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1.城を出ていった悪妃
過大評価され過ぎている
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陛下は「頭がおかしくなったのか?」と言いながらも、これ以上ここにいたら何をされるか分からないとでも思ったのだろう。
怪物を見るような目を私に向けると「狂った女に用はない」と言い捨て、早々に部屋を出ていった。
何でも、貴族院に届け内容を確認するらしい。
私のことを頭のおかしい女、と思いながらも、今更道具を手放せないようだ。
陛下が退室した後の部屋で、私はソファに腰を下ろすと、足を組んだ。
(ま、私が不在になれば当然、彼も今まで通りにはいかなくなるでしょうね)
諸侯会議も国王への謁見も、奏上も、全て私が代理で行っていた。
しかも、私に委任しておきながら後で文句を言ってくるのが彼である。彼自身確認して国璽を押したものだというのに、あとから何か思うことでもあるのか、度々私に苦情を入れてくるのだ。
面倒な上司にも程がある。
(『はあ?それこの前報告したじゃない』という内容の、なんと多いことか……)
報告書を確認していないからこそ、起きることなのだろう。
陛下は説明を求めて私のところまで押しかけてくるのだけど、つまり、まあ。
有り体に言うなら、私は体のいい道具であり、執務を回すための歯車に過ぎなかった、というわけだ。
しかし、ひとつの歯車が欠けても、結局何とかなるのが社会の常、というもの。
(人材不足で常に人手が足りない職場でベテランが辞めても、結局何とかなるのよ)
いや、何とかすると言った方が正しいか。
だけど何とかしなければならないと考えるのは上層部の判断で、現場の歯車たちが心身を削る必要は無い、と私は思っている。
私がいなくなったところで、それぞれ担当の大臣は残っているし、宰相だっている。
大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし、そもそもの話。
王妃がいなくなっただけで潰える国なら、どっちみち未来はない。私がいなくなった程度で瓦解するのなら、遅かれ早かれ、この国はだめになるというものだろう。
スッキリ軽くなった肩に比例して、心も軽やかだった。
気分は上々。爽快だ。
陛下が去ると、大慌てで私付きの侍女サラサが私の元まで小走りでやってきた。王妃付きとは思えない品位に欠けた振る舞いだが、それほどの緊急事態、ということなのだろう。
彼女は薄い亜麻色の髪をひっつめた、真面目な侍女である。
サラサは顔面蒼白で私を見ると、震えた声で言った。
「王妃陛下……その、お髪は」
どうするつもりか、という問いかけか。
あるいは、なぜ髪を切るなど蛮行に出たのか、という問いかけか。
そのどちらもかも知れないが、あえて私は頭を振って、短い髪の感触を楽しむと、サラサに笑いかけた。
「……どう?良いでしょう?気分転換よ」
「──なんってことを……!!」
予想はしていたが、サラサは悲鳴のような声を出した。
そして、彼女は機敏に動くと梳き鋏と、散髪用鋏、そして白いタオルを持参すると真剣に私に言った。
「なんということをするのですか!!ナイフで髪を切るなど!!」
「…………」
むっつり押し黙ると、サラサはさらに怒った声で言った。
「ナイフなんかで切ったら、髪が痛むではありませんか!!」
「…………ん?」
顔を上げると、サラサはため息を吐き、私の後ろに回った。
ほかの侍女はカーペットに散らばった髪を回収したり、髪の保湿のために、とオイルを持ってきてくれたりしている。
切った髪は、陛下が持っていかなかったので手に持ったままだ。侍女に手渡して、回収してもらう。
サラサは私に「整えますので、動かないでください」と言うと、そのままチャキチャキと鋏を動かしていった。
「プロではありませんので、とりあえず整える程度になりますが……。いいですか、王妃陛下。向こうに着いたらまず理容師を手配します」
「え、ええ。……あの、あなたたちは驚いていないの?私が、髪を切ったこと」
サラサの怒りは、髪を切ったことではなく、髪をナイフで切ったことにあるようだった。通常、貴族の女性が髪をバッサリ切るなど有り得ない。
顔をしかめられて然るべき行いだ。それなのに、彼女たちはそれについては何も言わなかった。
困惑して尋ねると、サラサの手が止まる。
「……確かに驚きましたが」
そこで、オイルの用意をしていたもうひとりの侍女、メアリーが顔を上げ、私を見て微笑んだ。彼女は緩いウェーブを描く赤毛に、白い頬にソバカスが薄く見える、あどけない顔立ちをしている。
「王妃陛下のことです。何か、お考えがあるのだと私たちは思いました」
「──」
思いがけない言葉に、目を見開いた。
メアリーはゆっくり、言葉を紡ぐ。
「私どもは、王妃陛下を信頼しておりますし、敬愛しております。ですから、驚きはしましたが、王妃陛下らしい、とも思いましたわ」
「私らしい?」
首を傾げる。すると、サラサから「動かないでくださいませ」と注意を受けた。
慌てて顔の位置を戻す。メアリーは、短くなった私の髪にオイルをつけながら答えた。
「ええ。威風堂々としていて、どんな時でもかっこいい、私たちの敬愛する王妃陛下です」
「…………」
「王妃陛下が王妃の席を降りられても、私どもの心はあなたにあります。……少なくとも私は、新しい王妃陛下にお仕えする気はありません」
新しい王妃、というのはベロニカのことを言っているのだろう。本来なら、苦笑を浮かべるメアリーを咎めなければならない場面だ。
ベロニカは伯爵家の娘で、陛下の愛人という立場にある。どんなに人柄に問題があろうと、貶めていい相手ではないのだ。
しかし私はそれを指摘することなく、俯いた。
そして、後半は聞かなかったことにして、ため息交じりに言う。
「……過大評価され過ぎている気がするわ」
小声で言うとメアリーが小さく微笑み、そして
「王妃陛下。動かないでください」
サラサから再び注意を受けるのだった。
怪物を見るような目を私に向けると「狂った女に用はない」と言い捨て、早々に部屋を出ていった。
何でも、貴族院に届け内容を確認するらしい。
私のことを頭のおかしい女、と思いながらも、今更道具を手放せないようだ。
陛下が退室した後の部屋で、私はソファに腰を下ろすと、足を組んだ。
(ま、私が不在になれば当然、彼も今まで通りにはいかなくなるでしょうね)
諸侯会議も国王への謁見も、奏上も、全て私が代理で行っていた。
しかも、私に委任しておきながら後で文句を言ってくるのが彼である。彼自身確認して国璽を押したものだというのに、あとから何か思うことでもあるのか、度々私に苦情を入れてくるのだ。
面倒な上司にも程がある。
(『はあ?それこの前報告したじゃない』という内容の、なんと多いことか……)
報告書を確認していないからこそ、起きることなのだろう。
陛下は説明を求めて私のところまで押しかけてくるのだけど、つまり、まあ。
有り体に言うなら、私は体のいい道具であり、執務を回すための歯車に過ぎなかった、というわけだ。
しかし、ひとつの歯車が欠けても、結局何とかなるのが社会の常、というもの。
(人材不足で常に人手が足りない職場でベテランが辞めても、結局何とかなるのよ)
いや、何とかすると言った方が正しいか。
だけど何とかしなければならないと考えるのは上層部の判断で、現場の歯車たちが心身を削る必要は無い、と私は思っている。
私がいなくなったところで、それぞれ担当の大臣は残っているし、宰相だっている。
大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし、そもそもの話。
王妃がいなくなっただけで潰える国なら、どっちみち未来はない。私がいなくなった程度で瓦解するのなら、遅かれ早かれ、この国はだめになるというものだろう。
スッキリ軽くなった肩に比例して、心も軽やかだった。
気分は上々。爽快だ。
陛下が去ると、大慌てで私付きの侍女サラサが私の元まで小走りでやってきた。王妃付きとは思えない品位に欠けた振る舞いだが、それほどの緊急事態、ということなのだろう。
彼女は薄い亜麻色の髪をひっつめた、真面目な侍女である。
サラサは顔面蒼白で私を見ると、震えた声で言った。
「王妃陛下……その、お髪は」
どうするつもりか、という問いかけか。
あるいは、なぜ髪を切るなど蛮行に出たのか、という問いかけか。
そのどちらもかも知れないが、あえて私は頭を振って、短い髪の感触を楽しむと、サラサに笑いかけた。
「……どう?良いでしょう?気分転換よ」
「──なんってことを……!!」
予想はしていたが、サラサは悲鳴のような声を出した。
そして、彼女は機敏に動くと梳き鋏と、散髪用鋏、そして白いタオルを持参すると真剣に私に言った。
「なんということをするのですか!!ナイフで髪を切るなど!!」
「…………」
むっつり押し黙ると、サラサはさらに怒った声で言った。
「ナイフなんかで切ったら、髪が痛むではありませんか!!」
「…………ん?」
顔を上げると、サラサはため息を吐き、私の後ろに回った。
ほかの侍女はカーペットに散らばった髪を回収したり、髪の保湿のために、とオイルを持ってきてくれたりしている。
切った髪は、陛下が持っていかなかったので手に持ったままだ。侍女に手渡して、回収してもらう。
サラサは私に「整えますので、動かないでください」と言うと、そのままチャキチャキと鋏を動かしていった。
「プロではありませんので、とりあえず整える程度になりますが……。いいですか、王妃陛下。向こうに着いたらまず理容師を手配します」
「え、ええ。……あの、あなたたちは驚いていないの?私が、髪を切ったこと」
サラサの怒りは、髪を切ったことではなく、髪をナイフで切ったことにあるようだった。通常、貴族の女性が髪をバッサリ切るなど有り得ない。
顔をしかめられて然るべき行いだ。それなのに、彼女たちはそれについては何も言わなかった。
困惑して尋ねると、サラサの手が止まる。
「……確かに驚きましたが」
そこで、オイルの用意をしていたもうひとりの侍女、メアリーが顔を上げ、私を見て微笑んだ。彼女は緩いウェーブを描く赤毛に、白い頬にソバカスが薄く見える、あどけない顔立ちをしている。
「王妃陛下のことです。何か、お考えがあるのだと私たちは思いました」
「──」
思いがけない言葉に、目を見開いた。
メアリーはゆっくり、言葉を紡ぐ。
「私どもは、王妃陛下を信頼しておりますし、敬愛しております。ですから、驚きはしましたが、王妃陛下らしい、とも思いましたわ」
「私らしい?」
首を傾げる。すると、サラサから「動かないでくださいませ」と注意を受けた。
慌てて顔の位置を戻す。メアリーは、短くなった私の髪にオイルをつけながら答えた。
「ええ。威風堂々としていて、どんな時でもかっこいい、私たちの敬愛する王妃陛下です」
「…………」
「王妃陛下が王妃の席を降りられても、私どもの心はあなたにあります。……少なくとも私は、新しい王妃陛下にお仕えする気はありません」
新しい王妃、というのはベロニカのことを言っているのだろう。本来なら、苦笑を浮かべるメアリーを咎めなければならない場面だ。
ベロニカは伯爵家の娘で、陛下の愛人という立場にある。どんなに人柄に問題があろうと、貶めていい相手ではないのだ。
しかし私はそれを指摘することなく、俯いた。
そして、後半は聞かなかったことにして、ため息交じりに言う。
「……過大評価され過ぎている気がするわ」
小声で言うとメアリーが小さく微笑み、そして
「王妃陛下。動かないでください」
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