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すれ違いの先は
なにか、ひとつでも間違えれば取り返しのつかないことになりそうな。
そんな、空気。
「わっ……………私の質問に答えてくださいませ!!レイル様はヴィヴィアナ様がお好きなのでは!」
怖さのあまり、私は目をつぶって叫ぶように彼に聞いてしまった。その瞬間、薄氷のような張り詰めた空気が消えた気がして、ほっと内心息を吐いた。
「俺が…………あの女をすき?あの、高飛車だけが取り柄の?」
吐き捨てるような、自嘲するような声で言われて私は、思わず目を開けた。そこには想像通りの顔をしたレイル様がいて、彼はくだらないとでも言うように小さく笑を零した。
「どうしてそう思ったの?リーフェ」
「それは………っ!」
その時、不意にレイル様の指が動き、そのまま耳に触れられる。くるりと指の背でなでられてそれだけで息が詰まる。思わず言葉を切らしてしまった私に、レイル様が「ん?」と笑った。うっそりとした、海底のようなほの暗い色を瞳に宿して。
「俺がいけなかったね、リーフェに誤解するような態度をとってしまったかな。それにあの噂もあるし。実にくだらないよね」
「あ………の、レイル………様?」
言うと、レイル様が不意に微笑んだ。その微笑みは確かに優しいのに、どこか背筋を冷やすような空気を感じた。
ぞくりとする。レイル様は笑みを作ったまま、私の頬を優しく撫でた。その手つきも、優しいのに。なぜか、少し間違えたら壊れてしまいそうな危うさを孕んでいて。
「リーフェ」
穏やかな声。だけどそれが私をヒヤリとさせた。
「次、そうやって呼んだら酷くしちゃおうか」
「え……………」
「リーフェは俺のこと好き?………好きだよね。好きって言ってたよね?ねぇ………あれ、嘘?」
「う、そじゃ………!」
言いかけて、だけど止まる。
私の気持ちを言ってもいいのだろうか?だって、だってレイル様はヴィヴィアナ様が。好きな、はず………。本当に?本当に、レイル様はヴィヴィアナ様が好きなの?
だって、でも。確かにレイル様はそう言っていた。だからそのはずなのに。
混乱する頭で口をつぐんでいると、それを見たレイル様が「ふぅん」と無機質に呟いた。はっとしてそちらを見てーーー浮遊感。
思わず悲鳴がこぼれた。
「きゃっ………!?」
「いいよ。きみが話さないというのなら、触って確かめる。リーフェは嫌いな男に触られて気持ちよくなるほど淫乱じゃないでしょう?………それとも、リーフェが体を預けるのは俺だけじゃないのかな。もしかして他にもきみを知っている人がいる?」
「な、にを………」
レイル様の瞳は、やはり暗い海のようで底が見えない。話をしなければ。そう思うのに彼の様子がおかしくて何からいえばいいのか分からない。今のレイル様は少しおかしい。 いつもの彼に戻って欲しくて、何とか言葉を探そうとする。だけどその前にぽす、と優しくベッドへと降ろされてしまった。だめだ。いけない。このままではいけない気がする。だって、このままはいおやすみなさいという雰囲気でもない。そもそもまだ会話の途中だ。
なぜレイル様がそうされたいのかは分からないけれどーーー。
このままではすることなどひとつだろう。
レイル様の様子はあきらかにおかしいのに、こんな時でも優しいのか、彼はことさら丁寧に私をベッドへと下ろした。
そして彼は小さく笑みをこぼすと、「ねぇ」と話しかけてきた。耳元で話されて、思わず背中がびくりと跳ねた。
「本当のことを言って。リーフェは、俺以外ともこういうことしてる?………でも、そんな気配はなかったけどな。ああだめだな。頭がおかしくなりそう。…………ねぇ、リーフェは知らないだろうけどーーー」
「ーーー!!」
突然、噛み付くような口付けが降ってきた。
予想だにしなかった私は、思わず身を捩ってしまい、それがレイル様には嫌がっているように見えたのか彼はぐっと私を抱きしめてきた。息苦しい程の抱擁に、私はいよいよレイル様が心配になった。
「レイルさ………」
「リーフェは分かってないね。そう言って、余計に俺を追い詰める」
「ーーーあの、でも、だって、」
レイル様………いや、この際レイルと呼ぼう。彼の様子がおかしいのだ。話し合いはまた後ほどーーーこの後どうなるかも分からないけれど、ひとまず今はレイルの方が先だ。
私はレイルのリネンのような指触りのいい髪に触れると、数回すいた。やはり、レイルの髪はサラサラだ。下手したら私よりもサラサラかもしれない。
「………何があなたを怒らせたのか、分からないの。でも………私は、あなたのことが好きなの」
言った。言ってしまった。
なぜレイルがこんなにも取り乱しているかは分からないが、彼はヴィヴィアナ様には想いを寄せているはずである。それ知っている上で自分の想いを告げるのは酷く胸にくるものがあった。私はあえてその息苦しさから逃げるように深く息を吸うと、レイルと顔を合わせた。レイルはどこか泣きそうな顔をしていて、だけどその顔すら美しくて私はこんな状況なのに思わず魅入ってしまった。
「………じゃあ、リーフェには俺だけなんだね?」
確かめるような、静かな声。
私はそれに曖昧に笑みを返した。それを言わせてどうしたいのだろう。まさかレイルに限って、離縁しても自分に貞節を捧げろとは言わないだろう。むしろ優しい彼なら愛せなかったことを詫びて、そしてこれからの人生を祝福してくれそうな気がする。
私はレイルを抱きしめながら彼に告げた。
「………ええ。そうよ。ずっと、きっと、あなた以上に好きになる人なんていない」
だって、ずっとあなたのことが好きだった。
次いつ会えるかも分からないのに私は夜会や催し物であなたを見かける度に胸が跳ねて。夢心地になって。
次はいつお会い出来るのかと密かに楽しみにしていたのだから。
その時はまだ私は一介の伯爵令嬢で、レイルとの未来なんてあるはずがなかった。レイルはその時公爵令嬢と婚約していたしありえないことだと分かっていた。それでもこの気持ちを止めることはできなかった。恋とは、想いとは、自分の意思で止めることは出来ないのだ。
「だからこそ、レイルには幸せになって欲しい」
「リーフェ………」
「だから…………ヴィヴィアナ様と幸せになって」
どうしてこの人は何回も同じことを言わせるのだろう。そろそろ辛くなってくる。私だって綺麗事でできている人間ではない。悲しみも苦しみも感じる人間なのだ。それなのになぜ、何度も身を引く発言をしなければならないのだろう。酷なことをさせる。レイルは何を考えているのだろう。戸惑ってる?困ってる?私に突然こんなことを言われて。
大丈夫なのに。私は、大丈夫なのに。レイルの幸せを願っているから、大丈夫なのに。悲しいし、本当はすごく傷ついたし、ショックだったけれど。今までの愛情が偽物だと知り、胸に穴が空いたような気持ちになったけれど。それでも、何とか虚勢を張っていきているから。だから。
「ーーーそう、リーフェはどうあっても俺と、あの女をくっつけたいんだね」
低い、レイルの声が響いた。
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