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2.罪を抱えた国
星見の間、夢見の間
「彼女達の話は、私が聞いていた。アマレッタに非はない。オリビア、控えよ」
「なっ……!殿下、私は!」
「聞こえなかったかい?控えよ、と言ったんだ。私は」
「────!!」
オリビア、と呼ばれた少女は顔を真っ赤に染め──恐らくは、屈辱で。そのまま、兵をかきわけるようにして、蔵書室を出ていった。
残された兵たちが、困惑した様子で王太子、リアム殿下を見る。
彼は、螺旋階段を降りきると、彼らにも声をかけた。
「お前たち。彼女は確かに弟の客人だが、私と、父の客人でもあるんだよ。ただの平民とはわけが違う。くれぐれも失礼のないように。分かったかい」
「そ、れは……しかし」
クリム・クライムでは稀有な銀髪。
出自の怪しい平民。
おまけに、サミュエル殿下の連れてきた、結婚適齢期の少女。
ここまで重なれば、彼女が訝しむのもとうぜんだ。
それに彼女は、サミュエル殿下の婚約者、と名乗っていたし。
彼女にとっては、私がエミリアになってしまっているのだろう。それは、申し訳なく思う。とはいえ、いきなり頬を張るのはやりすぎだと思う。それも、複数回も。
リアム殿下は、兵たちにさらに言い含めると退室を命じた。
蔵書室には、私と彼のふたりだけになる。
「すまなかった。クリム・クライムの王家として謝罪する」
リアム殿下が頭を下げる、と流れるように黄金の髪も滑り落ちた。
私はそれを見て、首を横に振って答えた。
「殿下に謝っていただく必要はありません。……ですが、あの、オリビア……様、というのですか?少し、攻撃的すぎるのではないかと思うのですが……」
私の言葉に、リアム殿下は顔を上げるとため息を吐いた。だいぶ、困りきっている様子だ。
「彼女はね、サミュエルに執心していて……」
「婚約者、と」
「違うよ。あれは彼女がそう言っているだけだ。彼女があの調子だから、サミュエルの婚約もまとまらなくてね……。ほんとうにすまない。もっと早くに仲裁できればと思ったんだが、私も役目を果たしている途中だったから」
「役目……」
リアム殿下は、自身の持つ神秘を使い、クリム・クライムを訪れようとする外部の人間を排除している。セミュエル王家の正当な血筋にのみ継承される力。睡眠に関与する能力だ。
彼が力を行使していた、ということは誰かしら、クリム・クライムを訪れようとしていたのだろう。その途中であったのに、彼は駆けつけてくれたわけだ。
ふと、気になって私は彼に尋ねた。
「一体、どこで……?」
「この奥だ。サミュエルは、星見の間。私は、夢見の間を使用して、それぞれ神秘を使う。夢見の間は、蔵書室の奥。王族専用エリアの先にあるんだよ」
「大切なお役目を果たしている途中だったのに、ごめんなさい。ですが、彼女をあのままにしておくのは良くないと思います」
ハッキリと告げると、彼が驚いたように私を見た。おそらく驚いたのはわ私がそんなことを言ったからだ。
私は、クリム・クライムでは部外者だ。
わかっている。それでも公爵位の令嬢があの態度なのは、納得がいかなかったし、部外者だからこそ、どうなのかなと思う。
それを、彼に訴える。
「あの様子では、ほかのひとにも同じように危害を加えているのではありませんか?私は、彼女と同じく公爵家の娘だったものとして、彼女の態度には問題があると思います」
「……そうだね。彼女の処遇については、父と話をしているところではあるんだ」
「……そうですか」
内部で処遇を検討中、と言われてしまえば部外者の私に言えることなどない。
それでも、納得していない気配を感じとったのだろう。
リアム殿下が苦笑する。
「クリム・クライムは外部からの接触を絶っている排他的な国だからね。彼女に何かしらの罰則を与えた途端、それはフラビア公爵家の威信の失墜にも繋がる──と、こちらの話ですまない。だけど我々もこのままで良いとは思っていないよ」
「はい……」
位の高い人間ほど、矜恃は高い。
きっとそれは、どこの国でも同じだろう。
セミュエルでは、高貴な人間が立場の低い人間を攻撃することは、はしたないことだとされている。
ほんとうに品位のある人間は、下の立場の人間と対等に話すことはしない。
つまり、相手にしないということだ。
リアム殿下が、ため息交じりに言った。
「……サミュエルに婚約者ができるのがいちばん手っ取り早いのだけどね」
「サミュエル殿下に、婚約者は?」
「いない。だから彼女も暴走するんだ」
なるほど、と納得する。
というか、オリビアがあの調子なのはサミュエル殿下にも原因があるのでは?
彼らの関係はまったく不明だが、彼女が暴走するのは、サミュエル殿下への恋情が原因だろう。
サミュエル殿下はどう思っているのだろうか。
どちらにせよ、周囲に危害を与えない程度には抑えて欲しい、と思う。
「弟に婚約者がいればオリビアも諦めると思うんだけどね。例え諦めなかったとしても、その時はそれを口実に罰を与えることも出来る」
婚約者がいようといまいと、彼女の性格に変化はなさそうな気もしたけれど、黙って聞いておく。
「……だけど、彼は自身に課せられた責務を優先し、色恋にはさっぱりだ」
リアム殿下は、本棚を背を預けるようにしながら、彼の弟を語った。
不意に、彼が私を見る。サミュエル殿下とは違う、紺青の瞳。夜明け前の、空の瞳だ。
「きみも、かの国で責務を課されていた人間だ。弟と同じ立場にあるきみだからこそ、尋ねたい。きみの背負う運命は、決して逃れられない楔なのか、と」
「なっ……!殿下、私は!」
「聞こえなかったかい?控えよ、と言ったんだ。私は」
「────!!」
オリビア、と呼ばれた少女は顔を真っ赤に染め──恐らくは、屈辱で。そのまま、兵をかきわけるようにして、蔵書室を出ていった。
残された兵たちが、困惑した様子で王太子、リアム殿下を見る。
彼は、螺旋階段を降りきると、彼らにも声をかけた。
「お前たち。彼女は確かに弟の客人だが、私と、父の客人でもあるんだよ。ただの平民とはわけが違う。くれぐれも失礼のないように。分かったかい」
「そ、れは……しかし」
クリム・クライムでは稀有な銀髪。
出自の怪しい平民。
おまけに、サミュエル殿下の連れてきた、結婚適齢期の少女。
ここまで重なれば、彼女が訝しむのもとうぜんだ。
それに彼女は、サミュエル殿下の婚約者、と名乗っていたし。
彼女にとっては、私がエミリアになってしまっているのだろう。それは、申し訳なく思う。とはいえ、いきなり頬を張るのはやりすぎだと思う。それも、複数回も。
リアム殿下は、兵たちにさらに言い含めると退室を命じた。
蔵書室には、私と彼のふたりだけになる。
「すまなかった。クリム・クライムの王家として謝罪する」
リアム殿下が頭を下げる、と流れるように黄金の髪も滑り落ちた。
私はそれを見て、首を横に振って答えた。
「殿下に謝っていただく必要はありません。……ですが、あの、オリビア……様、というのですか?少し、攻撃的すぎるのではないかと思うのですが……」
私の言葉に、リアム殿下は顔を上げるとため息を吐いた。だいぶ、困りきっている様子だ。
「彼女はね、サミュエルに執心していて……」
「婚約者、と」
「違うよ。あれは彼女がそう言っているだけだ。彼女があの調子だから、サミュエルの婚約もまとまらなくてね……。ほんとうにすまない。もっと早くに仲裁できればと思ったんだが、私も役目を果たしている途中だったから」
「役目……」
リアム殿下は、自身の持つ神秘を使い、クリム・クライムを訪れようとする外部の人間を排除している。セミュエル王家の正当な血筋にのみ継承される力。睡眠に関与する能力だ。
彼が力を行使していた、ということは誰かしら、クリム・クライムを訪れようとしていたのだろう。その途中であったのに、彼は駆けつけてくれたわけだ。
ふと、気になって私は彼に尋ねた。
「一体、どこで……?」
「この奥だ。サミュエルは、星見の間。私は、夢見の間を使用して、それぞれ神秘を使う。夢見の間は、蔵書室の奥。王族専用エリアの先にあるんだよ」
「大切なお役目を果たしている途中だったのに、ごめんなさい。ですが、彼女をあのままにしておくのは良くないと思います」
ハッキリと告げると、彼が驚いたように私を見た。おそらく驚いたのはわ私がそんなことを言ったからだ。
私は、クリム・クライムでは部外者だ。
わかっている。それでも公爵位の令嬢があの態度なのは、納得がいかなかったし、部外者だからこそ、どうなのかなと思う。
それを、彼に訴える。
「あの様子では、ほかのひとにも同じように危害を加えているのではありませんか?私は、彼女と同じく公爵家の娘だったものとして、彼女の態度には問題があると思います」
「……そうだね。彼女の処遇については、父と話をしているところではあるんだ」
「……そうですか」
内部で処遇を検討中、と言われてしまえば部外者の私に言えることなどない。
それでも、納得していない気配を感じとったのだろう。
リアム殿下が苦笑する。
「クリム・クライムは外部からの接触を絶っている排他的な国だからね。彼女に何かしらの罰則を与えた途端、それはフラビア公爵家の威信の失墜にも繋がる──と、こちらの話ですまない。だけど我々もこのままで良いとは思っていないよ」
「はい……」
位の高い人間ほど、矜恃は高い。
きっとそれは、どこの国でも同じだろう。
セミュエルでは、高貴な人間が立場の低い人間を攻撃することは、はしたないことだとされている。
ほんとうに品位のある人間は、下の立場の人間と対等に話すことはしない。
つまり、相手にしないということだ。
リアム殿下が、ため息交じりに言った。
「……サミュエルに婚約者ができるのがいちばん手っ取り早いのだけどね」
「サミュエル殿下に、婚約者は?」
「いない。だから彼女も暴走するんだ」
なるほど、と納得する。
というか、オリビアがあの調子なのはサミュエル殿下にも原因があるのでは?
彼らの関係はまったく不明だが、彼女が暴走するのは、サミュエル殿下への恋情が原因だろう。
サミュエル殿下はどう思っているのだろうか。
どちらにせよ、周囲に危害を与えない程度には抑えて欲しい、と思う。
「弟に婚約者がいればオリビアも諦めると思うんだけどね。例え諦めなかったとしても、その時はそれを口実に罰を与えることも出来る」
婚約者がいようといまいと、彼女の性格に変化はなさそうな気もしたけれど、黙って聞いておく。
「……だけど、彼は自身に課せられた責務を優先し、色恋にはさっぱりだ」
リアム殿下は、本棚を背を預けるようにしながら、彼の弟を語った。
不意に、彼が私を見る。サミュエル殿下とは違う、紺青の瞳。夜明け前の、空の瞳だ。
「きみも、かの国で責務を課されていた人間だ。弟と同じ立場にあるきみだからこそ、尋ねたい。きみの背負う運命は、決して逃れられない楔なのか、と」
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