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2.悪妃は余暇を楽しみたい
精霊の住まう街
「…………」
無言で髪留めを外すルーンケン卿。
だけどそのシャツのポケットにも猫が刺繍されている(猫がこんにちは!するようなデザインである)ので、あまり意味が無い。
私は首を傾げ、彼に言った。
「休暇中なのですよね。確か、休暇申請を取っているとお聞きしましたが」
そう。
私が長期休暇を取得するにあたり、【大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし】と言ったひとが、まさにこのルーンケン卿なのである。
ルーンケン卿は静かに頷いて答えた。
「……そうですね。縁があり、ニュンペーに足を運んでいました」
意地でも猫好きとは認めたくないらしい。
(彼なりの矜恃なのかなんなのか分からないけれど……まあ、彼らしいっちゃ彼らしいわね)
そして、猫好きかどうかはこの場においてさほど重要ではないので、私も深くは聞かなかった。
すると、今度はルーンケン卿が私に尋ねてくる。
「王妃陛……失礼しました。クレメンティーナ様。その髪は一体──」
ルーンケン卿は、言いにくそうにしながらも尋ねてきた。
それにほんの少し、驚く。彼にもそういった繊細な気遣いができるのか、と失礼ながらもそう思ったからだ。
だけど、こんなにバッサリと切ったのだ。
気になるのも当然というものだろう。
私は頷いてから端的に答えた。
「切りました。諸々、鬱陶しかったので」
それだけ言うと彼は「ああ」と納得したような声を出した。それで納得するのね!?
(もっと細かく聞かれるかと思ったから、意外だわ……)
それ以上、その話をする必要は無いと判断したのか、こちらの方が重要案件だと思ったのか。
ルーンケン卿はため息交じりに言った。
「……視察は本当です。ここ最近のニュンペーの報告に違和感を覚えましたから」
「違和感、ですか?」
「クレメンティーナ様はここに来たのは初めてですか?」
彼の言葉に、私は頷いて答えた。
すると、ルーンケン卿は私から視線を外し、遠く──牧場の向こう、大通りの方を見ながら言った。
「……以前、この地を私が訪ねた時より、暑くなっているのです」
「それは、季節が関係しているのではなくて?」
私の言葉に、ルーンケン卿は首を横に振った。
「ニュンペーは、季節に囚われず常に涼しい土地として有名な場所です。本来、暑くなるはずがありません。例え、夏であってもそれは変わらない」
「では、なにか理由があると?それに……先程言っていた、あなたの感じた違和感、とは?」
次々に尋ねると、ルーンケン卿は頷いてからケヴィンが持ってきたアイスティーに口をつけた。
喉を潤すと彼はまた、話し出した。
「……ニュンペーからの報告で、数字の合わない箇所があります」
「それは──」
「ニュンペー地方の支出計算書です。チラホラ、支出があっていない箇所がある。しかし、それは私に報告されることなく、承認されていました」
驚きに息を呑む。目を見開く私に、ルーンケン卿は頷いて答えた。
「この件は、確たる証拠が見つかったらあなた、ないし貴族院に報告をあげる予定でした。現状では、正確な報告がなされていないことしか分かっていません」
彼の言葉に、私は少し考えた。
それから、彼に尋ねる。
「…………ルーンケン卿は、長期休暇では無かったのですか?」
「長期休暇中ですよ。これは、趣味も兼ねています」
なるほど、仕事中毒。
私が内心頷いていると、彼は話を続ける。
「で、足を運んでみれば、以前来た時よりも随分気温が高くなっている。体感で6度くらい、でしょうか」
(やけに具体的ね……)
温度計で持ち歩いてるの?
彼の具体的な数字にやや引きながら、私はそれはそれとして、彼の言葉を整理した。
支出のおかしい報告書。
正確な報告がされていない現状。
そして、なぜか気温の高くなっている、ニュンペー地方。
ひとつめとふたつめの関連性はあれど、三つ目がどうかまでは分からない。
私がそう考えていると、ルーンケン卿が言葉を続けた。
「ですから、住民の方に聞き込みをしていたのです」
「成果はいかがです?」
尋ねると首を横に振られる。
「調査途中で、トラブルが発生しましたので」
「ああ……」
トラブル、つまり私とぶつかったことだろう。
そういえば、猫ちゃんの咥えていたお魚さんならぬ、生肉がぶつかってきたのだった。
胸元を見ると、赤い肉汁がついていて口元が引きつった。
ルーンケン卿が僅かに眉を寄せる。
「……服を汚してしまいましたね、申し訳ありません。後ほど弁償します」
「構いませんわ。こういうトラブルもままあることでしょうし」
そう、例えばアイスクリーム片手に走っている子供とぶつかって、アイスがべちゃり、とかね!
私はふと、先程見た猫たちの様子を思い浮かべる。やけに道端に落ちてる猫ちゃんが多いな、と思ったのだけど。
もしかして、あれは。
「……道端で、猫ちゃんが伸びていたのは?」
「例年より暑いからかと」
なんてこと。
私はこの地は初めましてなので知らなかったのだけど、ルーンケン卿は何回か足を運んでいたのだろう。
彼は慣れたように頷いて見せた。
「この地に住まう猫たちは、暑さに耐性がありませんから」
「この気温は今後も上昇するのかしら……」
ふと気になったことを口にすると、ルーンケン卿が眉を寄せる。それから、トントン、と指でテーブルを叩いた。
彼も悩んでいるらしい。ややしてから、彼が答える。
「……現状では、なんとも。ですが、その可能性は高いです」
「支出報告書の数字が合わないのもおかしいし、それを財務大臣に報告してないのもおかしい。さらには、気温上昇、ね。ニュンペーは観光地なのだし、報告にあがってきてもおかしくないのだけど」
「それも含めて、隠蔽したかった?」
私の言葉を引き継ぐように彼がいい、私は頷いた。
「その可能性はありそうですね」
それから、私たちは今後の予定を話し合った。
ルーンケン卿はこの後も聞き取り調査を進めるという。
私は一度宿に戻り、侍女たちと話し合ってから、改めて彼に連絡することを伝え、その場は解散となった。
無言で髪留めを外すルーンケン卿。
だけどそのシャツのポケットにも猫が刺繍されている(猫がこんにちは!するようなデザインである)ので、あまり意味が無い。
私は首を傾げ、彼に言った。
「休暇中なのですよね。確か、休暇申請を取っているとお聞きしましたが」
そう。
私が長期休暇を取得するにあたり、【大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし】と言ったひとが、まさにこのルーンケン卿なのである。
ルーンケン卿は静かに頷いて答えた。
「……そうですね。縁があり、ニュンペーに足を運んでいました」
意地でも猫好きとは認めたくないらしい。
(彼なりの矜恃なのかなんなのか分からないけれど……まあ、彼らしいっちゃ彼らしいわね)
そして、猫好きかどうかはこの場においてさほど重要ではないので、私も深くは聞かなかった。
すると、今度はルーンケン卿が私に尋ねてくる。
「王妃陛……失礼しました。クレメンティーナ様。その髪は一体──」
ルーンケン卿は、言いにくそうにしながらも尋ねてきた。
それにほんの少し、驚く。彼にもそういった繊細な気遣いができるのか、と失礼ながらもそう思ったからだ。
だけど、こんなにバッサリと切ったのだ。
気になるのも当然というものだろう。
私は頷いてから端的に答えた。
「切りました。諸々、鬱陶しかったので」
それだけ言うと彼は「ああ」と納得したような声を出した。それで納得するのね!?
(もっと細かく聞かれるかと思ったから、意外だわ……)
それ以上、その話をする必要は無いと判断したのか、こちらの方が重要案件だと思ったのか。
ルーンケン卿はため息交じりに言った。
「……視察は本当です。ここ最近のニュンペーの報告に違和感を覚えましたから」
「違和感、ですか?」
「クレメンティーナ様はここに来たのは初めてですか?」
彼の言葉に、私は頷いて答えた。
すると、ルーンケン卿は私から視線を外し、遠く──牧場の向こう、大通りの方を見ながら言った。
「……以前、この地を私が訪ねた時より、暑くなっているのです」
「それは、季節が関係しているのではなくて?」
私の言葉に、ルーンケン卿は首を横に振った。
「ニュンペーは、季節に囚われず常に涼しい土地として有名な場所です。本来、暑くなるはずがありません。例え、夏であってもそれは変わらない」
「では、なにか理由があると?それに……先程言っていた、あなたの感じた違和感、とは?」
次々に尋ねると、ルーンケン卿は頷いてからケヴィンが持ってきたアイスティーに口をつけた。
喉を潤すと彼はまた、話し出した。
「……ニュンペーからの報告で、数字の合わない箇所があります」
「それは──」
「ニュンペー地方の支出計算書です。チラホラ、支出があっていない箇所がある。しかし、それは私に報告されることなく、承認されていました」
驚きに息を呑む。目を見開く私に、ルーンケン卿は頷いて答えた。
「この件は、確たる証拠が見つかったらあなた、ないし貴族院に報告をあげる予定でした。現状では、正確な報告がなされていないことしか分かっていません」
彼の言葉に、私は少し考えた。
それから、彼に尋ねる。
「…………ルーンケン卿は、長期休暇では無かったのですか?」
「長期休暇中ですよ。これは、趣味も兼ねています」
なるほど、仕事中毒。
私が内心頷いていると、彼は話を続ける。
「で、足を運んでみれば、以前来た時よりも随分気温が高くなっている。体感で6度くらい、でしょうか」
(やけに具体的ね……)
温度計で持ち歩いてるの?
彼の具体的な数字にやや引きながら、私はそれはそれとして、彼の言葉を整理した。
支出のおかしい報告書。
正確な報告がされていない現状。
そして、なぜか気温の高くなっている、ニュンペー地方。
ひとつめとふたつめの関連性はあれど、三つ目がどうかまでは分からない。
私がそう考えていると、ルーンケン卿が言葉を続けた。
「ですから、住民の方に聞き込みをしていたのです」
「成果はいかがです?」
尋ねると首を横に振られる。
「調査途中で、トラブルが発生しましたので」
「ああ……」
トラブル、つまり私とぶつかったことだろう。
そういえば、猫ちゃんの咥えていたお魚さんならぬ、生肉がぶつかってきたのだった。
胸元を見ると、赤い肉汁がついていて口元が引きつった。
ルーンケン卿が僅かに眉を寄せる。
「……服を汚してしまいましたね、申し訳ありません。後ほど弁償します」
「構いませんわ。こういうトラブルもままあることでしょうし」
そう、例えばアイスクリーム片手に走っている子供とぶつかって、アイスがべちゃり、とかね!
私はふと、先程見た猫たちの様子を思い浮かべる。やけに道端に落ちてる猫ちゃんが多いな、と思ったのだけど。
もしかして、あれは。
「……道端で、猫ちゃんが伸びていたのは?」
「例年より暑いからかと」
なんてこと。
私はこの地は初めましてなので知らなかったのだけど、ルーンケン卿は何回か足を運んでいたのだろう。
彼は慣れたように頷いて見せた。
「この地に住まう猫たちは、暑さに耐性がありませんから」
「この気温は今後も上昇するのかしら……」
ふと気になったことを口にすると、ルーンケン卿が眉を寄せる。それから、トントン、と指でテーブルを叩いた。
彼も悩んでいるらしい。ややしてから、彼が答える。
「……現状では、なんとも。ですが、その可能性は高いです」
「支出報告書の数字が合わないのもおかしいし、それを財務大臣に報告してないのもおかしい。さらには、気温上昇、ね。ニュンペーは観光地なのだし、報告にあがってきてもおかしくないのだけど」
「それも含めて、隠蔽したかった?」
私の言葉を引き継ぐように彼がいい、私は頷いた。
「その可能性はありそうですね」
それから、私たちは今後の予定を話し合った。
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(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)