俺とお前の快楽日記

成木なお

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俺とお前の快楽日記1-8-1

 コンドーム工場での撮影から一週間。季節は着実に夏から秋へと移ろい始めていたが、俺たちの頭上には未だ解決の糸口が見えない。とても分厚い暗雲が、今もしぶとく垂れ込めていた。例の案件――相州ゴム製造所からの依頼は、想像以上に難航していたのだ。

「――というわけで、相州さんの件、現在の進捗を教えてくれる?」

 株式会社アウトキャスト、第二会議室。

 白を基調とした無機質な空間に、姉である詩穂の凛とした声が響く。ホワイトボードを背に、彼女はカツンと小気味良い音を立ててマーカーのキャップを閉めた。その目は、マネージャーとしての厳しさと、姉としての親密さをない交ぜにした、複雑な色を湛えている。

 向かい合うのは、資料を手に居住まいを正す俺とエリアス。そして、俺のスマホの画面の中で、退屈そうにペン回しを繰り返すAI、コナタ。相州ゴム製造所から受けた案件についての、中間報告会が始まった。

 企業案件となると、姉の会社がプロジェクトの主導権を握る。動画の品質、企画内容、その一つ一つが厳しいチェックに晒される。信用こそがこの世界の通貨。そして、その価値を担保するのが姉の仕事。たとえ相手が弟であろうと、そこに一切の容赦はない。

「それでは、ボクからご報告します」

 緊張した面持ちで、エリアスが口火を切った。

「先日の工場取材の動画ですが、編集は順調に進行しており、全体の八割方が完了しています。今週中には、相州ゴム製造所様へ監修をお願いできる見込みです」
「あら、想像以上に早いのね」

 姉が意外そうに目を瞬かせる。その視線を受けて、俺は少し得意げに胸を張った。

「エリアスが、もうすっかり編集に慣れてくれたからな。俺とコナタだけでやっていた頃より、格段に効率が上がってる。同じ部屋で作業してるから、外注さんにお願いするより意思疎通もスムーズだし」
「んー、それは喜ばしいことだけど、早すぎるのも考えものね。相州さんには、一ヶ月ほどが目安と伝えてあるんでしょう? なら、そこは期日通りに進めましょうか」
「だね。余裕綽々なのがクライアントに伝わるのは、あまり良いことじゃない。此方としても姉君の案に賛成かな」

 コナタの冷静な分析に、エリアスはこくりと頷く。

「では、監修に回すのは、当初お伝えした期日のままで進めます」
「そうね。工場紹介の動画については、それで問題なし、と。追加取材の必要もなさそう?」
「うん、素材は充分。そこは問題ない」

 ない、のだが。

 俺は言葉を濁し、会議室のテーブルにどっかりと鎮座する二つの段ボール箱に目をやった。今日、相州ゴム製造所から届いたばかりの、現物見本だ。

「それにしても……」

 箱を開けた瞬間、俺は思わず呻いた。

「こんなにバリエーションがあったんだな」

 色とりどりのパッケージが、隙間なくみっちりと詰め込まれている。その光景は、壮観であると同時に、途方もないプレッシャーとなって俺の肩にのしかかってきた。

「同じ型から作られるゴムでも、厚さや色の違いがあるからね。人類の薄さに対する情熱には恐れ入るよ」

 コナタが、どこか他人事のように呟く。

「今だと、0.01ミリが一番薄いのかしら」
「相州ゴム製造所さんのは、0.03ミリまでですね。残念ながら、厚みの競争では後れを取っているようです」

 エリアスが、サンプルを一つ手に取り、神妙な面持ちで補足した。

「そもそも、そんなに薄い必要があるのかい?」

 コナタの純粋な疑問に、エリアスも「さあ……」と首を傾げ、二人の視線が俺に突き刺さる。未経験者たちからの、無垢で残酷な問いかけ。俺は居心地の悪さに目を泳がせながら、当たり障りのない言葉を探す。

「宣伝文句としての効果は、大きいんだろうな。インパクトあるし」
「そういう第三者視点は要らないから。ほら、正直に答えなよ結弥」

 具体的な感想を求められていたようで詰めてくるが、姉さんも居る環境で、そんなこと口にしたくない。でも、弟の俺がそんなことを考えていたら、当人は臆面も無く口を開くのだ。

「体温が伝わりやすいのは悪くないと思うけど、個人的には潤滑ゼリーが多めのタイプがお薦めかしら。やっぱり、スムーズに……」
「姉さんはもっと恥じらいを持って!! エリアスも真っ赤になってるだろ!?」

 赤裸々という言葉が、どうして生まれたのか。思うに、姉さんみたいな人種が居たからだろう。可哀想に。この中で一番経験値の低いエリアスなんて、もう会話に口を挟めなくなってるじゃん。

 俺が叫ぶと、エリアスは顔を俯かせ、耳まで真っ赤に染めていた。

「あら、結弥たち、もしかしてまだそこまで進んでないの?」
「はぁ!? な、なんで姉さんが……!」
「見てればわかるわよ。エリアスくんが結弥のことを大好きなのは。てっきり、もうお付き合い済みだとばかり。なんだ、使ってないんだ」
「結弥、奥手だから」
「コナタまで加勢するな!! 話戻すぞ、相州さん案件についてだけど、何かネタない?」

 このままでは、ただのセクハラ会議で終わってしまう。

 俺は強引に軌道修正を図った。

 相州ゴム製造所の商品をどう売るか。現状、相州ゴム製造所は他メーカーの後塵を拝している。単に動画で紹介するだけでは、一過性の話題で終わってしまうだろう。

 別軸の、売上げに繋がる施策を考えなければならないのだ。俺も考えるから、みなさんもじゃれ合うのはやめて、アイデア出してくれませんかね?

 俺が必死に思考を巡らせていると、それまで蚊帳の外に置かれていたエリアスが、おずおずと手を挙げた。

「あの……簡易的ではありますが、市場調査をしてみました。やはり、薄さや感度を重視したもの、フィット感に優れるものが売れる傾向にあるようです」
「となると、相州さんの製品だと、あの0.03ミリのラインか」
「だね。でも、他社が0.01ミリを出している状況では、競争力が低いのがネックだ。人類は『薄さ=感度』と短絡的に認識している節がある。パッケージに記載された数字で劣っているのは、かなり厳しいと言わざるを得ない」
「なあコナタ、厚みと感度の間に、明確な因果関係ってあるのか? 例えば、相州さんの0.03ミリでも、素材の優位性でアピールするとか」
「んー、厳密な研究論文は、調べた限り見つからないね。ただ、コンドームを装着することで、ペニスの感度が即座に低下するという研究はある。つまり、生の状態とは大きな違いがあるだろうけど、ゴム装着時、その厚みの違いによる感度の有意差を示す客観的データはない。素材による違いも、現状では主観の域を出ない。少なくとも、感度という点で優位性をアピールできる材料はない、と判断すべきだろうね」

 正攻法では、勝ち目なしか。

 重い空気が会議室に漂う。だが、前向きに捉えれば、薄さや感度で競うのは難しいという結論が出ただけでも、一つの成果だ。この方向性では戦えない。そう判断し、俺は再び商品の山に目を戻した。

「動画としてインパクトがあるのは、形状が特徴的なやつだな。紹介しやすい」
「粒々のついた商品や、螺旋状に捻れているものですね。結弥さんのおっしゃる通り、動画映えはすると思います」
「難点は、普通に競合がいることかしら」
「コンドーム市場も、かなりの激戦区だからね。そこは、ブランディングで差別化を図るしかない。難しいけど、結弥の知名度を活かせば、不可能なミッションではないと思うよ」
「じゃあ、方向性としては、特殊な形状の商品をプッシュしていく、と……」

 これ以上議論を続けても、画期的なアイデアは生まれそうにない。会議のメンバーもそれを感じ取っているのか、その表情には『妥協もやむなしか』という諦めの色が浮かんでいた。俺だってそうだ。

 企画を考えるとき、稀にだが天啓が閃くことがある。『これこそが正解だ』と確信できる、完璧なアイデア。だが、今回はそんな高揚感が一向に訪れなかった。

「そういえば、このお仕事、最終的にどれくらいの売上を見込んでいるのでしょうか」

 ふと、エリアスが尋ねた。

「そっか、エリアスくんは入ったばかりだから、予算感とかは知らないわよね。この案件、うちが受け取る額は、大体これくらいよ」

 姉が電卓を弾き、その液晶画面をエリアスに見せる。具体的な値は伏せるが、数字が七つ並ぶ額だ。株式会社アウトキャストが、相州ゴム製造所から受け取る金額。相州ゴム製造所の企業規模からすれば、これは相当な博打に違いない。

 その事実を、俺もコナタも姉も理解しているからこそ、プレッシャーを感じていた。

「つまりは、まあ。企業としては、これぐらいの売上げは出したいわけだ」

 で、俺が姉さんから電卓を借りて、また数値を打ち込んでいく。そこに出したのは、投資した広告宣伝費に対して、費用対効果として出したいライン。

 ROAS。Return On Advertising Spendの略で、広告費用対効果とか言われるやつ。他にもROI、Return on Investmentなんて概念もある。こっちは投資利益率。

 どのような指標を使うにせよ、企業の本音としては投資額より稼ぎたいわな。

 そして、具体的な数字を目の当たりにしたエリアスの顔から、すっと血の気が引いた。

「……これ、は……、かなりの数を売らないと採算が取れませんよね?」
「そうよ。だからこそ、結弥に依頼が来たの。これまでの案件で、きっちり企業に利益をもたらしてきたっていう実績があるから」
「今回は、正直かなり難しいけどな。コンドーム自体、利益率が高い商品じゃないし……。どうしよう」
「ま、最悪此方が提案したコラボグッズを出せば、投資分くらいは回収できるでしょ」
「コナタさん、何か秘策があるのですか?」
「あるよ。結弥の水――」
「みず?」
「それは本当に最終手段だから口にするな!!」

 口元に悪魔的な弧を描くコナタを、俺は必死に制止した。自分の水着写真集付きコンドームの販売だけは、何があっても阻止しなければならない。

 いずれにせよ。

「……どうやって売るかは、試さないことには結論出ないしな」

 小声で呟く。

 ここに届いたコンドームは、後で俺の部屋に運び込むことになっている。実物を検証した上で方針を確定しよう。そう思って呟いたのだが。

「え、試す……?」

 唯一、俺の呟きが聞こえたらしいエリアスが、なんか顔を青くしていた。
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