満腹令嬢はそれでも食べるのをやめません!

真岡鮫

文字の大きさ
5 / 26

5.両親への挨拶

しおりを挟む
「善は急げだ。早速だが、明日午前中にそちらの家に使いを送ろう。数日中には時間を見つけて婚約のお許しをいただきにそちらに伺うようにする」
「お仕事はよろしいのですか?」
「好機を逃したくはないからな。今は何より最優先すべきは貴女だ」
「あっ、ありがとうございます」

 事務的な物言いの中に混ざる甘さを感じる言葉遣いに、ベリーナはふと胸を押さえた。

(何かしら……甘いお菓子を食べた時のようなこのざわめきは)

「ん、どうかしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら、いいが……まずは先に二人で色々と決めておかなければならないな」
「お食事以外のことについて、ですね」

 カミロが深く頷く。

「まず、公爵夫人としての義務についてだが、特に何かを強いることはしない。ただ、どうしても外せない社交などは同伴してもらいたいが構わないだろうか?」
「もちろんです」
「あと、屋敷内のことは執事長ジョセフに任せているが、そちらも貴女の裁量に任せよう」
「寛大なご配慮、ありがとうございます。あの一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ」
「あの……お世継ぎは、どうなさるおつもりでしょうか」

 囁くようにそう言ってからベリーナは恥ずかしげに俯いた。

「確かに大事なことではあるが、安心してくれ。無理強いはしない」
「でも……」
「もちろん公爵家として後継ぎは重要だ。現にそのことがあったせいで、縁談をはっきりと断りきれていなかったのも事実だ」
「でしたら……」

 不安げに瞳を揺らすベリーナを見つめ、カミロは穏やかに微笑む。

「いや、君との約束を守る方が先だろう。まずは一年、お互いに相手を見定める期間としてその義務を負わない婚約期間としよう。その後、改めて今後どうすべきかを二人で話し合わないか?」
「カミロ様はそれでよろしいのですか?」
「問題ない、急ぐことでもないだろう。そもそも義務ではない、どういう形であっても子供は愛情ある元に生まれるべきだ」
「……わかりました。ではそのようにお願いいたします」

 ベリーナは深々と頭を下げ、カミロの思慮深さに感謝を示した。

(この方のどこが冷徹だというの。こんなに愛情深い方なのに)

 知れば知るほど自分の中でカミロの印象が変化していることに、ベリーナはまだ自覚がないようだった。

「とにかく、それよりも君の御両親に結婚のお許しをいただがないことには始まらないからな」
「そうですね。私が突然カミロ様と結婚すると言ったところで、絶対に信じてもらえないでしょうし」
「これまで接点もなかったからな。ここは素直にお互いの利害が一致したと正直に話すのはどうだろうか」
「それは、私達が好き合って結婚したわけではないということを伝えるってことですか?」
 
 納得できず首を傾げたベリーナとは違いカミロはどうやら自信があるようだ。

「そこはうまく濁すんだ。今日こうして話す機会に恵まれ、お互い結婚相手として申し分ないと感じたくらいに」
「確かに……それなら嘘ではございませんね」
「あぁ、お互い納得の上なら御両親にもお考えいただけるのではないか」

 筋の通ったカミロの意見にベリーナも大きく頷いた。

「では、そういうことで。愛しの婚約者殿、またお会いしよう」
「もう! まだ婚約者ではございませんわ」

 恥ずかしさに頬を染めるベリーナの可愛らしさにカミロの唇からは自然と笑みが溢れていた。


 彼の言葉通り、次の朝にはファラン家の者がモリス伯爵家を訪れてカミロからの書状を手渡した。
 突然のことに驚いたモリス伯爵夫妻は、すぐにベリーナを呼んだ。

「ベリーナ、これは一体どういうことだ!」
「そうよ、良縁を探してきなさいと言ったけど、まさかそのお相手がファラン公爵様だなんて」

 普段は穏やかで落ち着きのある父が慌てふためき、いつもは小言の多い母が満面の笑みでいることなど、娘であるベリーナでもあまり見たことがない。
 説明せずにいたことを申し訳ないと思いながらも、あまりに対照的な二人の姿にベリーナはつい笑い声を上げた。

「笑い事ではないだろう……」

 やけに肝が据わった自分の娘を見つめながら父であるモリス伯爵は深くため息をついた。

「昨日、一体何があったんだ? 公爵様がいらっしゃる前にきちんと話をしてくれ」

 父に促され二人の前に腰掛けたベリーナは、穏やかに微笑みゆっくりと口を開いた。

「実は、ちょっとしたきっかけで公爵様とお話することになったの。そこで少し意見の交換なんかをしてたらね、公爵様の方から婚約のお申し出をいただいてしまったの」
「公爵様がベリーナにか?」
「まぁ、お父様ったらそこでそんなに驚くなんて失礼ではなくて?」
「いや、でも公爵家とうちでは身分が違いすぎるだろう」
「あら、あなた。ベリーナの言ったこと聞いていらっしゃらなかったの? このお話は公爵様の方からお申し出いただいたのよ。そんなこと気にすることではないわ。それよりどうやってあの方を射止めたのよ、お母様に教えなさいな」
「おい、二人とも!」

 やや暴走気味の母を嗜めるように父はわざとらしく大きく息を吐いた。

「まずは公爵殿の話をお聞きしなければ。話はそれからだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 ヴォレッカ・サミレットは、領地の危機をどうにかするために、三年ぶりに社交界へと婚姻相手を探しにやってきた。  第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人と出会いたい。 そう思っていたのだが──。 「これは、運命だろうか……」 誰もが振り返るほどの美丈夫に、囁かれるという事態に。 「気のせいですね」 自身が平凡だと自覚があり、からかって遊ばれていると思って、そう答えたヴォレッカ。  だが、これがすべての始まりであった。 超絶平凡令嬢と、女性が苦手な美丈夫の織りなす、どこかかみ合わない婚姻ラブストーリー。 全43話+番外編です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

処理中です...