悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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男爵令息

熊だと思ってるなら正常な反応

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 泣きながら逃げて行く女の背中を眺める。
 周囲からは痛いほどの視線を浴びせられていた。

 視線を向けてくる奴らの方に向いてやると、あからさまに視線を逸らす。
 ひそひそと、何を言っているのかは分からないが、俺の悪口を言っているであろうことだけが分かる話し声。

 その中を「フレイ」と呼びかけてくるのは、軽薄そうな優男だ。

「……なんだ?」

 そいつに視線を向けても、他の奴らのように視線を逸らすことはない。
 まあ、何度も会話をしているこいつに、いまさらビビられても反応に困るが。

「なんだ? じゃないよ、まったく」

 そう言って、俺の隣に並ぶ。
 その瞬間に周囲の視線が和らいだような気がした。

『一人でいる大男』と、『優男と会話する大男』では、後者の方が見世物としての価値は低いのだろう。

「また女を泣かせてたね」

「まるで俺が悪いみたいな言い草だな」

「君が悪いとは言わないよ。むしろ哀れなくらいさ」

 肩を竦める優男。
 仕草までいちいち軽薄だ。

 この男、ルーラン・トリトリンデはトリトリンデ男爵家の嫡男だ。
 男爵家の嫡男という立場は俺と同じで、そのせいかこうして友人のようなことをやっている。

 いまいち友人と言い切れないのは、軽薄すぎて信用がないせいだろう。
 領地が近いこともあり、今日のような茶会ではちょくちょく顔を合わせていた。

「面白いよね、女の子って。君のことを理性のない熊だとでも思ってるんじゃないか?」

「熊だと思ってるなら正常な反応だな」

 俺は友人が少ない。
 道場には気心の知れた相手もいるが、貴族となるとこいつくらいしかいないのではないだろうか。

 だからこうして、貴族しか呼ばれないパーティなどでは、一人になることが多い。
 今日も義理で出席しただけで、時間を潰すために壁際でジッとしていたのだが、動かない俺を背景だとでも勘違いしたのか、突撃して来た女がいた。

 女ってのは体重が軽いし、ハイヒールなんかを履いてバランスが悪い。
 倒れそうになったのを咄嗟に支えてやったのだが、俺の顔を見るなり泣いて逃げて行った。

 似たようなことは何度もあったから、今さら傷ついたりもしないが、礼より先に悲鳴が出るってのはなんなんだろうな。

「君には婚約者がいなかったよね?」

 俺はまだ、婚約していない。
 来年になれば十五歳。
 そろそろ婚約していておかしくない年だが、まだ相手は決まっていなかった。

 決めていないというよりも、話がほとんどない。
 嫡男とはいえ、田舎の男爵家は人気がないのだろう。

 金だって、道場の収入で平民みたいな暮らしをしているのだ。
 そんな家にわざわざ嫁ぎたがる貴族令嬢は少ない。

 それに加えて、俺は評判が悪い。
 何か悪いことをしたわけでもないのだが、でかくて無愛想な男というのは、それだけで婚約者候補から除外するには十分なのだろう。

「お前もいないだろ」

 痛い腹を突かれたので、苦虫を噛み締めて話を逸らす。

 ルーランにも婚約者がいない。
 ルーランの家は俺の家と違って金持ちだ。
 もともと商人で、いわゆる『金で爵位を買った』わけだ。

 由緒ある貴族からは蔑まれることも多いが、同じ爵位を持つ俺からすると、金があるだけで羨ましい。

 貴族は表面上では金よりも権威を重視するが、腹の中では金がいかに大事かを分かっている。

 権威で飯は食えない。
 単純な話だ。

 ルーランの家には金があるから、婚約の申し込みもひっきりなしに来るだろうに、いまだに婚約者はいないらしい。

「僕は真実の愛を探してるのさ」

「真実の愛?」

 言いながら、鼻息が漏れる。
 貴族の俺たちが、そんなものを求めてどうするんだ。

「やっぱり君はそういう顔をするね」

「どういう顔だ?」

「愛を馬鹿にした顔さ」

 確かに、馬鹿馬鹿しいと思うし、そういう顔をしていたのだろう。
 好きな相手とくっつけるならそれが一番良いだろうとは思う。
 だが、実際には小説のような恋が上手く行った試しがない。

 もしもそんなものが報われることがあるのだとしたら、それが身分に相応しい相手だった時だけだろう。
 だから偽物だとしても、分相応な愛の方が幸せにはなれるはずだ。

「君は一度恋愛をしてみた方がいいよ」

 何の助言だ、それは。

 それに……。
 俺は周囲に視線を巡らせる。

 不運にも、たまたま俺と目が合った女が泣きそうになりながら逃げて行く。


 こんな状態で、どうやって恋愛なんかしろって言うんだ。


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