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「ターニャ様、ようこそお越しくださいました。お待ちしておりました」
赤く色付いた丸いレンズ越しに、この店の主であるその男は目を細める。
「……本当に?」
カモだ。それも上質な雌のカモ。
結局、迷いなんていつも口だけ。甘い言葉を添えて軽く背中を押してやれば、ナバロ伯爵家令嬢ターニャは、いつだって彼の思うがままだ。
「もちろんでございます。このラゴール、今日も貴女様にぴったりのお品をご用意しておりますので、ぜひともお迎えくださいませ」
恭しく彼女の手を取り自らを「ラゴール」と名乗ったその男は、慣れた様子で彼女の手の甲にそっと唇を落とした。
「またそうやって揶揄って……」
炎が立ち昇るように瞬く間に首元から額まで赤く変化していくターニャの素直な反応に、ラゴールは密かにほくそ笑む。
「揶揄う? とんでもない。私はいつでも貴女様の味方ですのに」
「本当に?」
わざとらしく睨みを利かせ彼を見上げるターニャ。
だが頭一つ分も背が違えば、彼女の苛立ちはラゴールにとって可愛らしいものだった。
「私が嘘をつくなど、あるわけがございません」
困惑する様子を一切見せず、ラゴールは少しだけ驚いたようにわざと大きく目を見開きターニャに微笑みかけた。
「さぁ、心ゆくまでご覧くださいませ」
——伯爵令嬢ターニャ・ナバロは、公爵家嫡男レオナルド・バラックに恋焦がれている。
それは、彼女がこの店を訪れるきっかけとなった公然たる噂。
——公爵家嫡男レオナルド・バラックは、伯爵令嬢ターニャ・ナバロなんか好きにならない。
それは、彼女がこの店の胡散臭い品物にすがることになった心ない噂。
お供も連れず一人で店にやってきたターニャと、ラゴールが初めて出会ったのは、数ヶ月前。
奇しくも、バラック公爵家主催の舞踏会だった。
わざと傷を付け、より煌めくよう細工がされた異国のシャンデリア。
乱反射する光が織りなす美しい眩さの下でも、その男性は決して劣らぬ輝きを放つ。
古くは王家の血を引くとされる気品ある銀色の髪と見つめられるだけで吸い込まれそうなほど深い藍色の瞳。
そして、何よりも驚くほど整った顔立ちに、数多の御令嬢が言葉を失くし自然と足を止める。
そうして出来上がった女性達の輪の中心で穏やかに微笑む一人の男性。
彼こそが公爵家嫡男レオナルド・バラックだ。
「……お嬢さん、こんなところから眺めているだけでは想いは伝わりませんよ」
「いっ、いきなりなんですの」
その一方で壁の花と化したまま、どの令嬢よりも遠い場所で一人彼を見つめていたのがターニャだった。
砂糖を煮溶かしたような茶色い瞳が今にも溢れ落ちそうなほど、熱心にレオナルドを見つめていた彼女になぜ声をかけたのか。
誰かにそう聞かれたら、ラゴールはきっとこう答えるだろう。
金の匂いがした、のだと。
「これは失礼。私は貴女のその熱い瞳に絆され、協力したくなった善意の男です」
作り笑顔で唇を引き上げたラゴールに、ターニャは警戒心を隠さず眉をしかめ無言を貫いた。
「そんなに怪しまないでくれませんか。これでもそこそこ名の知れた商人なのですから」
参加した男性達が黒い衣装に身を包む中、ラゴールはドレス生地で仕立てた真紅の燕尾服を身に纏い、肩より長いであろう黒髪を頭の上で一つに結んでいた。
そんな奇抜な装いにも関わらず、誰も気にしていないこの状況を見るに、彼の話もあながち嘘ではないのだろう。
それでも、ターニャの目には彼がよほど胡散臭く映ったのか、彼女は警戒心を崩すことなくじっと彼を見据えた。
「……そんなにお疑いなら一度私の店にいらっしゃいませんか? 貴女様の望みが叶う物、必ずや揃えてみせましょう」
自信たっぷりに笑みを浮かべ、ラゴールは胸ポケットから小さなカードを取り出した。
「店の名前は『ラゴール』、私の名前です。分かりやすいでしょう? 決して店の名前を考えるのが面倒だったわけではありません」
ターニャは差し出されたカードを恐る恐る受け取り、飾り文字で書かれた店の名をじっと見つめていた。
「噴水広場の脇にある路地を入った先、そこに私の店はございます。もし何かご入用の際はぜひ……それでは」
恭しく頭を下げ、ラゴールはあっさりとターニャに背を向けた。
「あっ、あの! お休みはあるの?」
かかった。
思い通りの展開に、彼は嬉しさを隠さぬままターニャの方へと振り返る。
「そうですね。私も仕事をしたくない日がありますので、こういたしましょう」
ラゴールは燕尾服の袖口に付いていた金ボタンを外し、手の平に乗せ彼女の前へと差し出す。
「私が店にいる日はこれを店のドアノブに下げておきますので、それを目印にお越しください。それでは……」
可憐に咲く金色のリナリアをポケットに入れ頭を下げたラゴールは、一度も振り返らず颯爽と会場を後にした。
「さて、あの令嬢が欲しがりそうな物を仕入れに行きますか」
赤く色付いた丸いレンズ越しに、この店の主であるその男は目を細める。
「……本当に?」
カモだ。それも上質な雌のカモ。
結局、迷いなんていつも口だけ。甘い言葉を添えて軽く背中を押してやれば、ナバロ伯爵家令嬢ターニャは、いつだって彼の思うがままだ。
「もちろんでございます。このラゴール、今日も貴女様にぴったりのお品をご用意しておりますので、ぜひともお迎えくださいませ」
恭しく彼女の手を取り自らを「ラゴール」と名乗ったその男は、慣れた様子で彼女の手の甲にそっと唇を落とした。
「またそうやって揶揄って……」
炎が立ち昇るように瞬く間に首元から額まで赤く変化していくターニャの素直な反応に、ラゴールは密かにほくそ笑む。
「揶揄う? とんでもない。私はいつでも貴女様の味方ですのに」
「本当に?」
わざとらしく睨みを利かせ彼を見上げるターニャ。
だが頭一つ分も背が違えば、彼女の苛立ちはラゴールにとって可愛らしいものだった。
「私が嘘をつくなど、あるわけがございません」
困惑する様子を一切見せず、ラゴールは少しだけ驚いたようにわざと大きく目を見開きターニャに微笑みかけた。
「さぁ、心ゆくまでご覧くださいませ」
——伯爵令嬢ターニャ・ナバロは、公爵家嫡男レオナルド・バラックに恋焦がれている。
それは、彼女がこの店を訪れるきっかけとなった公然たる噂。
——公爵家嫡男レオナルド・バラックは、伯爵令嬢ターニャ・ナバロなんか好きにならない。
それは、彼女がこの店の胡散臭い品物にすがることになった心ない噂。
お供も連れず一人で店にやってきたターニャと、ラゴールが初めて出会ったのは、数ヶ月前。
奇しくも、バラック公爵家主催の舞踏会だった。
わざと傷を付け、より煌めくよう細工がされた異国のシャンデリア。
乱反射する光が織りなす美しい眩さの下でも、その男性は決して劣らぬ輝きを放つ。
古くは王家の血を引くとされる気品ある銀色の髪と見つめられるだけで吸い込まれそうなほど深い藍色の瞳。
そして、何よりも驚くほど整った顔立ちに、数多の御令嬢が言葉を失くし自然と足を止める。
そうして出来上がった女性達の輪の中心で穏やかに微笑む一人の男性。
彼こそが公爵家嫡男レオナルド・バラックだ。
「……お嬢さん、こんなところから眺めているだけでは想いは伝わりませんよ」
「いっ、いきなりなんですの」
その一方で壁の花と化したまま、どの令嬢よりも遠い場所で一人彼を見つめていたのがターニャだった。
砂糖を煮溶かしたような茶色い瞳が今にも溢れ落ちそうなほど、熱心にレオナルドを見つめていた彼女になぜ声をかけたのか。
誰かにそう聞かれたら、ラゴールはきっとこう答えるだろう。
金の匂いがした、のだと。
「これは失礼。私は貴女のその熱い瞳に絆され、協力したくなった善意の男です」
作り笑顔で唇を引き上げたラゴールに、ターニャは警戒心を隠さず眉をしかめ無言を貫いた。
「そんなに怪しまないでくれませんか。これでもそこそこ名の知れた商人なのですから」
参加した男性達が黒い衣装に身を包む中、ラゴールはドレス生地で仕立てた真紅の燕尾服を身に纏い、肩より長いであろう黒髪を頭の上で一つに結んでいた。
そんな奇抜な装いにも関わらず、誰も気にしていないこの状況を見るに、彼の話もあながち嘘ではないのだろう。
それでも、ターニャの目には彼がよほど胡散臭く映ったのか、彼女は警戒心を崩すことなくじっと彼を見据えた。
「……そんなにお疑いなら一度私の店にいらっしゃいませんか? 貴女様の望みが叶う物、必ずや揃えてみせましょう」
自信たっぷりに笑みを浮かべ、ラゴールは胸ポケットから小さなカードを取り出した。
「店の名前は『ラゴール』、私の名前です。分かりやすいでしょう? 決して店の名前を考えるのが面倒だったわけではありません」
ターニャは差し出されたカードを恐る恐る受け取り、飾り文字で書かれた店の名をじっと見つめていた。
「噴水広場の脇にある路地を入った先、そこに私の店はございます。もし何かご入用の際はぜひ……それでは」
恭しく頭を下げ、ラゴールはあっさりとターニャに背を向けた。
「あっ、あの! お休みはあるの?」
かかった。
思い通りの展開に、彼は嬉しさを隠さぬままターニャの方へと振り返る。
「そうですね。私も仕事をしたくない日がありますので、こういたしましょう」
ラゴールは燕尾服の袖口に付いていた金ボタンを外し、手の平に乗せ彼女の前へと差し出す。
「私が店にいる日はこれを店のドアノブに下げておきますので、それを目印にお越しください。それでは……」
可憐に咲く金色のリナリアをポケットに入れ頭を下げたラゴールは、一度も振り返らず颯爽と会場を後にした。
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