悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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悪役令嬢6

教室

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 入学式を終えて教室に向かって歩いていると、二人の女子生徒が近づいてきた。
 ロッテ・メリリス伯爵令嬢と、クレナ・レムエラ伯爵令嬢の二人だ。

 私は二人に向かって「ごきげんよう」と格式ばった挨拶をしようとするのだけれど、スカートがいつもより短いことに気づいて軽く頭を下げるだけに留める。

 カーテシーをするには、制服のスカートは短い。
 摘み上げたら下着が見えてしまうかもしれない。

 ロッテとクレナの二人も、「ごきげんよう、シルティーナ様」と挨拶をしながら、軽く頭を下げるに留める。
 彼女たちとは古い仲だ。

 パーティや茶会などに出席すると、必ずと言って良いほどこの二人と共にいる。
 上級貴族で、派閥も同じとなると出席する場所も被ってくるのだ。

 とはいえ、友達と呼べるほどに親しいかというと疑問で、互いの家を行き来するでも、文を交わすでもなく、淡泊な関係と言えるだろう。
 彼女たちからしてみれば、フェリエール公爵家との繋がりを作るために、私と親しくしておけと両親から言い含められているのかもしれない。

 友達だって、自由に作って良いわけじゃないのが貴族というものだ。

「久しぶりね、二人とも」

 少し砕けた態度で、私は彼女たちに話しかける。
 実際がどうであれ、表面上は私と彼女たちは親しい友人なのだ。

 それを周囲の人も分かっているし、いつまでも格式ばった態度でいる方が不自然だ。

「シルティーナ様に会えなくて寂しかったですわ」

 そう言ってほほ笑むのはロッテだ。
 令嬢教育のお手本のような言葉づかいは、いっそ不自然なほどだったけれど、彼女はいつもそうなので、特に違和感はない。

「お久しぶりです、シルティーナ様」

 落ち着いた様子なのがクレナだ。
 自己主張の少ない彼女は、何を考えているのか分かりづらい。
 ただ、子供の頃から三人一緒にいるので、いるのが当然で、いないと何か足りないような気がする存在だ。

 私たちと共にいて、楽しいのかどうかも分からない。
 もっとも、私もロッテも、この関係を楽しめているとは思えないのだけれど。

 三人で並んで廊下を歩く。
 上級貴族の令嬢が、三人も並んでいるので、前を歩いている生徒も自然と道を譲る。

 まあ、三人でなかったとしても、公爵令嬢である私が歩いていれば、勝手にこうなるのだろうけれど。

 教室に辿り着く。

「まあ、これが教室ですのね」

 ロッテが感動するような、呆れるような声を漏らす。

 木造の、それほど広くもない一室に、十五個の粗末な椅子と机。
 それと向かい合うように教壇があり、その背後には大きな黒板。
 貴族が十五人も並んで勉強する場所にしては、いささか質素に過ぎる内装だ。

 普段、私たちが生活するような空間とは掛け離れており、貧乏臭いと受け止めることも出来る。
 上級貴族が案内されたら、怒りだしたとしても文句が言えない。

 そんな空間に呆れを滲ませるのは、上級貴族の令嬢としてはもっともな反応だろう。
 けれどそこに微かに感動が含まれているのは、この学園が、数十年という歴史を持っているからだ。

 多くの貴族にとって、学園の話は親や先輩から聞かされる輝かしい青春の話だ。
 それを題材にした物語も多数出版されており、実際に物語の現場に足を踏み入れたような感動が、ロッテにもあったのだろう。

 机には名前の書いた紙が張り付けてあって、私たちはその場所に座る。
 私の席は最前列の真ん中で、左右にロッテとクレナが座った。

 伯爵家の人間はこのクラスにも後一人か二人いるはずだが、学園側が私に気を使ってこういう並びにしてくれたのだろう。
 まだ担任の教師は来ていなかったので、二人と談笑をしながら過ごしていると、ふと、ロッテの動きが止まる。

「ロッテ……?」

 全身の筋肉が固まったような仕草の彼女に首を傾げ、視線を追うと、ちょうど一人の少年と少女が入室してくるところだった。

 二人は余っていた机の椅子に座り、教室の生徒十五名が揃ったようだ。

「なんでもありませんわ」

 ロッテは満面の笑みで誤魔化した。
 誤魔化したことは分かったけれど、何を誤魔化したのかまでは分からなかった。

 追及して聞こうというほどに、親しいわけでもない。

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