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俺が、怖い?
今夜のことを考えると何も喉を通らなかった。
朝の紅茶もそこそこに、私は部屋に戻り刺繍に勤しんだ。
しかしそれも集中力にかけ、何度も時計を確認しては手を進めるという、とても落ち着きのない行動をとってしまった。もうすぐで、終わる。何もかも終わってしまう。そしてそれを告げるのは私であり、幕を引くのも私。手が震えそうになる。自分からこの幸福を手放すのは、やはり、苦しかった。だけど迷うことは無い。もう、決めているのだから。
随分と長く感じた一日を終えて、ようやく日が暮れる。茜色の空を窓からみながら、私はレイル様の帰りを待った。夕食前には帰ると彼の侍従から報告があった。
きっと、もうすぐ。
そう思って、再度深呼吸をした時だった。
扉に落ち着いたノックの音が響く。聞かなくてもわかる。
扉が開く音がし て、現れたのはレイル様だった。金のリネンのような髪は、シャンデリアの光に反射していつもより眩しく見えた。レイル様は私を見るとどこか安心したような、ほっとした笑みを浮かべた。
慣れ親しんだこの光景も、もう終わり。
「リーフェ。ただいま」
「お帰りなさいませ、レイル様」
「良かった。元気そうだね。今日は少し様子が違うと聞いたから、少し心配になって」
そう告げられて、私は彼に心配をかけたことを申し訳なく思った。私の挙動不審はどうやら彼に伝えられていたらしい。
私は息を飲んで、そしてゆっくりと告げた。彼から目は、離さない。
「…………レイル様、お話がございます」
レイル様は僅かに眉を寄せた。
私が敬語を使い、敬称を使う。明らかにおかしいと思っている。その訝しむような視線に心が折れないよう、私はしっかりとその湖面のような瞳を見続けた。
しかしレイル様は何を言うでもなく、まず私の腰を抱き、ソファへと誘導した。レイル様の些細な気遣いに、慣れたこの距離に、嬉しく思うことが苦しかった。
「座って」
レイル様に促されて私も座る。レイル様は私の腰を抱いたまま、隣に座った。この距離ももう手放さねばならない。分かってる。
レイル様は私の方を見ると、表情ひとつ動かすことなく告げた。声は平坦だった。
「レイル様って、何?それに、その話し方も」
「………私は、とても幸せでした」
レイル様の問いには答えず、私は今までのことを思い返した。
彼の目を見ると声が震えてしまうかもしれない。だから、目を瞑って話す。
ーーーとても幸せだった。
とても、幸福だった。この幸福に縋りたい、手離したくないと思ってしまうほどには。私は声が震えないようにお腹に力を入れ、レイル様に淡々と話すよう心がけた。
「この半年間、とても幸福でした。私は、リーフェリアは、レイル様の妻であれたこと、共にいれたこと、とても感謝しております。短い間でしたが、本当にお世話になりました。お側を離れましてもレイル様のお幸せを遠くから、」
「あのさぁ………ねぇ、リーフェ。何の話をしてるの?」
しかしその言葉は苛立ったようなレイル様の声に遮られた。そして告げた。これを言えば、全てが終わる。そう分かっていて、彼に言う。
「離縁いたしましょう」
沈黙が、永遠に思えた気がした。
伏せた目では何が起きてるか分からない。私は、勇気をだしてそっと視線を持ち上げた。そこには、訳が分からないと言った顔をしているレイル様がいた。彼のこんな顔は、初めて見た。
「ーーーは?」
間の抜けたような音。恐らく驚いているのだろう。私はいささか突然すぎたかと反省した。
私は少し微笑みを乗せて、できるだけ落ち着いた声を心がけて彼に告げた。
「ヴィヴィアナ様を愛していらっしゃるのでしょう?………大丈夫。存じてあげております」
沈黙。
その静けさに耐えかねたのは私だった。取り付くように笑みを浮かべてレイル様に告げる。
「大丈夫です。分かっております。ですから私は、今後についての話をーーー」
「俺が?あの女を?好き………?」
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