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ヒロイン3
寮長
しおりを挟むアルティナに説教を食らってぐったりした私は、もうベッドで休んでしまおうかと思っていたのだが、その時にコンコンとノックの音が響く。
誰だろうか。
私にはまだ、部屋を訪ねてくるような知り合いはいない。
入学式でも教室でも、隣にいた男の子とは話をしたけれど、女の子の友達はまだ出来ていなかった。
まさか女子寮の私の部屋に男の子が訪ねてくるはずはないので、首を傾げる。
アルティナが応対に出て、すぐに戻ってくる。
「エイラ・ブレイディ侯爵令嬢がお越しです」
その名前には聞き覚えがなくて首を傾げる。
アルティナが平坦な調子で「貴族年鑑ぐらいは読むものですよ」と説教モードに入りそうになったので、顔を引き締めてご令嬢モードを発動する。
一応アルティナに教わって、ある程度のマナーとかは出来るのだ。
「お招きしてください」
口調もそれっぽく変えてみる。
アルティナは満足したのか、エイラさんを待たせることは出来ないと思ったのか、お説教はなく、再び扉に向かった。
アルティナが開けた扉から現れたのは、黒髪の女の子だった。
長く艶やかな髪に、ツンと尖った鼻。
吊り目がちで、勝気に見える少女だ。
使用人は一緒にいないようで、一人でこの部屋に乗り込んで来たらしい。
「よ、ようこそ、ブレイディ様」
緊張する。
子爵家くらいの相手ならば、これまでにも接したことがあるし、慣れているけれど、侯爵家のご令嬢と接する機会なんてほとんどなかった。
ほとんどというか、全くなかったと言っても良いかもしれない。
アルティナに習った通りに振舞ってみるけれど、上手く出来ているか不安だ。
「これはご丁寧にどうも。私がエイラ・ブレイディよ!」
バーンと効果音が聞こえて来そうなほど堂々と、彼女は自分の胸に手を当てて、名乗った。
自信に充ち溢れた仕草だけれど、顔立ちが幼いからだろうか。
どこか微笑ましくも思えた。
「ブ、ブレイディ様……?」
「私はここの寮長をやってるわ! これからここの生活についての説明をするから、ホールまで来て頂戴!」
手招きをするような仕草をしながら言う。
ふふん、とどこか得意げな様子だ。
「は、はい!」
返事をすると、ドタドタと忙しそうに出て行った。
ああやって自ら新入生を呼び集めているのだろうか。
侯爵令嬢なのに、随分とアグレッシブな人だ。
彼女が出て行くのを見届けて、ホッと息を吐く。
「嵐みたいな人でしたね……」
アルティナが呆然としたように呟いた。
私もポケッと呆けていたのだけれど、侯爵令嬢が自ら呼びに来たのに遅れるわけにはいかないので、気を取り直してホールに向かう。
幸いにも制服を着たままだったので、このままの恰好で平気だろう。
部屋の扉を開けると、どこからか「お嬢さまー、お待ちをー」という間の抜けた声が聞こえて来て、すぐに目の前を制服姿の少女が駆け抜けて行った。
私はアルティナと顔を見合せて首を傾げながら、ホールへと歩き出す。
ホールには既に沢山の女子生徒たちが集合していた。
制服の子もいれば、ドレスに着替えている子もいる。
私がアルティナに叱られている間に、着替えてリラックスしていた子も多いのだろう。
最後に数人がホールに姿を現し、その背後にエイラ・ブレイディ様がいた。
侍女のように彼女に付き従っているのは、制服を着ているので生徒なのだろう。
よくよく見ると、さっき部屋の前ですれ違った女の子だ。
彼女が慌てて追いかけていたのは、ブレイディ様なのだろう。
「よく集まったわね! 私がこの白百合寮の寮長、エイラ・ブレイディよ!」
集まった私たちに向かって、彼女は言った。
ホール中に響くような良く通る声だ。
「慣れない寮での暮らしに、分からないこともたくさんあるでしょう。だからこの、白百合寮でのルールを、私が、直々に教えてあげるわ!」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすブレイディ様。
そして、彼女は言い放つ。
「リゼ、説明なさい!」
直々に、という言葉はどこへ行ったのか、彼女の後ろに控えていた制服姿の女の子が、「ひゃい!」と可愛く返事をして、一歩前に踏み出すと、小さな紙片を手に説明を始めた。
食事の時間や、お風呂の順番。
レクリエーションルームや図書室の使い方。
その説明は分かり易いのだが、ところどころ噛んでしまうのはご愛敬といったところだろうか。
「分からないことがあったら私に聞きなさい! 何せ私は、この寮の寮長なのだもの!」
ブレイディ様は、自信満々に自分の胸を叩く。
彼女がちゃんと寮長を出来ているのかは分からないけれど、彼女が寮長という役職に誇りを持っているのだけは分かった。
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