悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

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ヒロイン3

先生……?

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 椅子にちょうど良い丸太を見つけたので、そこに座って桜を描いた。

 結局、描くのは桜にした。
 理由は特にない。

 たぶん見つけた丸太が座り易そうで、絵を描くのにちょうど良かったからだと思う。

 膝にスケッチブックを乗せて、さらさらと桜を書き込んで行く。

 はらはらと舞う花びらが雪のようだ。
 幹の凹凸を鉛筆で丁寧になぞりながら、思うのはさっきのことだ。

 ロイド殿下の、どこか諦めたような表情。
 はぁ、と小さくため息をついたら、余計な力が入ったのか、鉛筆がスケッチブックの上を滑った。

「えぇ……?」

 せっかくもう少しで桜の幹の、細かい凹凸を描き終わるというところだったのに、滑った鉛筆が余計な線を一本、長く伸ばしてしまう。

 幹に矢でも突き刺さっているような絵が完成してしまい、もう一度溜め息を吐く。

 筆箱から消しゴムを取り出す気力もなくて、三度目の溜め息を吐くと、スケッチブックを捲って他の絵を描き始める。

 サラサラと、思った以上に記憶に残っていたのは、ロイド殿下の顔だ。

 銀色の美しい髪は、鉛筆一本では再現が難しかったけれど、なかなか上手く描けているのではないだろうか。

 絵の中でまで寂しそうな目つきをしていたので、少し修正して、絵の中ぐらいは満面の笑みにしてやろうと思ったのに、ロイド殿下が笑っているところが想像出来ない。

「唸れ、私の想像力!」

 そんなことを呟きながら、ガシガシと目元を描き換えて、さっきは面倒で取り出さなかった消しゴムを取り出して修正を加える。

「…………なにこれ」

 そこには似ても似つかない男性が描かれている。

 容姿としては確かにロイド殿下なのだけれど、表情が違いすぎて、軽薄な男性にしか見えなかった。
 確かにあの寂しそうな印象は消えたけれど、これじゃあ彼の良いところを全部消してしまったようで納得がいかない。

「へー、上手いものだな」

 耳元から聞こえた声にビックリして仰け反る。

 私の右肩に、背後霊のように顔を突き出してスケッチブックを眺めていたのは、スーツ姿の男性だった。

 年は三十歳くらいだろうか、初対面の男性だ。

 ここは学園で、大人と言ったら先生と使用人、あと学園の職員くらいしかいないのだが、彼はそのどれにも当て嵌まっているようには見えない。

 不精髭に、強い寝ぐせ。
 眼鏡のフレームが曲がっていて、ネクタイもずれている。

 仕立ての良いスーツなので、浮浪者とは思えないけれど、不審者であることには変わりない。
 大声を上げるべきなのだろうか。

 椅子から立ち上がって男性と距離を取りながら考える。

 彼が不審者でなかったら、職員ではあり得ないだろう。
 職員は身元のハッキリした人間じゃなければなれないし、身だしなみも重要視される。

 目の前の男性のような出で立ちで学園内をうろついていたら、すぐに解雇されてしまうはずだ。

 ならば使用人かというと、それも違う。
 貴族の使用人が、こんなにずぼらなわけがない。

 男爵家の私でさえ、連れてきた使用人はあのきっちりとしたアルティナなのだ。
 私と同等か、それ以上の身分の人しかいない学園に、こんな使用人を連れてくる人はいないだろう。

 となると残る可能性は先生なのだが……。
 この人が……?

「え、っと……先生?」

「何で疑問形なんだ?」

 そう言った男性は、一歩私と距離を詰めると、手に持ったままだったスケッチブックを自然な仕草で奪い取る。

 あまりに自然なので、奪い取られるまで気付かなかったほどだ。
 男性はスケッチブックをまじまじと眺め、ふぅん、と頷いて返す。

「ロイド殿下が好きなのか?」

 思ってもみないことを言われてキョトンとする。

 確かに、一人で殿下の絵をスケッチしていれば、恋心だと思われても不思議ではないかもしれない。
 でも、そういうことではないのだ。

 ただ、あの諦めたような、寂しそうな顔が気にくわないだけで、好きだとか、そういう甘い話ではない。

「いえ、まったく」

 ブンブンと手を振って応えると、男性はプハッと噴き出した。

「そこまであからさまだと、不敬罪に処されても文句は言えないぞ」

 くっくっく、と堪えているようで堪え切れていない笑い声を上げながら、お腹を抱えている。

 それで、この人は誰なんだろう。


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