46 / 48
2.罪を抱えた国
大雨の冬の夜
そこまで言われたら、断る理由もない。
いきすぎた謙遜は、失礼にあたる。
「ありがとうございます。お心遣い、感謝します」
そして、私はサミュエル殿下、リディア王女殿下は近衛の詰所へと向かった。
リディア王女殿下と親しい近衛騎士が夜番のひとりだったらしい。
彼女は彼に小言を言われながら自室へと戻っていく。
ふたりの姿が、ランタンの灯りに照らされ、その影が長く伸びる。
「いいですか、王女殿下。決してひとりで部屋を出てはなりません!しかも、夜に!」
「分かっているわ。今回だけよ」
「ほんとうですね?その言葉を違えてはなりませんよ」
「わかったわ。わかったから!」
ふたりの声は、だんだん遠くなっていく。
お転婆な姫に手を焼く騎士。
そんなふたりが、微笑ましい。
彼らを見送ってから、私はサミュエル殿下に声をかけた。
「とても、可愛らしい方ですね」
サミュエル殿下も、私も、そしてリディア王女殿下も灯りの類を所持していなかったので、近衛の詰所で手燭台をお借りした。
サミュエル殿下はそれを持ちながら、私に尋ねる。
「リディア?」
「はい。……我が国には、王女殿下はいらっしゃいませんから。新鮮でした」
「そっか。セミュエルには王太子しかいなかったね」
そんな世間話をしながら、夜の回廊を歩いていく。びゅう、と一段と風が強くなる。
雨がまた降り始め、それはすぐに大雨になった。
「間一髪だったね」
サミュエル殿下に言われ、頷いて答える。
それから、私はずっと聞こうか聞くまいか考えていたことを口にした。
「……サミュエル殿下は、外出されていたのですか?」
言外に【この荒れた天候の中?】という意味を乗せて尋ねれば、サミュエル殿下が私を見た。
「……少しね。川が荒れそうだったから、報告を聞きに行っていたんだ。氾濫したらまずいからね」
「確かに……。この雨は、明後日には止むのですよね?ほんとうに、よく降ってますね……」
思わず、廊下の窓から外を見てしまう。
先程まで雨はやんでいたのに、今はもう土砂降りだ。少しタイミングがズレていたら、私もリディア王女もずぶ濡れになっていたことだろう。
それを思うと、早くにリディア王女を見つけて良かった、と思う。
そんなことを考えていると、サミュエル殿下に呼ばれた。
「アマレッタ」
「はい?」
「先程は、ほんとうにすまなかった」
「先程、ですか?」
「オリビアの件だよ」
「ああ」
リディア王女のことがあって、すっかり記憶が薄れていた。今日は、色々ありすぎて目まぐるしい。
私が思い出すように声を出すと、サミュエル殿下が淡々と言った。
まるで、報告するかのように。
「オリビアは、婚約が決まったそうだよ」
「…………えっ!?」
さっきの今だ。
どうしてそんなすぐ──そう思って。
まさか、と私はとある予感が胸を過った。
そして、それは当たっているような気がした。
「もしかして……そのために外出されたのですか!?」
「しー」
サミュエル殿下が、口元に人差し指を押し当てた。それに、ハッとする。
もう、ひとが寝静まっている夜だ。
大雨で多少の声はかき消されるとはいえ、大声を出したら誰かに気付かれてしまうし、起こしてしまうかもしれない。
口を噤んだ私を見て、困ったように彼が笑う。
「いや、違うよ。公爵から報告を受けたんだ。彼も彼女にはほとほと手を焼いていたようだから……強硬手段に出ることにした、と。……アマレッタ」
また、名を呼ばれた。
顔を上げると、彼の指が私の頬にそっと触れた。
「っ……」
ピリ、とした痛みが走る。
オリビアに引っかかれ、怪我をした部分だった。
軟膏を塗っているとはいえ、触れると引き攣れた痛みが走る。
思わず顔を歪めると、パッと熱いものに触れたかのようにサミュエル殿下が手を引っこめた。
「すまない。勝手に触れてしまった」
いきすぎた謙遜は、失礼にあたる。
「ありがとうございます。お心遣い、感謝します」
そして、私はサミュエル殿下、リディア王女殿下は近衛の詰所へと向かった。
リディア王女殿下と親しい近衛騎士が夜番のひとりだったらしい。
彼女は彼に小言を言われながら自室へと戻っていく。
ふたりの姿が、ランタンの灯りに照らされ、その影が長く伸びる。
「いいですか、王女殿下。決してひとりで部屋を出てはなりません!しかも、夜に!」
「分かっているわ。今回だけよ」
「ほんとうですね?その言葉を違えてはなりませんよ」
「わかったわ。わかったから!」
ふたりの声は、だんだん遠くなっていく。
お転婆な姫に手を焼く騎士。
そんなふたりが、微笑ましい。
彼らを見送ってから、私はサミュエル殿下に声をかけた。
「とても、可愛らしい方ですね」
サミュエル殿下も、私も、そしてリディア王女殿下も灯りの類を所持していなかったので、近衛の詰所で手燭台をお借りした。
サミュエル殿下はそれを持ちながら、私に尋ねる。
「リディア?」
「はい。……我が国には、王女殿下はいらっしゃいませんから。新鮮でした」
「そっか。セミュエルには王太子しかいなかったね」
そんな世間話をしながら、夜の回廊を歩いていく。びゅう、と一段と風が強くなる。
雨がまた降り始め、それはすぐに大雨になった。
「間一髪だったね」
サミュエル殿下に言われ、頷いて答える。
それから、私はずっと聞こうか聞くまいか考えていたことを口にした。
「……サミュエル殿下は、外出されていたのですか?」
言外に【この荒れた天候の中?】という意味を乗せて尋ねれば、サミュエル殿下が私を見た。
「……少しね。川が荒れそうだったから、報告を聞きに行っていたんだ。氾濫したらまずいからね」
「確かに……。この雨は、明後日には止むのですよね?ほんとうに、よく降ってますね……」
思わず、廊下の窓から外を見てしまう。
先程まで雨はやんでいたのに、今はもう土砂降りだ。少しタイミングがズレていたら、私もリディア王女もずぶ濡れになっていたことだろう。
それを思うと、早くにリディア王女を見つけて良かった、と思う。
そんなことを考えていると、サミュエル殿下に呼ばれた。
「アマレッタ」
「はい?」
「先程は、ほんとうにすまなかった」
「先程、ですか?」
「オリビアの件だよ」
「ああ」
リディア王女のことがあって、すっかり記憶が薄れていた。今日は、色々ありすぎて目まぐるしい。
私が思い出すように声を出すと、サミュエル殿下が淡々と言った。
まるで、報告するかのように。
「オリビアは、婚約が決まったそうだよ」
「…………えっ!?」
さっきの今だ。
どうしてそんなすぐ──そう思って。
まさか、と私はとある予感が胸を過った。
そして、それは当たっているような気がした。
「もしかして……そのために外出されたのですか!?」
「しー」
サミュエル殿下が、口元に人差し指を押し当てた。それに、ハッとする。
もう、ひとが寝静まっている夜だ。
大雨で多少の声はかき消されるとはいえ、大声を出したら誰かに気付かれてしまうし、起こしてしまうかもしれない。
口を噤んだ私を見て、困ったように彼が笑う。
「いや、違うよ。公爵から報告を受けたんだ。彼も彼女にはほとほと手を焼いていたようだから……強硬手段に出ることにした、と。……アマレッタ」
また、名を呼ばれた。
顔を上げると、彼の指が私の頬にそっと触れた。
「っ……」
ピリ、とした痛みが走る。
オリビアに引っかかれ、怪我をした部分だった。
軟膏を塗っているとはいえ、触れると引き攣れた痛みが走る。
思わず顔を歪めると、パッと熱いものに触れたかのようにサミュエル殿下が手を引っこめた。
「すまない。勝手に触れてしまった」
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。
ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。
婚約者の愛が自分にあることを。
だけど、彼女は知っている。
婚約者が本当は自分を愛していないことを。
これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。
☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?