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2.罪を抱えた国
嘘でしょ?
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「サミュエル殿下」
「……何?」
腰をあげようとした彼が、動きを止める。
「せっかく連れてきていただいたのに、またセミュエルに戻ることになり申し訳ありません。私は」
「いいよ。そうなるかもしれない……いや、そうなると、きっと俺もどこかで気付いていた。きみは、強いから」
強い。そう、だろうか。
考えて、首を横に振る。
「強くなどありません。強かったら、そもそもセミュエルから逃げていない」
「退避するのも、戦法のひとつだよ。アマレッタ」
サミュエル殿下は、優しい。
この国にいれば、きっと私はなんの恐れもなく、不安もなく、暮らすことが出来るだろう。サミュエル殿下が、そう取り計らってくれるはず。
だけど──それでは、いけないのだと思った。
私の人生だ。
私が、決めなければならない。
そして、私が【そう在りたい】と思っている自分は、決して責任を他者に押し付け、ベッドに潜り、全てから目を背ける、そんな人生ではない。
私は、私のために。
私のすべきことを。
「……約定の千年を果たすにはどうしたらいいか、きみは聞いたね」
「はい」
頷いて答える。サミュエル殿下は、話をしているうちに冷えてしまったハーブティーに口をつけると、ゆっくりと話し出した。
「本来の形に、戻せばいいんだ。季節を司る稀人としての神秘を、返せばいい。そうすれば、セミュエルを取り巻く天候──季節の流れも、元に戻る」
「季節の流れ……」
「今、セミュエルの空は固定されている。だけど、千年前はそんなこともなかったようだ。元ある形に戻れば、そもそも【季節を司る稀人】という役割そのものが不要になる。儀式を行わずとも、季節が巡るようになるからね」
「そのためには、どうすれば良いのでしょう?私の持つ、今現在、季節を司る神秘を返す。その方法は……」
春、夏、秋、冬。
セミュエルで季節を巡らせるには、稀人が儀式を行わなければならない。
一週間をかけて、儀式を成功させて、ようやく次の季節が訪れる。そういうふうに、決められている。そう、思っていた。
だけど、違ったのだ。
今の在り方こそが、おかしかったのだ。
尋ねると、サミュエル殿下がはちみつ色の瞳を私に向ける。静かな瞳だ。
ゆっくり、彼は口を開いた。
「それは──」
☆
出立は明後日だ。
その間に、私はできるだけのことをしようと思った。
まずは、情報収集だ。
セミュエルでは得られない情報でも、クリム・クライムなら知ることが出来る。
王城内であれば好きに歩いていいと許可を貰っていたので、私は蔵書室に向かった。
すれ違う度に、メイドや侍従、騎士といった役職に就く人々が怪訝そうに私を見る。それはあからさまなものではなかったが、チクチクと突き刺さる。
(クリム・クライムでこの髪色は目立つようだし……実際、私は部外者だし……)
彼らが疑念を抱くのもとうぜんだ。
しかし、国の王子であるサミュエル殿下が私の身分を保証しているため、あからさまに不躾な視線を向けることはできない、といったところか。
(……サイモン様は、ご無事かしら)
反乱軍の指揮を執っているのは、ディルッチ公爵家だという。
セミュエルの王城を完全に包囲するまであと二週間程度だと、サミュエル殿下は教えてくれた。
戦闘はもう始まっているのだろうか。
サイモン様、スカーレット様は無事なのだろうか。状況がまったく読めない。
すぐにでもセミュエルに行きたいのに、それは適わない。それが、歯がゆかった。
今、私が行ったところで何ができると豪語することはできないけれど。それでも、わたしにできることはあるはずだ。
私は、春を司る稀人。神秘を持つ人間なのだから。
ふと、私の婚約者だった彼を思い出す。
(セドリック様は……)
彼は、今何をしているだろう。
エミリアも王城にいるはずだ。
そもそも、ディルッチ公爵家率いる反乱軍は、何を目標としているのだろう。
王城の制圧?
王家のすげ替え?
……それに。
(物語では、内乱が起きたなんて記載はなかった……)
予期しない出来事が立て続けに起きて、混乱する。考えをまとめるように、深く息を吐く。
考えれば考えるほど、想像は悪い方に転がっていく。それを堪えるように、手を強く握った。
内乱が起きた。戦いが始まった。
難しいことだとはわかっていても。
──どうか誰も傷つかないで欲しいと、そう願ってしまう。
蔵書室に到着すると、扉を守る近衛兵からやはり怪しげな視線を貰った。
それに曖昧に笑みを返して、私は蔵書室に入る。
調べ物は、セミュエル国の歴史。
そして、クリム・クライムの起源だ。
本棚に貼られたラベルを確認しながら、歩いていると奥まった場所に、それはあった。
背表紙を確認し、それらしい本を一冊に手に取った。
それは、クリム・クライムの建国に纏わる本だった。
その本を胸に抱き、私は蔵書室に用意されたラウンドテーブルへと向かい、腰を下ろす。
サミュエル殿下から、セミュエルとクリム・クライムの話は聞いたが、自分の目でも確かめたいと思った。その思いで、ぱらりとページをめくる。
そこに書かれていたのは、セミュエル国の罪と、クリム・クライムの罪。
正当な王家を追放し、力を持った分家──当時の王弟である公爵。
追放されたセミュエル女王は稀人と手を取り合い、クリム・クライムという国を興した。
稀人のために、必ずその雪辱を果たすと誓い、女王は没した。
それから、約千年が経過する。
約定の千年が果たされなかった場合、クリム・クライムはどうなるのだろうか。
本の最後は、そんな文章で締めくくられていた。
気がつけば、すっかり窓の外は暗くなっている。
時間を確かめれば二時間もの間、私は本を熟読していたようだ。
本に記載されていた内容は、サミュエル殿下が口にしたものとほぼ同じだった。口伝としても語り継がれているようなので、クリム・クライムの民から誰でも知っている内容なのだろう。
本を閉じ、席を立つ。
ふと、サミュエル殿下の言葉を思い出した。
『それは──封印石が必要となる』
封印石。稀人の力を封じる、魔石。
それはセミュエル国にあるようで、おそらく、王城に保管されているだろうと彼は話していた。
しかし、予知を何度か繰り返し城内を探索もしたけれど、未だに見つかっていない、ということも。
セミュエルの王は、知っている。
今の季節を司る稀人としての力が、奪い取ったものであること。
それを封じる石があることも、また知っているのだ。だからこそ、かの王は隠している。
私がセミュエルに戻ってすることは、その封印石がどこにあるか探すことだろう。
封印石に、それぞれが神秘の力を込める。そうすれば、季節を司る稀人としての力は失われ、セミュエルの固定された空も通常時に戻るという。他国と同様に、時間の経過とともに季節が巡るようになるという。
本を戻そうと歩いていると。
ふと、背後から声が聞こえてきた。
「あなたが、アマレッタね?」
てっきり蔵書室には誰もいないと思っていたので、驚きに心臓が飛び跳ねた。危うく本を取り落としそうになって、慌てて本をかき抱く。
振り返れば、そこにはダークブラウンの髪をした、華々しい少女がいた。間違いなく、貴族だ。
彼女は、目を細めて私を上から下までじっくりと、見聞するように見てから、手に持っていた扇で口元を隠した。
「ごめんあそばせ。殿下が──私の婚約者が、市井で娘を拾ってきた、と聞きまして。いてもたってもいられませんでしたの」
「……何?」
腰をあげようとした彼が、動きを止める。
「せっかく連れてきていただいたのに、またセミュエルに戻ることになり申し訳ありません。私は」
「いいよ。そうなるかもしれない……いや、そうなると、きっと俺もどこかで気付いていた。きみは、強いから」
強い。そう、だろうか。
考えて、首を横に振る。
「強くなどありません。強かったら、そもそもセミュエルから逃げていない」
「退避するのも、戦法のひとつだよ。アマレッタ」
サミュエル殿下は、優しい。
この国にいれば、きっと私はなんの恐れもなく、不安もなく、暮らすことが出来るだろう。サミュエル殿下が、そう取り計らってくれるはず。
だけど──それでは、いけないのだと思った。
私の人生だ。
私が、決めなければならない。
そして、私が【そう在りたい】と思っている自分は、決して責任を他者に押し付け、ベッドに潜り、全てから目を背ける、そんな人生ではない。
私は、私のために。
私のすべきことを。
「……約定の千年を果たすにはどうしたらいいか、きみは聞いたね」
「はい」
頷いて答える。サミュエル殿下は、話をしているうちに冷えてしまったハーブティーに口をつけると、ゆっくりと話し出した。
「本来の形に、戻せばいいんだ。季節を司る稀人としての神秘を、返せばいい。そうすれば、セミュエルを取り巻く天候──季節の流れも、元に戻る」
「季節の流れ……」
「今、セミュエルの空は固定されている。だけど、千年前はそんなこともなかったようだ。元ある形に戻れば、そもそも【季節を司る稀人】という役割そのものが不要になる。儀式を行わずとも、季節が巡るようになるからね」
「そのためには、どうすれば良いのでしょう?私の持つ、今現在、季節を司る神秘を返す。その方法は……」
春、夏、秋、冬。
セミュエルで季節を巡らせるには、稀人が儀式を行わなければならない。
一週間をかけて、儀式を成功させて、ようやく次の季節が訪れる。そういうふうに、決められている。そう、思っていた。
だけど、違ったのだ。
今の在り方こそが、おかしかったのだ。
尋ねると、サミュエル殿下がはちみつ色の瞳を私に向ける。静かな瞳だ。
ゆっくり、彼は口を開いた。
「それは──」
☆
出立は明後日だ。
その間に、私はできるだけのことをしようと思った。
まずは、情報収集だ。
セミュエルでは得られない情報でも、クリム・クライムなら知ることが出来る。
王城内であれば好きに歩いていいと許可を貰っていたので、私は蔵書室に向かった。
すれ違う度に、メイドや侍従、騎士といった役職に就く人々が怪訝そうに私を見る。それはあからさまなものではなかったが、チクチクと突き刺さる。
(クリム・クライムでこの髪色は目立つようだし……実際、私は部外者だし……)
彼らが疑念を抱くのもとうぜんだ。
しかし、国の王子であるサミュエル殿下が私の身分を保証しているため、あからさまに不躾な視線を向けることはできない、といったところか。
(……サイモン様は、ご無事かしら)
反乱軍の指揮を執っているのは、ディルッチ公爵家だという。
セミュエルの王城を完全に包囲するまであと二週間程度だと、サミュエル殿下は教えてくれた。
戦闘はもう始まっているのだろうか。
サイモン様、スカーレット様は無事なのだろうか。状況がまったく読めない。
すぐにでもセミュエルに行きたいのに、それは適わない。それが、歯がゆかった。
今、私が行ったところで何ができると豪語することはできないけれど。それでも、わたしにできることはあるはずだ。
私は、春を司る稀人。神秘を持つ人間なのだから。
ふと、私の婚約者だった彼を思い出す。
(セドリック様は……)
彼は、今何をしているだろう。
エミリアも王城にいるはずだ。
そもそも、ディルッチ公爵家率いる反乱軍は、何を目標としているのだろう。
王城の制圧?
王家のすげ替え?
……それに。
(物語では、内乱が起きたなんて記載はなかった……)
予期しない出来事が立て続けに起きて、混乱する。考えをまとめるように、深く息を吐く。
考えれば考えるほど、想像は悪い方に転がっていく。それを堪えるように、手を強く握った。
内乱が起きた。戦いが始まった。
難しいことだとはわかっていても。
──どうか誰も傷つかないで欲しいと、そう願ってしまう。
蔵書室に到着すると、扉を守る近衛兵からやはり怪しげな視線を貰った。
それに曖昧に笑みを返して、私は蔵書室に入る。
調べ物は、セミュエル国の歴史。
そして、クリム・クライムの起源だ。
本棚に貼られたラベルを確認しながら、歩いていると奥まった場所に、それはあった。
背表紙を確認し、それらしい本を一冊に手に取った。
それは、クリム・クライムの建国に纏わる本だった。
その本を胸に抱き、私は蔵書室に用意されたラウンドテーブルへと向かい、腰を下ろす。
サミュエル殿下から、セミュエルとクリム・クライムの話は聞いたが、自分の目でも確かめたいと思った。その思いで、ぱらりとページをめくる。
そこに書かれていたのは、セミュエル国の罪と、クリム・クライムの罪。
正当な王家を追放し、力を持った分家──当時の王弟である公爵。
追放されたセミュエル女王は稀人と手を取り合い、クリム・クライムという国を興した。
稀人のために、必ずその雪辱を果たすと誓い、女王は没した。
それから、約千年が経過する。
約定の千年が果たされなかった場合、クリム・クライムはどうなるのだろうか。
本の最後は、そんな文章で締めくくられていた。
気がつけば、すっかり窓の外は暗くなっている。
時間を確かめれば二時間もの間、私は本を熟読していたようだ。
本に記載されていた内容は、サミュエル殿下が口にしたものとほぼ同じだった。口伝としても語り継がれているようなので、クリム・クライムの民から誰でも知っている内容なのだろう。
本を閉じ、席を立つ。
ふと、サミュエル殿下の言葉を思い出した。
『それは──封印石が必要となる』
封印石。稀人の力を封じる、魔石。
それはセミュエル国にあるようで、おそらく、王城に保管されているだろうと彼は話していた。
しかし、予知を何度か繰り返し城内を探索もしたけれど、未だに見つかっていない、ということも。
セミュエルの王は、知っている。
今の季節を司る稀人としての力が、奪い取ったものであること。
それを封じる石があることも、また知っているのだ。だからこそ、かの王は隠している。
私がセミュエルに戻ってすることは、その封印石がどこにあるか探すことだろう。
封印石に、それぞれが神秘の力を込める。そうすれば、季節を司る稀人としての力は失われ、セミュエルの固定された空も通常時に戻るという。他国と同様に、時間の経過とともに季節が巡るようになるという。
本を戻そうと歩いていると。
ふと、背後から声が聞こえてきた。
「あなたが、アマレッタね?」
てっきり蔵書室には誰もいないと思っていたので、驚きに心臓が飛び跳ねた。危うく本を取り落としそうになって、慌てて本をかき抱く。
振り返れば、そこにはダークブラウンの髪をした、華々しい少女がいた。間違いなく、貴族だ。
彼女は、目を細めて私を上から下までじっくりと、見聞するように見てから、手に持っていた扇で口元を隠した。
「ごめんあそばせ。殿下が──私の婚約者が、市井で娘を拾ってきた、と聞きまして。いてもたってもいられませんでしたの」
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