悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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悪役令嬢6

魔力検査

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 教室の扉を開けて、担任の教師が姿を現す。
 お団子頭で眼鏡を掛けた、厳しそうな女性だった。

 教壇の前に立った彼女は、黒板に大きく自分の名前を書く。
 アルカ・ブランセ。

 ブランセという名前は確か、子爵家だっただろうか。
 文官の家系としてはそれなりに有名で、今の当主も王宮で働いていたはずだ。

「今日から皆さんの担任を受け持つことになりました、アルカ・ブランセです」

 淡々と、最低限の情報だけで自己紹介を終えた彼女は、教壇の上にバインダーを広げる。

 そこに書かれているであろう文字をザッと見ると顔を上げ、眼鏡の位置を直しながら、「それでは自己紹介を始めたいと思います」と生徒の自己紹介を促した。

 自己紹介は前列の左から順番ということなので、私は三番目になった。

「シルティーナ・フェリエールと申します」

 立ち上がり、名乗った後、もう少し何か付け足すべきかと考えて、やめる。
 自分をどう表現するのか、思いつかなかった。

 私には、紹介すべき自己というものがほとんどないのだと、今更ながら気づく。

 公爵家の長女。
 それだけでしかなかった。

 なんて、つまらない人間だったのだろう。
 好きな物も嫌いな物もなくて、やりたいことも、やりたくない物もなくて……。 
 そんな人生の何が楽しかったのだろう。

 けれど今は、歌が好きだ。
 もし私がちゃんと自己紹介をするなら、歌うことが好きだと、今ならば言える。
 けれどまだ習い始めたばかりの歌を得意だというのは恥ずかしくて、今はまだ、ただのシルティーナで良い。

 いつか、誰に聞かれても恥ずかしくないほど、上手に歌えるようになったら、その時は堂々と、胸を張って言おう。

 私は歌が好きで、歌うのが得意だと。

「それでは、これから魔力検査を行います」

 全員分の自己紹介が終わると、ブランセ先生が言った。

「魔力が確認された生徒には、魔法の授業を受けてもらうことになります」

 魔法を使える人はかなり少ない。
 百人に一人程度だっただろうか。
 しかも、自分では魔法が使えるかどうかすらも分かっていないことがある。

 貴族としてステータスになるから、上級貴族であれば誰もが魔力検査を受けているが、下級貴族の中には、魔力検査をするお金がなかったり、魔法を使えることにステータスを感じていなかったりで、検査を受けていない人が大勢いる。

 そのために、学園では大々的に検査をするのだろう。
 魔法が使えるなら、存分に操れるようになっておいて損はない。

「フェリエール、前へ」

 先生が魔力検査用の水晶を鞄から出して教壇の上に置くと、私の家名を呼んだ。
 身分的には呼び捨てなど許されないことだが、教導する立場というのは例外だ。

 私は言われるままに前に出て、魔力検査用の水晶に触れる。
 これに触れて、魔力があると光るそうだ。

 私は以前にもこれを行ったことがあり、前回は全く光らなかった。

 私には魔力がないはずなのに、数年ぶりに測ったら眩いほどの光が、というのを全く期待しなかったと言えば嘘になる。

 うんともすんとも言わない水晶に、軽く落ち込んだ。

 もともと異母妹に張り合うために魔法を使えるようになりたいと望んだだけだったが、才能もないのに勉強をして、魔法という力に興味がないままではいられなかった。

 自分も魔法を使えたらと妄想したこともあって、残念だという気持ちは強い。

 けれど以前のように、苦痛を伴うような辛さはない。
 妹と張り合う必要がなくなったから、精神的にはずっと楽になった。

「残念だったわね」

 同じく魔力が見つからなかったロッテとクレナと雑談する。
 そのあとも魔力なしの生徒が続き、やっと水晶が光ったのは、最後の二人に差し掛かった時だ。

 妹のナリアも魔力は持っていたが、魔力検査は別々にやったので、検査用の水晶が光るのは初めて見た。

 水晶を光らせたのはセイル・サベージという名の少年だった。
 同じ教室にいるのが不思議なくらい、背の低い少年だ。

 私よりもずっと身長が低く、子供のような容姿だ。
 彼はムスッとした表情で水晶を光らせ、何も言わずに席に戻る。

 そして次に水晶に触れたのは、あまり特徴のない少女だ。
 可愛らしい顔立ちではあるが、どこにでもいそうな、平凡な容姿の少女。

 彼女はどこか楽しげに教壇の前まで行って水晶に触れる。
 すると、教室の中を眩い閃光が走った。

 目が焼けるような、強い光だ。
 思わず目をつむり、手を翳して光を遮る。

 周囲からは女子生徒の悲鳴すら聞こえた。

 閃光が収まり、再び目を開くと、教壇の前に立った少女は戸惑ったようにきょろきょろしている。
 おそらくは魔力があることを知らなかったのだろう。

「すごい光だったわね」

 私はそう呟いた。
 魔力検査で光るところを見たことがなかったけれど、こんなにも光るものなのだろうか。

 その前に水晶を光らせた少年は、あそこまで強い光ではなかったけれど。

 誰が見ても分かるほどに光った彼女は、きっとこれから魔法を使えるようになっていくのだろう。

「羨ましいわ」と素直に呟く。

 ない物は仕方ないと割り切ってはいるけれど、羨ましいには羨ましい。
 少し苦笑を浮かべながらロッテとクレナの方を向くと、クレナが頷いたのに対し、ロッテは奥歯を噛み締めるようにして顔を歪めている。

「本当に、羨ましいですわ」

 怨念すらこもっていそうな、絞り出すような声に、私は少し、興味を抱いた。

 誰もが思うように、彼女も魔法を使いたかったのだろう。
 けれどその思いは、以前の私をも凌駕するほど、切実なものなのかもしれない。


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