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離縁ってどう思う?
「セルカは、離縁ってどう思う?」
「…………は?」
セルカは文字通りは?という顔をした。それを見て私は苦笑する。あれから何度も考えた。だけど考えても妙案は浮かばなかった。私は膝の上に手を揃えてセルカを見た。目の前にはホカホカと入れたばかりの紅茶に。カモミールティーの柔らかい香りが緊張を解してくれる。
「あのね、レイルは多分私の事好きじゃないと思う」
あんなにはっきりヴィヴィアナ様に愛を誓っていたのだ。私のことは好きでは無いのだろう。私とは政略結婚だったのだ。レイルとの夜は優しい。それに、何度も愛しているだとか、好きだとか言ってくれる。だけどそれは夜の間だけ。ベッドから降りれば、彼は私とはどこか距離を置く。その理由がまさか………これだったなんて。
私にとってレイルは雲の上の人だった。幼い時に何度かレイルは見たことがある。私だって伯爵家の娘だった。お茶会や催し物の際に何度も彼の姿を見た。
幼いながらに凛としていて、聡明そうな王太子殿下。話しかけるとふ、とその表情が柔らかくなって、少しだけ瞳の色が優しくなる。私はレイルと話したことは無かったけれど、彼がほかの人と話すところを何度も見た。遠くから、こっそりと。
幼い私にとってレイルは憧れで、好きな人だった。だけど私は伯爵家に生まれたのだしきっと好きな人と結婚なんてできない。わかってる。だから私はこの恋心に蓋をした。
それが覆されたのは半年前だった。レイルの婚約者だった公爵令嬢はあまりいい噂がなく、レイルとの関係もあまり良くないと噂されていた。それでも政略結婚だし、彼女は公爵令嬢だったから。きっと結婚するのだろうと思っていた。私も思っていた。
時々ふたりを見かければその距離の近さだとか、その許された距離感に胸にもやがかったような気分になった。これは嫉妬だ。私に許された感情ではない。元公爵令嬢とレイルに恋愛感情はなかったのか、あまり仲良くなさそうなのは傍目から見ても分かった。
だけど、公爵家は王家に叛意を翻えそうてしていた。物的賞と証言が合わさり、公爵家はは言い逃れのできない状況まで追い詰められた。結果、公爵家の叛意は国王に認められることとなり、家ごと取り潰された。その一連の流れに一役買ったのがヴィヴィアナ伯爵令嬢だ。
ーーーまあ、その伯爵令嬢もやはり家が人身売買に絡んでいたことにより、処分を受けたのだけど
不祥事が重なりに重なり、転がり込んできた婚約話。
言ってしまえばこれは形ばかりの結婚というわけだ。愛なんて、育まれるはずがなかった。
それに、レイルはヴィヴィアナ様が好きなのだと言う。ならば私は彼らにとって邪魔者なのだろう。物語でよく見る、悪役(ヒール)。まさか自分がそれだとは思わなかったけれど。
好きだったのは私だけ。恋をしていたのも私だけ。
勘違いしていたのは、私だけだった。
私は、この半年間。とっても幸せだった。レイルに愛されていると錯覚(・・)して、幸せを享受していた。レイルの、彼らの幸せを犠牲にして。私だけが幸福だった。それであれば、私は彼らに返さなければならないだろう。私だけが形ばかりの結婚に幸せを見出すなんて、あまりにも惨めだし、みっともない。
それに何より、最愛の人と引き離せられただけでなく全く知らない赤の他人だった女と結婚したのに、レイルは私をとても愛してくれた。それが表面上だったとはいえ、私は確かにそれに喜びを覚えたのだ。
「王太子殿下が…………妃殿下を愛してない、ですか?」
上擦った声でセルカが問う。それに答えるのはやはり少しだけ気まずくて、それでも苦笑しながら言う。
「レイルは、ヴィヴィアナ様がお好きなのですって。………でもね、私、レイルのこと…………」
「そんな噂………!たしかにそのような話は聞いたことがございます。だけどそんなの、根も葉もない噂話でございます!ちゃんと、王太子殿下は妃殿下のことを愛されていますよ!」
セルカが憤慨したように言う。そうだろう。私だって愛されていると思っていた。私が勘違いするのだから侍女だってそう思っても仕方ない。それほどまでに、レイルの演技は完璧だった。
「でもね、私聞いてしまったの」
「え……?」
「レイルの、ヴィヴィアナ様への、愛の告白を」
「ーーー」
セルカが言葉を失う。
それはそうだろう。そうだと思う。私は思った以上に冷静な声を出せていることに自分自身驚いていた。
空気が気まずくなる前に、私はわざと笑ってセルカにいった。
「でもね。いいのよ。私、とても幸せだったもの。……私の、この、幸せは………。奪ったものだった。…………それなら、多分。返した方がいいと思うの。それが一番、皆幸せになれる………」
「リーフェリア………様」
「だからね?穏便に、なるべく平穏に離縁したいと思うの。私は、とても幸せだったのよ。そのご恩を、今度はレイル様にお返ししたい」
私が笑ってそう言うと、セルカは未だに呆然とした顔をしていた。
***
思えば、最近のレイルは部屋に戻ってくるのが遅かった。その理由はただ単純に政務が立て込んでるのだろうと思っていたが。違ったのだろう。きっと、私に会いたくなかったからだ。レイルがヴィヴィアナ様を愛していると理解すれば早いもので、私はすっと自分が彼らの恋愛劇を見守る傍観者になったのを知った。
きっと幸せにしてみせる。私に幸せをくれた、あの優しすぎるレイルに、恩返しをしたい。
ヴィヴィアナ様は…………正直、あまり得意ではない。レイルの愛する人をこんな風に言うのは良くないことだとわかっているが、それにしても少し尖りすぎている。なんというか、意見がとても鋭いのだ。そして、あまり人の気持ちを汲むのが得意では無いのだと思う。何回かしか話したことは無いがそのどれもがあまりいい思い出とは言えず、私は微妙な気持ちにならざるを得なかった。だけどレイルはそんな女性が好きなのだ。そういった、気の強い、少し変わった人が。
その日はベッドの中に入り、ひとり冷たいベッドで朝を迎えた。隣を見てもやはり人が寝た形跡はない。前に聞いた時レイルは深夜に戻り早朝に出ていると言っていたが、もしかしたらそれも嘘なのかもしれない。私を守るための、優しい嘘。それを思うと少しだけ悲しくなってきた。
二日経ち、ようやく私は決心した。
レイルと話そう。
そして、穏便に離婚しようと思う。大丈夫。私はレイルとヴィヴィアナ様の愛を応援する。私には残念ながら得られなかったものだが、レイルにはそれを大切にしてもらいたい。それくらいには、好きだった。
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