商人ラゴールの誤算-カモだと思っていたご令嬢はどうやら私の恋人になるようです-

真岡鮫

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「まさか、あの女性がターニャ?」
「ええ。あの頃の私は今よりもずっと地味で暗かったし、何よりお金になるような女性ではなかったから覚えていないわよね」

 驚きのあまり、我を忘れ言葉を失うラゴール。

「貴方のそんな顔が見られるなんて、このスカーフの効果は本物ね……それにあの時渡してくれたハンカチだって、私にとっては魔法のハンカチだったわ」
「それは……」
「そう、涙が止まるハンカチよ」

 美しいリナリアの刺繍が施された淡い水色のハンカチを差し出し、ターニャはゆっくりと口を開いた。

「誰もが見ないふりをして通り過ぎる中、貴方だけが手を差し伸べてくれたわ。『これは涙が止まるハンカチですから……』なんておどけてみせて。守銭奴と呼ばれていた貴方にとっては、金儲けの種を撒いただけかもしれない。けれど……」

 凛とした表情で、ターニャはまっすぐにラゴールを見つめる。

「たとえそれが作られた微笑みだったとしても、涙を拭おうとしてくれた貴方の気持ちに、私は一瞬で恋に落ちたの」
「だけど、貴女には好きな男がいるのでは? レオナルド様ではなかったようですが……」
「やっぱり勘違いしてたのね」
「勘違い?」

 次から次へと明らかになる想定外の事実に、ラゴールは初めて焦りを見せる。

「私が見つめていたのは彼じゃないわ。彼に恋するご令嬢方よ」
「ご令嬢ですか?」
「ええ、カミラ公爵令嬢様に気品を学び、クレア侯爵令嬢様からは振る舞いを盗み、ミランダ伯爵令嬢の艶やかさを真似たら、少しでも素敵な女性になれるんじゃないかと思って」
「まさか、私はそれを恋と勘違いしていたと?」
「勘違いとも言えないわ。だって、私は貴方に恋したからこそ、そんなふうに思えたんだもの」
「ターニャ様……」

 彼女は身につけたスカーフに手を添え、じっとラゴールを見つめた。

「あの時は貴方に声をかけられるなんて思わなくてびっくりしたけど……チャンスだと思ったの。だから、貴方の誘いに思いきって乗ってみたら上手くいったわ」

 そう悪戯っぽく笑うターニャの視線を受け止め、ラゴールは静かに口を開いた。

「金になる。最初にそう思ったことは否定しません、私は商人ですから」
「そうよね、だって私のこと『いいカモ』だって思ってたものね」

 自らを貶むような事実を口にしながらも、ターニャは嬉しそうに笑い声を上げた。

「でも、それを言うなら貴女自身に興味を持ったのだって、私が商人であったからです。あっさりと私に踊らされる貴女の可愛らしさを、他の誰かに盗られてなるものかと……でも、まさか貴女にしてやられるとは」
「でも、私は一度だって嘘は言ってないわよ。私は貴方に恋をして、貴方にその手助けを頼んだだけ。だって、考えてみて。貴方のことを一番分かってるのは貴方だもの。なら本人に協力してもらうのが一番でしょ?」

 勝ち誇ったように唇を上げ笑うターニャ。
 だがそんな自信に満ちた彼女を前に、商人ラゴールはいつもの穏やかな微笑みで彼女を見下ろす。

「ええ、その通りでございます。さすがは聡明なターニャ様でいらっしゃる。ですが、どうやらまだお気付きではないようで……」
「えっ」

 彼は彼女が纏うスカーフにそっと触れた。

「いいですか、ターニャ様。商人というものは欲しいと思ったら、どんな手を使っても必ず手に入れるものなのですよ」

 いつものように綺麗に微笑んだラゴール。
 
「……私が貴女を見染めたのは一体いつなのでしょうね?」


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