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5.両親への挨拶
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「善は急げだ。早速だが、明日午前中にそちらの家に使いを送ろう。数日中には時間を見つけて婚約のお許しをいただきにそちらに伺うようにする」
「お仕事はよろしいのですか?」
「好機を逃したくはないからな。今は何より最優先すべきは貴女だ」
「あっ、ありがとうございます」
事務的な物言いの中に混ざる甘さを感じる言葉遣いに、ベリーナはふと胸を押さえた。
(何かしら……甘いお菓子を食べた時のようなこのざわめきは)
「ん、どうかしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら、いいが……まずは先に二人で色々と決めておかなければならないな」
「お食事以外のことについて、ですね」
カミロが深く頷く。
「まず、公爵夫人としての義務についてだが、特に何かを強いることはしない。ただ、どうしても外せない社交などは同伴してもらいたいが構わないだろうか?」
「もちろんです」
「あと、屋敷内のことは執事長ジョセフに任せているが、そちらも貴女の裁量に任せよう」
「寛大なご配慮、ありがとうございます。あの一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ」
「あの……お世継ぎは、どうなさるおつもりでしょうか」
囁くようにそう言ってからベリーナは恥ずかしげに俯いた。
「確かに大事なことではあるが、安心してくれ。無理強いはしない」
「でも……」
「もちろん公爵家として後継ぎは重要だ。現にそのことがあったせいで、縁談をはっきりと断りきれていなかったのも事実だ」
「でしたら……」
不安げに瞳を揺らすベリーナを見つめ、カミロは穏やかに微笑む。
「いや、君との約束を守る方が先だろう。まずは一年、お互いに相手を見定める期間としてその義務を負わない婚約期間としよう。その後、改めて今後どうすべきかを二人で話し合わないか?」
「カミロ様はそれでよろしいのですか?」
「問題ない、急ぐことでもないだろう。そもそも義務ではない、どういう形であっても子供は愛情ある元に生まれるべきだ」
「……わかりました。ではそのようにお願いいたします」
ベリーナは深々と頭を下げ、カミロの思慮深さに感謝を示した。
(この方のどこが冷徹だというの。こんなに愛情深い方なのに)
知れば知るほど自分の中でカミロの印象が変化していることに、ベリーナはまだ自覚がないようだった。
「とにかく、それよりも君の御両親に結婚のお許しをいただがないことには始まらないからな」
「そうですね。私が突然カミロ様と結婚すると言ったところで、絶対に信じてもらえないでしょうし」
「これまで接点もなかったからな。ここは素直にお互いの利害が一致したと正直に話すのはどうだろうか」
「それは、私達が好き合って結婚したわけではないということを伝えるってことですか?」
納得できず首を傾げたベリーナとは違いカミロはどうやら自信があるようだ。
「そこはうまく濁すんだ。今日こうして話す機会に恵まれ、お互い結婚相手として申し分ないと感じたくらいに」
「確かに……それなら嘘ではございませんね」
「あぁ、お互い納得の上なら御両親にもお考えいただけるのではないか」
筋の通ったカミロの意見にベリーナも大きく頷いた。
「では、そういうことで。愛しの婚約者殿、またお会いしよう」
「もう! まだ婚約者ではございませんわ」
恥ずかしさに頬を染めるベリーナの可愛らしさにカミロの唇からは自然と笑みが溢れていた。
彼の言葉通り、次の朝にはファラン家の者がモリス伯爵家を訪れてカミロからの書状を手渡した。
突然のことに驚いたモリス伯爵夫妻は、すぐにベリーナを呼んだ。
「ベリーナ、これは一体どういうことだ!」
「そうよ、良縁を探してきなさいと言ったけど、まさかそのお相手がファラン公爵様だなんて」
普段は穏やかで落ち着きのある父が慌てふためき、いつもは小言の多い母が満面の笑みでいることなど、娘であるベリーナでもあまり見たことがない。
説明せずにいたことを申し訳ないと思いながらも、あまりに対照的な二人の姿にベリーナはつい笑い声を上げた。
「笑い事ではないだろう……」
やけに肝が据わった自分の娘を見つめながら父であるモリス伯爵は深くため息をついた。
「昨日、一体何があったんだ? 公爵様がいらっしゃる前にきちんと話をしてくれ」
父に促され二人の前に腰掛けたベリーナは、穏やかに微笑みゆっくりと口を開いた。
「実は、ちょっとしたきっかけで公爵様とお話することになったの。そこで少し意見の交換なんかをしてたらね、公爵様の方から婚約のお申し出をいただいてしまったの」
「公爵様がベリーナにか?」
「まぁ、お父様ったらそこでそんなに驚くなんて失礼ではなくて?」
「いや、でも公爵家とうちでは身分が違いすぎるだろう」
「あら、あなた。ベリーナの言ったこと聞いていらっしゃらなかったの? このお話は公爵様の方からお申し出いただいたのよ。そんなこと気にすることではないわ。それよりどうやってあの方を射止めたのよ、お母様に教えなさいな」
「おい、二人とも!」
やや暴走気味の母を嗜めるように父はわざとらしく大きく息を吐いた。
「まずは公爵殿の話をお聞きしなければ。話はそれからだ」
「お仕事はよろしいのですか?」
「好機を逃したくはないからな。今は何より最優先すべきは貴女だ」
「あっ、ありがとうございます」
事務的な物言いの中に混ざる甘さを感じる言葉遣いに、ベリーナはふと胸を押さえた。
(何かしら……甘いお菓子を食べた時のようなこのざわめきは)
「ん、どうかしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら、いいが……まずは先に二人で色々と決めておかなければならないな」
「お食事以外のことについて、ですね」
カミロが深く頷く。
「まず、公爵夫人としての義務についてだが、特に何かを強いることはしない。ただ、どうしても外せない社交などは同伴してもらいたいが構わないだろうか?」
「もちろんです」
「あと、屋敷内のことは執事長ジョセフに任せているが、そちらも貴女の裁量に任せよう」
「寛大なご配慮、ありがとうございます。あの一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ」
「あの……お世継ぎは、どうなさるおつもりでしょうか」
囁くようにそう言ってからベリーナは恥ずかしげに俯いた。
「確かに大事なことではあるが、安心してくれ。無理強いはしない」
「でも……」
「もちろん公爵家として後継ぎは重要だ。現にそのことがあったせいで、縁談をはっきりと断りきれていなかったのも事実だ」
「でしたら……」
不安げに瞳を揺らすベリーナを見つめ、カミロは穏やかに微笑む。
「いや、君との約束を守る方が先だろう。まずは一年、お互いに相手を見定める期間としてその義務を負わない婚約期間としよう。その後、改めて今後どうすべきかを二人で話し合わないか?」
「カミロ様はそれでよろしいのですか?」
「問題ない、急ぐことでもないだろう。そもそも義務ではない、どういう形であっても子供は愛情ある元に生まれるべきだ」
「……わかりました。ではそのようにお願いいたします」
ベリーナは深々と頭を下げ、カミロの思慮深さに感謝を示した。
(この方のどこが冷徹だというの。こんなに愛情深い方なのに)
知れば知るほど自分の中でカミロの印象が変化していることに、ベリーナはまだ自覚がないようだった。
「とにかく、それよりも君の御両親に結婚のお許しをいただがないことには始まらないからな」
「そうですね。私が突然カミロ様と結婚すると言ったところで、絶対に信じてもらえないでしょうし」
「これまで接点もなかったからな。ここは素直にお互いの利害が一致したと正直に話すのはどうだろうか」
「それは、私達が好き合って結婚したわけではないということを伝えるってことですか?」
納得できず首を傾げたベリーナとは違いカミロはどうやら自信があるようだ。
「そこはうまく濁すんだ。今日こうして話す機会に恵まれ、お互い結婚相手として申し分ないと感じたくらいに」
「確かに……それなら嘘ではございませんね」
「あぁ、お互い納得の上なら御両親にもお考えいただけるのではないか」
筋の通ったカミロの意見にベリーナも大きく頷いた。
「では、そういうことで。愛しの婚約者殿、またお会いしよう」
「もう! まだ婚約者ではございませんわ」
恥ずかしさに頬を染めるベリーナの可愛らしさにカミロの唇からは自然と笑みが溢れていた。
彼の言葉通り、次の朝にはファラン家の者がモリス伯爵家を訪れてカミロからの書状を手渡した。
突然のことに驚いたモリス伯爵夫妻は、すぐにベリーナを呼んだ。
「ベリーナ、これは一体どういうことだ!」
「そうよ、良縁を探してきなさいと言ったけど、まさかそのお相手がファラン公爵様だなんて」
普段は穏やかで落ち着きのある父が慌てふためき、いつもは小言の多い母が満面の笑みでいることなど、娘であるベリーナでもあまり見たことがない。
説明せずにいたことを申し訳ないと思いながらも、あまりに対照的な二人の姿にベリーナはつい笑い声を上げた。
「笑い事ではないだろう……」
やけに肝が据わった自分の娘を見つめながら父であるモリス伯爵は深くため息をついた。
「昨日、一体何があったんだ? 公爵様がいらっしゃる前にきちんと話をしてくれ」
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「実は、ちょっとしたきっかけで公爵様とお話することになったの。そこで少し意見の交換なんかをしてたらね、公爵様の方から婚約のお申し出をいただいてしまったの」
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「まぁ、お父様ったらそこでそんなに驚くなんて失礼ではなくて?」
「いや、でも公爵家とうちでは身分が違いすぎるだろう」
「あら、あなた。ベリーナの言ったこと聞いていらっしゃらなかったの? このお話は公爵様の方からお申し出いただいたのよ。そんなこと気にすることではないわ。それよりどうやってあの方を射止めたのよ、お母様に教えなさいな」
「おい、二人とも!」
やや暴走気味の母を嗜めるように父はわざとらしく大きく息を吐いた。
「まずは公爵殿の話をお聞きしなければ。話はそれからだ」
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