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ヒロイン3
石畳
しおりを挟むスケッチブックを片手に学園内を歩いていた。
絵を描くのは私の趣味なのだけれど、王都に来てから忙しくて、あまり描けていなかった。
フレイの剣術に対する想いに触れて、自分の好きなことに熱中することがどんなに素敵なことかを思い出した私は、早速絵を描こうと、被写体を探して歩き回っていた。
時間はまだお昼を過ぎたくらいだけれど、すでに放課後だ。
昨日は入学式もあったので軽い自己紹介と魔力検査だけをして、今日は時間割や施設の説明などを受けただけで、放課後になった。
説明がてら食堂で昼食をとったら、あとは各々自由行動だ。
学園を見て回るのも良いし、学園の外でショッピングをするのも自由だ。
ただ、学園を出る時は制服を着ていてはいけないことになっている。
この学園は貴族しか入学出来ない場所だから、制服を着ているだけで、自分が貴族だと主張しているようなものだからだ。
馬車に乗って、貴族として振る舞うのならば制服を着ていようと関係ないのだろうけど、友人や使用人と共に、少人数で行動している時は、貴族だとばれると厄介なことに巻き込まれる可能性がある。
それを防ぐために、制服での外出が禁止されているのだろう。
この時間、他のみんなは何をしているのだろうか。
学園内に人の姿は少ないので、寮で大人しくしているか、どこかに出かけたかだろう。
人の姿が少ないといっても、二年生、三年生はすでに通常通りの授業が始まっているので、教室で勉強をしているのだろうけど。
被写体になりそうなものは沢山あった。
校舎や寮の建物、桜の木、色とりどりの花が並んだ庭園、テニスコートやサッカー場。
剣術や魔法の鍛錬所に、大きな演劇場まで。
演劇場は、普段は演劇部が使っているそうだが、たまにプロの劇団がやってきて生徒向けの公演を開いたりもするそうだ。
音響設備が整っているので、音楽会が行われることもあるらしい。
どこを見ても、私には馴染みのないものばかりで、絵を描いてみたいと思わされるものだ。
だからこそ、最初にどこを描こうか迷って、学園内を彷徨っていた。
「にゃー」という声が聞こえたのはその時だった。
振り返ると、そこには昨日の猫ちゃんがいた。
縞模様の美人さんだ。
猫ちゃんはトコトコと私の前まで歩み寄って来ると、「にゃー」と陽気な鳴き声を上げ、スタスタ去って行く。
私は慌ててその後を追いかけ、走っていく。
淑女は走らない、とアルティナには注意されたけれど、私は走るのが速いのだ。
猫ちゃんのためならどこまでも走れそうだった。
けれどスタスタと蛇行しながら走る猫ちゃんに翻弄され、徐々に息が切れてくる。
なんだか遊ばれてる気がしないでもないけど、あんなに可愛い猫ちゃんがいるのに、走るのをやめるなんて出来るわけがない。
私はスケッチブックを握りしめたまま、猫ちゃんを追いかけ回した。
けれど先に音を上げたのは私の方で、結局猫ちゃんには逃げられてしまった。
どこに行ったのだろうかと辺りを見回していると、いつの間にやら校門の近くまで来ていたようだ。
ここは、昨日猫ちゃんと出会った遊歩道の入り口だ。
それならまた、猫ちゃんは木の上にでもいるかもしれない。
そう考えて遊歩道の中へと足を踏み入れる。
キラキラと輝く木漏れ日に照らされて、相変わらず綺麗な道だ。
木々の匂いが清々しくて、この場所にいるのが心地いい。
この景色でも描いてみようか。
そんなことを考えながら歩いていると、遊歩道の出口が見えて来た。
遊歩道自体はそれほど長い道ではない。
二、三分もあれば反対側の出口についてしまう。
けれど木々に囲まれた道から、急に視界が開ける解放感がそこにはあった。
キラキラと降り注ぐ春の日差し。
遊歩道の先には石畳の道が続いていて、その先に綺麗な建物がある。
白い壁に、青い屋根。
あれは、教会だろうか。
周囲を見渡すが、猫ちゃんはいない。
完全に見失ってしまったようだ。
がっかりしながらも綺麗な教会の建物に、創作意欲が刺激される。
あれを被写体にしようか……。
そんなことを考えながら石畳を歩いて行くと、正面から歩いて来る一人の男の子に気づく。
眩しい銀色の髪をした彼は、入学式の前に私を助けてくれた男の子。
第三王子のロイド殿下だ。
あの時はまだ、彼が王子様であることを知らなかったから平気だったけれど、知ってしまった今となっては緊張する。
彼もこちらに気づいたようで、ちらりと視線を向ける。
昨日のお礼を言わなければと立ち止まって待っていると、歩いて来た彼は私の前で止まらずに、そのまま通り過ぎて行ってしまう。
あれ?
もしかして私のこと、覚えてない……?
木から落ちたところを助けてもらうなんて、私にとってはそれなりにセンセーションな出来事だったのだけれど、彼にとってはそうでもないのだろうか。
ともあれ……。
「あの!」
私は振り返り、彼の背中に声を掛けた。
振り向いた彼は、思案気に眉を寄せて私を見て、「ああ、昨日の」と思い出したようだった。
「あの、昨日はありがとうございました! 今度お礼を――!」
言い掛けた私に、彼は手の平をスッと向けて言葉を制する。
そして……。
「お礼はいらない。それと、私には関わらない方がいい」
そう言って、スタスタと遊歩道の方へと歩いて行った。
私は、大して裕福でもない男爵令嬢だ。
私に出来るお礼なんて限られていて、私に出来ることなんて、王子殿下ともなれば簡単に手に入れることが出来るだろう。
だから、誰とも知らない女子生徒からのお礼を面倒だと思って断るのは、不自然じゃない。
不自然じゃないけど、ならなんで……。
「そんなに寂しそうに言わないでよ」
それはとても、王子としての傲慢な態度には見えなかった。
欲しい物が絶対に手に入らないことを悟ってしまった子供のような、寂しげな、悲しげな表情だった。
もやもやした気持ちでスケッチブックを抱えた私は、教会をデッサンする気力も失せて、その場を立ち去る。
道をそれて走って、もやもやした気持ちを吹き飛ばす。
彼がいらないと言っても、いつかきっと、お礼を叩きつけてやる。
そんな、よく分からない決意を固めた。
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