商人ラゴールの誤算-カモだと思っていたご令嬢はどうやら私の恋人になるようです-

真岡鮫

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 それから一週間ほど経った頃、ターニャはまたラゴールの店にいた。
 異国の髪飾りで髪を結った彼女の腕にはあのブレスレットが光り、手首につけた香水とも相まって彼女を魅力的に彩っていた。
 
「やはりいい香りだ……ご愛用いただけて嬉しいかぎりです。それで今日はどんな物をお探しで?」

 もう見慣れたはずのラゴールの微笑みに、ターニャは未だ照れたように目を伏せる。

「あのね……人の心が知りたいって言ったらどう思う?」
「心ですか、これはまた大胆な発想をされましたね」

 ラゴールが少し馬鹿にしたように小さく笑い声を上げると、ターニャは拗ねたように視線を逸らした。

「……だって、すごく強敵なの。目の前に大きな穴を作っても、笑いながら軽々と飛び越えそうな感じ」
「おやおや、それはまた難儀なお方ですね」
「でしょう? だから考えていることが少しでも分かればいいなと思って」

 ラゴールを見つめ嬉しそうに笑うターニャ。
 その瞳には、いつものように穏やかに微笑むラゴールが映る。
だが、ラゴールの目に映っていたのはターニャではない。
 彼女が微笑んで店の品物を手に取れば、その姿は目の前で金貨へと化け、化けた金貨は必ず彼の手元へと落ちてきた。
 そう、今までは——。

「……そういうことでしたら、とっておきの御品をお持ちしましょう。お待ちくださいませ」

 ターニャに背を向け倉庫へ向かったラゴールは、何かを振り払うよう大きく一度息を吐いた。

「ターニャ……随分とだらしない顔で笑うのですね。そんな顔、一体どなたにお見せるつもりなのですか?」

 ふいに本心が口を突いて出た途端、全身から吹き出しそうなほど湧き上がってきた羞恥心に、ラゴールは思わず口を抑えた。
 気を抜けばうっかり吐き出してしまいそうほど、それは甘く蕩ける未知の感情。
 
「どうして人は、無いものに憧れるのでしょうね」

 自分にはない浅はかさと置き去りにしてきた無邪気な心。
 それが誰かに手折られる現実を目の前にしたラゴールは、倉庫にある小さな箱の蓋を開ける。
 中にあったのは白いスカーフ。
 向こう側が透けるくらい薄く頼りないその布を手に、ラゴールは倉庫を出る。
 表情は何も変わらない、いつも通り穏やかな笑みのまま。
 戻ってきたラゴールに笑顔を向けたターニャにとっては、彼は先ほどまでと何も変わらない「商人ラゴール」だった。

「お待たせいたしました、こちらでございます」

 ラゴールはターニャの前にそのスカーフを差し出した。

「これは?」
「目の前にいる人物の心が透けるスカーフでございます。この見た目の通り、お相手の気持ちが綺麗に透ける代物でございます」

 ラゴールがスカーフの端を摘み振り上げると、縫い込まれた銀色の糸に光が反射し美しい輝きを放つ。
 思わず伸びたターニャの手から逃げるように、ラゴールはスカーフを素早く自分の手元へしまった。

「おっと、安易に手を伸ばすのはおやめくださいませ。なんせ、気持ちが透けるスカーフなのですから」

 ターニャは慌てて手を引っ込め、静かに大きく頷いた。

「いいですか? こちらを身につけて誰かに話しかけると、その方の気持ちが言葉となって透けて見えるのです。まぁ、簡単に言えば言葉で誤魔化したり嘘をつけない、ということでしょうか」
 
 唇を引き上げ、ラゴールは目を細める。

「どうです、こちら最高でございましょう?」
「そうだけど……でも」

「ああ、効果に疑問をお感じなのですね。ならば、お試しになりますか」
「試す?」
「私の心、ご覧になりますか?」

 ターニャは驚きのあまり令嬢らしからぬほど大きく口を開け固まった。
 その姿にラゴールは一瞬戸惑ったものの、すぐにいつものように彼女に微笑みかける。

「効果を実感いただくなら、今この場で試すのが一番ですので……どうぞ遠慮なく」

 ラゴールは器用にスカーフまとめると、すぐさまターニャの首元へ持っていく。

「まっ、待って! 大丈夫なの?」
「もちろんでございます。ターニャ様が心ゆくまでお試しくださいませ」

 緊張して強張るターニャの体を、大きめなそのスカーフが優しく包み込んだ。
 
「どうぞ、なんなりとお聞きくださいませ」
「本当にいいの?」

 穏やかに微笑んだまま、ラゴールはゆっくりと頷いた。

「……ラゴール、私に初めて会った日のことを覚えている?」
「もちろんです。私が貴女の秘めた恋心に気付いた、あの日ですね」
「違うわ、やっぱり覚えてなかったのね」

 クスクスと楽しそうな声を上げたターニャとは裏腹に、ラゴールは不思議そうに顔をしかめた。

「ならば、いつなのです?」
「貴方が私に初めて魔法をかけた日よ」

 ますます困惑するラゴールをよそに、ターニャは笑顔のまま言葉を続ける。

「私が初めて貴方に会ったのは、王家主催の晩餐会。会場の片隅で泣いていた地味な令嬢、と言えば思い出すかしら?」
「泣いていた……」

 ラゴールの記憶の片隅に確かにその女性はいた。
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