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1.王妃シャリゼは死んだ
王妃シャリゼの処刑
しおりを挟む「王妃を殺せ!!」
「悪逆な王妃を処刑しろ!!」
「民のことなど何ひとつ考えていない王妃に、死を!!」
城外に押し寄せた民の声を聞きながら、私は最後の紅茶を口にした。
そのうち、この騒乱は憲兵や近衛騎士の手によって沈静化されることだろう。
もっとも、その時にはもう、私はこの世にはいないだろうけど。
「……王妃陛下、お時間です」
専属侍女の声がけで、私は席を立つ。
彼女は、蝋人形のように無表情で私を見ている。
彼女は、私の専属侍女ではあるが、それは名ばかりだった。
実際は、陛下が差し向けた監視だと、私は知っている。
だからこそ、私も今まで彼女の前で気を弛めたことはなかった。
「ええ、今行くわ」
王妃の私室を出る。
廊下には、既に十数人の近衛騎士が集っていた。
今更、逃げ出すことなど不可能だと知っているくせに、ご苦労な事だ。
コツ、コツ、と足音がした。
途端、近衛騎士たちがモーゼの海割りのように道を開けてゆく。現れたのは、私の夫であり、この国の君主であるひと。
彼は、私を見て──いえ、見下ろして、言った。
「罪を認める気にはなったか?」
「……いいえ。私は罪を犯していません」
「だが、外の声が聞こえるだろう?あれは、お前が招いたものだ」
窓の外からは、未だに私を罵る民の声が聞こえてくる。
ちら、と私はそちらを見て、淡々と答えた。
「今の政の変革にばかり執心し、民の人心掌握に失敗したのは事実です。ですが、陛下」
言葉を切る。
彼は、不愉快そうに私を見ている。
「私という標的を斃した後の次の獲物は、あなたですよ」
「なんと、不敬な……!!」
横に控える近衛騎士が剣の柄に手を当てる。
それを、陛下は制止した。
不愉快そうに、だけど目だけは異様にぎらつかせて、私を睨む。
こころから、私を憎いと思っている顔だ。
彼にとって、私は鬱陶しくて、煩わしくて、厄介極まりない存在だったことだろう。
だからこそ、私は彼の手によって処刑される。
「それは恨み言か?私に処刑されるから、呪詛を吐いているのだな」
「……私の言葉が、ただの負け惜しみなのか。──あるいは、予言となるか。それは、陛下ご自身の目で確かめてくださいませ」
この国は、衰退する一方だ。
神殿は、魔獣からの保護を理由に徴収する税を吊り上げ。
王家は、神殿の企みに気付きもせずに享楽を貪り。
社交界は、今の豊かさが薄氷の上に成り立っていることを知らず。
民は、情報操作をされていることにも気付かず、王家の傀儡に成り下がる。
いずれ、この国は破滅する。
その破滅を何としてでも食い止めたかった──。
それも、今となっては泡沫の夢と消えてしまったけど。
侍女と騎士囲まれて、私は最期の部屋に向かう。
裏口から城を出て、高貴な罪人を処刑するためだけに造られた塔へ。
階段を登って、部屋に入ると、そこには見知った顔の女性がいた。
彼女は、私を見るとパッと顔を輝かせた。
「お姉様!待ってましたわ。今日、この日を」
私の後ろに続いて侍女、騎士、そして陛下が入室した。
陛下が、彼女をエスコートする。
ふたりは、寄り添い合いながら私を見た。
彼女──私の義妹であるステラは、微笑みながら。
私の夫である陛下は、私を睨みつけて。
陛下が、怒鳴るように言った。
「民を苦しめ、搾取し、国を傾けんとした、稀代の毒婦、シャリゼの処刑を執り行う!!」
陛下は、室内に置かれたテーブルの上を強く叩いた。
そこには、黄金の杯が置かれていた。
葡萄酒のような赤い液体が並々と、杯を満たしている。
「毒を飲め、シャリゼ。腐ってもお前は貴族だ。最期くらい、貴族らしく死なせてやる」
私は、杯を手に取った。
ふわりと香る、特徴的な匂い。僅かなアーモンド臭、桃の種のような、ほろ苦さを感じる。
……シアン化合物だ。
それを理解した私は、杯を手に持ちながら優雅に微笑んだ。
「……それでは皆様、ごきげんよう」
ゆっくりと杯に口をつける。
毒を口に含み、こく、と飲み込んで──
「──っ……」
杯が手から落ちた。
カラン、と杯が床に落ちた音が、遠くに聞こえた。
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