〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

文字の大きさ
20 / 48
2.悪妃は余暇を楽しみたい

精霊の住まう街

しおりを挟む
「…………」

無言で髪留めを外すルーンケン卿。
だけどそのシャツのポケットにも猫が刺繍されている(猫がこんにちは!するようなデザインである)ので、あまり意味が無い。
私は首を傾げ、彼に言った。

「休暇中なのですよね。確か、休暇申請を取っているとお聞きしましたが」

そう。
私が長期休暇を取得するにあたり、【大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし】と言ったひとが、まさにこのルーンケン卿なのである。
ルーンケン卿は静かに頷いて答えた。

「……そうですね。縁があり、ニュンペーに足を運んでいました」

意地でも猫好きとは認めたくないらしい。

(彼なりの矜恃なのかなんなのか分からないけれど……まあ、彼らしいっちゃ彼らしいわね)

そして、猫好きかどうかはこの場においてさほど重要ではないので、私も深くは聞かなかった。
すると、今度はルーンケン卿が私に尋ねてくる。

「王妃陛……失礼しました。クレメンティーナ様。その髪は一体──」

ルーンケン卿は、言いにくそうにしながらも尋ねてきた。
それにほんの少し、驚く。彼にもそういった繊細な気遣いができるのか、と失礼ながらもそう思ったからだ。

だけど、こんなにバッサリと切ったのだ。
気になるのも当然というものだろう。
私は頷いてから端的に答えた。

「切りました。諸々、鬱陶しかったので」

それだけ言うと彼は「ああ」と納得したような声を出した。それで納得するのね!?

(もっと細かく聞かれるかと思ったから、意外だわ……)

それ以上、その話をする必要は無いと判断したのか、こちらの方が重要案件だと思ったのか。
ルーンケン卿はため息交じりに言った。

「……視察は本当です。ここ最近のニュンペーの報告に違和感を覚えましたから」

「違和感、ですか?」

「クレメンティーナ様はここに来たのは初めてですか?」

彼の言葉に、私は頷いて答えた。

すると、ルーンケン卿は私から視線を外し、遠く──牧場の向こう、大通りの方を見ながら言った。

「……以前、この地を私が訪ねた時より、暑くなっているのです」

「それは、季節が関係しているのではなくて?」

私の言葉に、ルーンケン卿は首を横に振った。

「ニュンペーは、季節に囚われず常に涼しい土地として有名な場所です。本来、暑くなるはずがありません。例え、夏であってもそれは変わらない」

「では、なにか理由があると?それに……先程言っていた、あなたの感じた違和感、とは?」

次々に尋ねると、ルーンケン卿は頷いてからケヴィンが持ってきたアイスティーに口をつけた。
喉を潤すと彼はまた、話し出した。

「……ニュンペーからの報告で、数字の合わない箇所があります」

「それは──」

「ニュンペー地方の支出計算書です。チラホラ、支出があっていない箇所がある。しかし、それは私に報告されることなく、承認されていました」

驚きに息を呑む。目を見開く私に、ルーンケン卿は頷いて答えた。

「この件は、確たる証拠が見つかったらあなた、ないし貴族院に報告をあげる予定でした。現状では、正確な報告がなされていないことしか分かっていません」

彼の言葉に、私は少し考えた。
それから、彼に尋ねる。

「…………ルーンケン卿は、長期休暇では無かったのですか?」

「長期休暇中ですよ。これは、趣味も兼ねています」

なるほど、仕事中毒ワーカーホリック
私が内心頷いていると、彼は話を続ける。

「で、足を運んでみれば、以前来た時よりも随分気温が高くなっている。体感で6度くらい、でしょうか」

(やけに具体的ね……)

温度計で持ち歩いてるの?
彼の具体的な数字にやや引きながら、私はそれはそれとして、彼の言葉を整理した。

支出のおかしい報告書。
正確な報告がされていない現状。
そして、なぜか気温の高くなっている、ニュンペー地方。
ひとつめとふたつめの関連性はあれど、三つ目がどうかまでは分からない。
私がそう考えていると、ルーンケン卿が言葉を続けた。

「ですから、住民の方に聞き込みをしていたのです」

「成果はいかがです?」

尋ねると首を横に振られる。

「調査途中で、トラブルが発生しましたので」

「ああ……」

トラブル、つまり私とぶつかったことだろう。
そういえば、猫ちゃんの咥えていたお魚さんならぬ、生肉がぶつかってきたのだった。
胸元を見ると、赤い肉汁がついていて口元が引きつった。
ルーンケン卿が僅かに眉を寄せる。

「……服を汚してしまいましたね、申し訳ありません。後ほど弁償します」

「構いませんわ。こういうトラブルもままあることでしょうし」

そう、例えばアイスクリーム片手に走っている子供とぶつかって、アイスがべちゃり、とかね!
私はふと、先程見た猫たちの様子を思い浮かべる。やけに道端に落ちてる猫ちゃんが多いな、と思ったのだけど。
もしかして、あれは。

「……道端で、猫ちゃんが伸びていたのは?」

「例年より暑いからかと」

なんてこと。
私はこの地は初めましてなので知らなかったのだけど、ルーンケン卿は何回か足を運んでいたのだろう。
彼は慣れたように頷いて見せた。

「この地に住まう猫たちは、暑さに耐性がありませんから」

「この気温は今後も上昇するのかしら……」

ふと気になったことを口にすると、ルーンケン卿が眉を寄せる。それから、トントン、と指でテーブルを叩いた。
彼も悩んでいるらしい。ややしてから、彼が答える。

「……現状では、なんとも。ですが、その可能性は高いです」

「支出報告書の数字が合わないのもおかしいし、それを財務大臣あなたに報告してないのもおかしい。さらには、気温上昇、ね。ニュンペーは観光地なのだし、報告にあがってきてもおかしくないのだけど」

「それも含めて、隠蔽したかった?」

私の言葉を引き継ぐように彼がいい、私は頷いた。

「その可能性はありそうですね」

それから、私たちは今後の予定を話し合った。

ルーンケン卿はこの後も聞き取り調査を進めるという。
私は一度宿に戻り、侍女たちと話し合ってから、改めて彼に連絡することを伝え、その場は解散となった。


しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...