俺とお前の快楽日記

成木なお

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俺とお前の快楽日記1-8-4

「おや?」

 ゴロゴロ、と遠くで空が唸る音がした。その異変に最初に気付いたのは立花さんだった。彼の顔が上に向くのに合わせて、俺も空を見る。さっきまでどんよりと曇っているだけだった空が、いつの間にか不穏な黒に染まっている。生暖かい風が、アスファルトの熱気と土埃の匂いを運んでくる。

「あら」
「雨、ですね」
「……げっ」

 ヘレナ、エリアス、俺の順に呟く。瞬間、大粒の雨がぽつり、ぽつりと地面を叩き始めた。それは瞬く間に数を増やし、ザアアッと音を立てて、視界を白く染め上げる。街の喧騒は雨音に掻き消され、人々は悲鳴を上げて屋根のある場所へと走り出した。

「きゃっ!」

 ヘレナが小さな悲鳴を上げる。それをスマートにかばうのは立花さんだ。どこから取り出したのか、漆黒の大きな傘をヘレナの頭上に広げ、降り注ぐ凶器のような雨粒から完全に守る。自分が濡れるのを厭わず、あくまで優雅に、しかし迅速に主を守るその動きは、訓練された騎士のようですらあった。

「エリアス」
「わかっています」

 俺とエリアスは、打ち合わせたかのように同時に動いた。守るべきは、買ったばかりのゲームが入った紙袋。ジャケットを脱いで紙袋に被せるエリアス、そしてヘレナに中身がバレないように、さり気なく視界を遮るポジションに移動する俺。

 万が一にも、この黒い袋が濡れて破けたりしたら、ヘレナの目の前で男同士の濃厚な恋愛を描いたゲームが散乱するという、社会的に死ねる事態になりかねない。エリアスの兄としての尊厳、そして俺の心の平穏を守るための必死の戦い。

 俺たちの決死の防衛行動の甲斐あって、紙袋は無事だった。しかし、俺たちの身体はびしょ濡れだ。最近の天気はどうなっているのだろう。突発的な豪雨が増えてきているらしいが遠慮していただきたい。徐々に勢いを増すならまだしも、いきなりクライマックス級の豪雨が降り出すのは反則だろう。

「皆様、こちらへ」

 立花さんの冷静な声が響く。屈強なSPたちが素早く傘を広げ、俺たちと車の間に即席の屋根を作った。その見事な連携プレーに感心している暇もなく、俺たちは半ば押し込まれるようにして、黒塗りの高級車へと乗り込んだ。

 バタン、と重厚なドアが閉まる。外の喧騒と雨音が嘘のように遠ざかる。車内は、外界から完全に隔絶された静寂な空間だった。

 流されて乗っちゃったな……。前回、コンドーム工場を取材させて貰ったときと同じ車種。あのときも思ったけど、高い車って乗り心地良いな。革張りのシートはふかふかだし、何より音が静か。

「結弥さん、急いで乗り込みましたが、お怪我はありませんか? 服がびしょ濡れじゃないですか」

 隣に座ったエリアスが、心配そうに俺の顔を覗き込む。そういうエリアスの方も似たり寄ったりだ。お互い川に落ちたのかと見紛うぐらいで、なんだか面白くなってくる。

「お前も一緒だろ。ぐっちゃぐちゃ」

 彼の陽光を吸い込んだような金髪も、雨に濡れてしっとりと落ち着き、普段より色が濃く見える。エリアスはジャケットを脱いでしまったせいで、上質な白いシャツが肌に張り付き、その下のしなやかな身体のラインがうっすらと透けていた。無駄な肉のない、それでいてきちんと鍛えられているのがわかる健康的なシルエット。男同士だ、別に今更恥ずかしがることもないはずなのに、どうしてか直視できず、俺は慌てて視線を逸らした。

「荷物は?」
「死守しました」
「なら、一安心だな」

 そう言って微笑むと、エリアスが「あっ」と小さく声を漏らし、頬を染めて口元を押さえた。

「……結弥さん、シャツ透けてます」
「お前もだろうが」

 今日は白地のTシャツだったから、俺の方も肌が透けてしまっているらしい。気まずい。お互いに、どう反応していいかわからず視線を彷徨わせる。この沈黙、どうしよう。

「後部座席のお二人、シートベルトをお願いします」

 気まずい空気を破ったのは、運転席から聞こえる安定の立花さんの声だった。

 ちなみに、雨からの避難が最優先だったため、ヘレナは最短距離だった助手席に座っている。

「お二人とも酷い有様……。このままではお兄様達が風邪を引いてしまいます。立花さん、屋敷に連絡を。お風呂の準備をお願いします」

 後部座席の俺たちを振り返ったヘレナは、その惨状を確認するや否や、眉を寄せて立花さんに懇願する。優しい子だ。エリアスにそっくり。

「かしこまりました」

 運転席に座る立花さんが、インカムに指を当て、何処かへ連絡を取り始める。屋敷? 風呂? 嫌な予感が脳裏をよぎる。

「いや、俺は適当なところで降ろしてくれれば――」
「駄目です。こんな土砂降りの中、お一人で帰すわけにはいきません。ボクたちの家にいらしてください」

 エリアスが、有無を言わせぬ力強い口調で言う。その真剣な眼差しに、俺は反論の言葉を失った。

♦ ♦ ♦

 車は、雨で渋滞する秋葉原の街を滑るように抜け出た。窓の外を流れる景色は、雨粒で滲んで輪郭がぼやけている。

 俺、エリアスの家の場所も知らないんだよな。

 どれぐらいの距離にあるのだろうか。埼玉ではなさそう。それは、空気でわかる。エリアスのような超上流階級が、埼玉のような地味な県に屋敷を構えるイメージが湧かない。

 あ、でも本国の実家は、それなりに地方なんだっけ?

 車中では、ヘレナを中心に取り留めの無い会話が行われている。主に、俺についての話だ。初対面の日本人に興味津々なのだろう。ヘレナが疑問を口にすれば、それに俺が応じて、エリアスが何故か誇らしげに口を挟み、立花さんが存在しない記憶を捏造する。

 ……いや、なんでだよ。

 車中で、なんか俺の立ち位置が怪しくなっていく。

「まあ。結弥お義兄様は、エリアスお兄様と立花さんの幼なじみでもあるのですね。道理で仲が良いと」
「気心の知れた仲ですから」
「違うから。てか、エリアスまで幼なじみ扱いしてきたな、この執事」
「あはは、結弥は物忘れが激しいな」

 気がつけば、立花さんとエリアスと一緒に、子供の頃野山を駆けたことになっている。ヘレナに信じるなよと言い含めるも、立花さんが「あの頃は楽しかったですね」なんて相槌を打つものだから効果が薄い。

「エリアスも訂正しろよ」
「……割と本当ですし。仲が良いのも」

 エリアスは悪戯っぽく笑うだけなので、俺に存在しない竹馬の友が生じてしまった。過去の捏造は困ったものだが、立花さんの巧みな話術のお陰で車中の雰囲気は和やかだった。

 しかし、雨の勢いは増すばかりだ。降り注ぐ雨粒は大きく、それが激しく窓にぶつかってくる。立花さんが、ワイパーの速度を上げる。視界が、どんどんと狭くなる。その影響か、外と内とが隔てられたような気がしてならない。この車の中だけが世界で、扉を開けた先が消えてしまいそうな、それほどの思いを抱くほどの土砂降り。

 エリアスが俺を見る。同じような寂しさを感じたのだろうか、彼は何かを口にしようとして、でもそれを押しとどめると、そっと俺の手に触れてきた。

「もうすぐ到着します」

 端的な一言。だけど、その言葉の裏に、到着するまで手を握らせてくれという意味があるのは、その態度から察せられた。

 やがて車は都心部へと入り、渋谷の喧騒を抜けて閑静な住宅街へと差し掛かった。高い塀と生垣に囲まれた豪邸ばかりが立ち並ぶ一角。その中でも一際大きな、西洋の城館を思わせる門構えの前で、車は静かに停車した。

 鉄製の重厚な門が音もなく両側に開く。車がゆっくりと敷地内に入ると、そこには都心とは思えないほどの庭園と洋館が姿を現した。白亜の建物は雨に濡れてしっとりと輝き、幻想的な美しさを放っている。

「ここが、個人の家……だと?」

 呆然と呟く。

 迎賓館か、どこかの美術館か。そんな、公共の建物としか思えない場所が、個人の住まいだという事実が信じられない。この土地だけで埼玉全土よりも広そう……なんてことはないな。埼玉、東京より面積はあるし。ただし、海の広さは除く。

「ええ、ボクたちの日本の住まいです」

 と、エリアスが答える。謙遜することも誇ることもなく、ただ「我が家へようこそ」という、客人を心から歓迎する声色だった。

 車が玄関ポーチに寄せられると、傘を差した数人の使用人が待ち構えていた。ドアが開けられ、俺たちは丁重に迎え入れられる。大理石の床が広がるエントランスホールは、天井が高く、巨大なシャンデリアが眩い光を放っている。これ、友達の家に行くようなノリで入って良い空間じゃないだろ。招待状を持って正装していなきゃ、足を踏み入れちゃいけない世界。そんなところに普段着で来てしまった俺は、なんとも表現のしがたい居心地の悪さを感じていた。

「アストリッド様、お着替えを用意してありますので自室へ。エリアス様と結弥様は、まず入浴をされた方が良いでしょう」

 立花さんが、他の使用人に指示を出している。

「それでは、私はお召し替えをしてきますね。お兄様達も、お風邪を引かぬよう」
「わかっているよアストリッド。それでは、また夕食の時に」
「ええ、では失礼しますね」

 メイドさん達と共に、自室へと向かうヘレナ。一礼をして、立ち去る立花さん。

 それを見送ると、エリアスが俺の手を掴む。その手は、少しだけ熱を帯びていた。

「それでは、結弥さんはボクと一緒に浴室に行きましょう」
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