめたことが信じられなかったのだ。
 たぶん、好きな相手との婚約の条件が、剣をやめることだったのだろう。

 ああ、これは俺のせいか、と自覚する。
 八当たりをしたくなってしまうわけだ。

 俺が剣を握るように唆したりしなければ、彼女は好きな人と結ばれることが出来たのだから。

 でも、仕方ないだろ?

 だってシェリルが剣をやめるところなんて想像も出来ない。

 剣をやめて、剣のために短くしていた髪も伸ばして、そこらの令嬢のように振る舞うのか?

 誰だよ、それ。

 そんなのもう、俺の知ってるシェリルじゃないだろ。

 そんな奴とは、結婚しなくて正解だ。
 女に大切なものを犠牲にさせてまで理想の妻を演じさせるとか、そんな奴に嫁いだって幸せにはなれないだろ。

 けど、人の価値観というのはそれぞれで、俺にとってはクズにしか思えないそんな男でも、シェリルは好きだったのだろう。

 剣をやめてまで一緒になろうとしていたのに、俺が唆してしまった。
 八当たりしたくなる気持ちは痛いほど分かった。

 けれど、謝る気にはなれない。
 そんな男のためにウジウジ泣いている妹を見ると、無性に腹が立ってくる。
 手に持ったタオルで、顔をぐしゃぐしゃと拭いてやる。

「臭い!」と言って取り上げられ、投げ捨てられる。

 そんなに臭くはないだろう。
 何日も使ったタオルじゃない。
 さすがにちょっとショックだ。

「…………後悔してるか?」

 思った以上に、機嫌の悪い声が出る。
 妹を振った奴のくだらない価値観に対してか、そんなくだらない奴に振られて泣いている妹に対してか。

 何せよ、気に食わない。
 妹は無言で、自分のタオルに顔をうずめたまま、首を左右に振った。

 顔を上げ、「ううん」と少し笑った。

「いつか剣でお兄ちゃんに勝つんだから」

 泣き笑いのその顔が、妙に腹立たしくてデコピンをしてやる。
 額を抑えて痛がる様子が滑稽で、鼻で笑ったら本気で怒られた。


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