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その日は、朝から雲が多く肌寒い日だった。
苦しそうに軋むドアの音と共に薄暗い店内に僅かな光が差し込むと、ラゴールはゆっくりと顔を上げ嬉しそうに微笑んだ。
「お待ちしておりました。おや? 今日はお一人ですか」
「だって、本当に店あるかどうかも分からなかったし。とりあえず、それだけ確認するつもりで……」
「興味はあれど、まだ心を許していただいたわけではない。さながら恋の駆け引きのようで、心が躍りますね」
バツが悪そうに彼女が目を逸らすのは、図星だからだろう。
「どうぞ、ご納得いくまで店内をご覧くださいませ。異国から取り寄せた神秘的な物もございますし、きっと気に入っていただける物もあるかと……あっ、そうそう」
わざとらしく人差し指を立て、ラゴールはその指をそっと唇の前まで持っていく。
「奥の倉庫には願いを叶えることができる特別な品もございますので、ご興味がございましたら遠慮なくお声かけください。では、ごゆっくり」
胸に手を当て軽く頭を下げたラゴールは、椅子に座り読みかけの本に手を伸ばす。
静かにページをめくる彼をしばらく見つめた後、ターニャは店内をゆっくりと歩き始めた。
最初はぎこちなく周りを眺めるだけだったが、次第に店の空気にも慣れたのか、時折気になった物に手を伸ばしていた。
「ラゴール……って呼んでもいいかしら」
「もちろんでございます。ターニャ・ナバロ伯爵令嬢様」
「私のこと、知っていたの?」
「この国の貴族の方々は、全て頭に入っておりますので」
食えない人間。そう思われることは、ラゴールにとって決して不利益ではない。
むしろ、ターニャのように分かりやすく顔に出されるなら、ある意味それは彼にとっては非常に愉快な瞬間でもある。
「……これは何?」
「それは、遥か東にあります異国の髪飾りでございます」
「これが? ペンではなくて?」
ターニャが疑うのも無理はない。
それはまさに彼女の言うように、ガラスペンのように細くまっすぐな形状をしていた。
「不思議ですよね。実際にお見せしましょうか」
ターニャの手からその髪飾りを取り、ラゴールは一つにまとめていた自分の髪を解くと、器用に結い直しその髪飾りを添えた。
「どうです?」
「にっ、似合ってると思うわ」
ふいに向けられた艶やかな視線に、わかりやすく動揺するターニャ。
「ありがとうございます。ナバロ伯爵令嬢様の落ち着きのある焦茶の御髪にも映える赤でございますし、これだけで他の御令嬢方とは違う魅力的な装いになるかと」
ラゴールが軽く頭を振ると、髪飾りは涼しげな音を奏で、それとは対照的に情熱的な輝きを放った。
「それ、いただいてもいい?」
「もちろんです、ありがとうございます。他はいかがでしょう?」
「これは何かしら……サシェ?」
首を傾げた彼女が手に取ったのは、金糸の刺繍が施された小さな袋。
サシェにしては中身のない薄さだが、今まで見たことのない複雑な模様の美しさに、ターニャは心奪われていた。
「それは、言うなれば『願いを込めた袋』でございます」
「願いを込めた袋?」
「えぇ。どうやら肌身離さず持ち歩く物だそうで、込められる願いは様々。自身の健康であったり、伴侶へ向けた道中の安全を祈るもの、あとは女性の恋なども少々」
ターニャの瞳に浮かんだ明らかな動揺を、ラゴールが見逃すはずがない。
「年頃の女性であれば、当然そのような願いもございましょう……よろしければ奥にもまだこのような御品がございますが、ご覧になりますか」
彼の思惑にすんなりと導かれたターニャは、気付けば黙って頷いていた。
苦しそうに軋むドアの音と共に薄暗い店内に僅かな光が差し込むと、ラゴールはゆっくりと顔を上げ嬉しそうに微笑んだ。
「お待ちしておりました。おや? 今日はお一人ですか」
「だって、本当に店あるかどうかも分からなかったし。とりあえず、それだけ確認するつもりで……」
「興味はあれど、まだ心を許していただいたわけではない。さながら恋の駆け引きのようで、心が躍りますね」
バツが悪そうに彼女が目を逸らすのは、図星だからだろう。
「どうぞ、ご納得いくまで店内をご覧くださいませ。異国から取り寄せた神秘的な物もございますし、きっと気に入っていただける物もあるかと……あっ、そうそう」
わざとらしく人差し指を立て、ラゴールはその指をそっと唇の前まで持っていく。
「奥の倉庫には願いを叶えることができる特別な品もございますので、ご興味がございましたら遠慮なくお声かけください。では、ごゆっくり」
胸に手を当て軽く頭を下げたラゴールは、椅子に座り読みかけの本に手を伸ばす。
静かにページをめくる彼をしばらく見つめた後、ターニャは店内をゆっくりと歩き始めた。
最初はぎこちなく周りを眺めるだけだったが、次第に店の空気にも慣れたのか、時折気になった物に手を伸ばしていた。
「ラゴール……って呼んでもいいかしら」
「もちろんでございます。ターニャ・ナバロ伯爵令嬢様」
「私のこと、知っていたの?」
「この国の貴族の方々は、全て頭に入っておりますので」
食えない人間。そう思われることは、ラゴールにとって決して不利益ではない。
むしろ、ターニャのように分かりやすく顔に出されるなら、ある意味それは彼にとっては非常に愉快な瞬間でもある。
「……これは何?」
「それは、遥か東にあります異国の髪飾りでございます」
「これが? ペンではなくて?」
ターニャが疑うのも無理はない。
それはまさに彼女の言うように、ガラスペンのように細くまっすぐな形状をしていた。
「不思議ですよね。実際にお見せしましょうか」
ターニャの手からその髪飾りを取り、ラゴールは一つにまとめていた自分の髪を解くと、器用に結い直しその髪飾りを添えた。
「どうです?」
「にっ、似合ってると思うわ」
ふいに向けられた艶やかな視線に、わかりやすく動揺するターニャ。
「ありがとうございます。ナバロ伯爵令嬢様の落ち着きのある焦茶の御髪にも映える赤でございますし、これだけで他の御令嬢方とは違う魅力的な装いになるかと」
ラゴールが軽く頭を振ると、髪飾りは涼しげな音を奏で、それとは対照的に情熱的な輝きを放った。
「それ、いただいてもいい?」
「もちろんです、ありがとうございます。他はいかがでしょう?」
「これは何かしら……サシェ?」
首を傾げた彼女が手に取ったのは、金糸の刺繍が施された小さな袋。
サシェにしては中身のない薄さだが、今まで見たことのない複雑な模様の美しさに、ターニャは心奪われていた。
「それは、言うなれば『願いを込めた袋』でございます」
「願いを込めた袋?」
「えぇ。どうやら肌身離さず持ち歩く物だそうで、込められる願いは様々。自身の健康であったり、伴侶へ向けた道中の安全を祈るもの、あとは女性の恋なども少々」
ターニャの瞳に浮かんだ明らかな動揺を、ラゴールが見逃すはずがない。
「年頃の女性であれば、当然そのような願いもございましょう……よろしければ奥にもまだこのような御品がございますが、ご覧になりますか」
彼の思惑にすんなりと導かれたターニャは、気付けば黙って頷いていた。
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