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最後の夜
「お湯を浴びてくる。汚れたままでリーフェを抱きたくない」
そう言ってレイルは浴室に向かった。
私はそれをぼんやりと見ながら、終わりの時が刻々と近づいてることを知った。今日は、めいっぱい抱いて欲しかった。レイルの体温を、熱を、近くにいたことを覚えていたかった。女々しい女だと思う。最後だからと甘えて、抱いてもらうなんて、最低だ。レイルはヴィヴィアナ様が好きなのに。それなのに、抱いてもらうよう頼むなんて。
なんて、浅ましいーーー。
レイルがいなくなったことで、涙がぼたほたと落ちてきた。だけど私はそのままにしておちた。ふくのが面倒くさかった。気持ちを洗い落とす気分でそのままにしておけば、浴室の向こうで衣擦れの音が響いた。
もう上がったのか。とても早い。さっき入ったばかりの気がするけれど。
よっぽど急いでくれたのだろう。それに罪悪感を覚えた。
目をきつく瞑って涙を払い落とす。深呼吸を何度がすると荒かった呼吸がゆっくりと戻っていった。
レイルは入浴する際手伝いをつけない。それは過去、手伝いをする女性に迫られたのが原因らしい。入浴の手伝いをするはずの女性に迫られ襲われそうになったレイルは、それ以来自室に侍女を呼ばなくなった。女嫌いと言うよりはそういういざこざを面倒がってるように見える。以前にもこんな会話をしたことがあった。
『私、レイル様のこと………とても好きなのです。その、お顔立ちが、すっごく好みで……。あっ、あの、もちろんそれ以外にも好きなところはあるんですけど、でもレイル様の目に見られるとドキドキしてしまって、』
『………可愛いこと言うね。それならずっとリーフェのこと見ていようかな?ずっとリーフェばかりを見ていられるのだから俺も役得だしね』
『レ、レイル様………その、照れます』
『ふ、リーフェはまだ敬語だね。それに敬称も付けてるし。いつになったら慣れてくれるのかな?』
『ご、ごめんなさ………ごめ、んね?あの、慣れなくて……』
『…………いいよ。可愛いから。でもまあ、リーフェがこの見た目を気に入ってくれてるなら良かったよ。正直、俺はこの見た目があんまり好きじゃないんだよね。いい事ばかりとも言えないし。まあ確かに役立つところはあるんだけど。………でもまあ一番はリーフェに好きだと言われたから。それだけで良かったと思えるよ』
ーーーその時はレイルのその言葉に顔が赤くなってしまって何も言えなかったが、確かにレイルはいっていた。
その時のことを思いだすとどうしても感傷が沸き上がる。そういえば、その時はまだ私はレイルに敬語で、そして敬称をつけて呼んでいた。だけどレイルは『夫婦になるのだから様はいらないし、敬語も必要ない』と切り捨てたのだ。慣れるのには時間がかかったけれど、今では逆に彼にそうして話すのにきごちなくなりそうだ。でも、覚悟しておかないと。
不意に、名前を呼ばれた。
顔を上げると、噛み付くような口付けを落とされる。頭がクラクラする。それはアルコールのせいだろうか。ふわふわした頭で、これが最後なのだと知る。
アルコールが適度に入っていてよかった。抱かれながら泣くなんてとんでもない話だ。
「んっ………ふ、ん、ぅ」
鼻にかかる甘い声が知らずして漏れる。それを聞かせるのは忍びないのに、レイルは私の首裏をしっかり掴み角度を固定して、唇だけを合わせた。するとぬるりと唇を薄く舐められて、思わず肩が跳ねる。跳ねた肩をくすぐるようにレイルが軽く指で触れた。
緊張と動悸でクラクラする。レイルの唇は少し冷たかったけど、すぐに熱くなった。
「あっ………ん、ぅ、レイ………ん、ぅ」
「リーフェ、可愛い。もっと口開けて。………うん、そう。上手」
レイルが褒めるような響きで囁くからそれが恥ずかしいのに嬉しくて、頭が混乱する。頭を軽く撫でたレイルは、やがて私にのしかかるようにして体重をかけてきた。ソファの上でこのまま致すのかと思いきや、ふっと浮遊感。
レイルに抱き上げられたのだ。驚いて思わず彼に抱きついた。レイルの髪はまだ少し湿っている。彼の金糸のような髪が首筋にはりつき、酷くなまめかしい。
「レイっ………あの、私歩ける、から」
小さく抗議したものの、首元にキスを落とされおもわず体がぴくりと震える。
「知ってる。でも、俺がこうしたかった。一刻も早くリーフェを抱きたい。………寂しい思いをさせた分も含めて、ね」
そう言ってレイルは私の頬にするりと頬を軽く触れ合わせた。サラサラとした感触。レイルの肌はきめ細かく、白い。お化粧なんて必要ない程に白いのは王妃様の家系だ。
王妃様は北の地方の出で、その地方は美人が多いと有名。
かなり冷え込む土地で、夏よりも冬の方が圧倒的に長い。そんな環境だからかあまり紫外線とは無縁である王妃様の家系は肌が白い人が多く、そして美形が多い。王妃様の血を濃く受け継いだレイルも同様で、色素が薄く肌も白い。私と同じか、もしかしたら私よりも白いのではないかと思うとスキンケアに励まなければと常々思っていた。
だけどそんなの。なんも意味もなかったのに。どんなに美容に気をつけても、見た目に気を使っても、レイルが好きなのはただ一人なのだ。それは私ではない。私が何をしたって、どんなことをしたってレイルが見つめる先は私ではないのだ。心臓に刃を差し込まれたように、柔らかい部分がじわじわと痛む。
そうしている間にもレイルはあっさりと寝台へとたどり着き、私をそっと下ろした。まるで、宝物にでも触れるかのような手つきで。その繊細な手つきに彼の優しさを見た気がした。本当は、私ではない、彼女を抱きたいはずなのに。彼がこうしたいのは私ではないのに。それなのに、彼は私を大切に扱ってくれる。それにどうしようもなく悲しくなって、切なくなって、私は口内を噛んだ。少しだけ痛む。やはり粘膜が傷ついてしまったようだ。
ーーーこんな状態でレイルとキスをしたら、きっとすぐに気づかれる
さっきのような唇を合わせるキスならまだしも、舌を絡み合わせるようなことをしたらすぐに気づかれるだろう。何より、口内は僅かに血の味がする。
私をベッドに下ろして、そっと私の肩の横に手を着いたレイルがすぐに唇に触れる。だけどそれは触れるだけの優しい口付けだった。私はそっと、さりげなく視線を外してレイルの首に腕を絡めた。自分からこんなことをするのは初めてだった。いつも、ベッドの中では私は恥ずかしくて自分から何かをすることなんてなかったから。でも、それで良かったのだろう。きっとレイルも、情のない相手に強請られたり、甘えられたりするのは苦痛だっただろう。
だから、いいのだ。でも今日だけは。今日だけは。最後にするから、どうか彼に甘えさせて欲しい。私がレイルを好きだったこと、私がレイルに抱かれたこと。覚えていたい。
それが自己満足であっても、これが私なりのケジメの付け方なのだ。だから。どうか許して。
すごく、すごく。好きだった。愛してた。初恋だった。そんな人にこうして愛してもらえるだけで、私はすごく幸せだったのだ。
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